第16話 01-416 招かれざる、敵

 午後、改めて顔合わせと打ち合わせを行った。

 デジレとしてはすぐにでも出発したいはずだが、何故かグズグズしている。アカリは早く船を飛ばしたいのに。

「デジレさん、準備は良いかい?さっきも言ったけどよければ明日出発だよ」

「準備は良いんだけどね……えっと、この人がエレナさん、ですか?」

 エレナのいろんな噂を聞いて、かなり怯えているようだ。各所で信頼されているからこその冗談も幾らか入った評価なのだろうが、アカリとしては面白くない。

「そうだよ。このトレジエム系で僕が最も信頼する宇宙船乗りで自慢の姉だよ」

「ちょっと、アカリ……」

 アカリはエレナを褒めちぎることにした、色々と。

「僕は今でこそ食べ物の好き嫌いは無いんだけど、それはエレナのおかげなんだよね……」

 エレナはあっという間に耳まで真っ赤の茹で蛸状態だ。

「デジレさんもこの旅の間でエレナのことがきっと分かるよ」


 話の途中でエレナが御手洗いに行ってしまったので自己紹介は仕切り直しとなった。

「みっともないところを見せたわね。改めて名乗らせてもらうわ。エムロードの狂犬こと、エレナよ」

 ああ、それ自分で言っちゃうんだ。

 先ほどの照れ具合といい、案外可愛い人なのかもしれないとデジレは思った。

「デジレよ、よろしく。いろいろあなたのことを聴いてたんだけど、噂よりは普通ね。でもどうして怒ってるの?私気に障ることでも言ったかしら。ああ、船長さん狙いじゃないわよ!私結婚してるし」

「私が旅に同行する目的は、あなたに噛みつく事じゃないわ、隣の悪戯女を抑えるためよ。顔はこんな顔。怒ってるように見えるなら、隣のが挑発してくるからかしら。それと、トレジエムでは重婚は別に禁止されていないわ」

「えっそうなの?」

 ベアトリクスが食いつく。確かアカリは対象外だと言っていたはずだが。

「ベアトリクス、あんたにはアカリはやらないよ」

「じゃあさっさとくっついちゃえば?エレナお姉ちゃん?」

 そこからは聴くに耐えない悪口の応酬だ。

 それを見て不安を再燃させたデジレがアカリに聞いてくる。

「二人は、仲が悪いの?」

「なんで?」

「……だって」

 二人とも悪口のストックは少なかったようで、睨み合いになっている。

「デジレさん、僕も最近知ったんだけどこの二人仲は良いんだ。お互い遠慮がないからいつも喧嘩になるみたいだけど」

 致命的な喧嘩にならないと分かるとデジレは興味を失ったようだった。

「まあいいわ、さっさと決めてしまいましょ」

「決めるっていっても……第三二星までは二日半をみているよ。手荷物は13号まででお願い。食事はレプリケーターでお願い……」

「私が作るよ!」

「ベアトリクス!まだ決着が……」

「もういいわエレナ。話が進まない。こんなことしてるうちに着いちゃうわ」

「じゃあ皆、明日は朝の7時出発だよ」

 三人との別れ際、アカリは斡旋所の人々をもう一度見回す。流石にこのメンバーでは辛いと思ったのだ、誰か……。斡旋所内は大騒ぎしていたアカリ達のことなど最初から見えてもいないような見事な無視を決め込んでいた。さっきの勇気ある名も知らぬ友人は、知らない誰かと笑顔で握手している。どうやらいい仕事にありついたようだ。アカリは静かに目を伏せ、斡旋所を去っていった。

 

「ハイペリオン、今日はよろしく」

『どうしたんだ?久し振りの恒星間航行だ、楽しみにしていたではないか』

 船長の朝は早い。長距離の客扱いだ、船体のチェックも念入りにしておかなければならない。

『楽しみすぎて眠れなかったのか?』

「分かってるくせに……エムロードワン、こちらハイペリオン号のアカリです。外装チェックを手伝って」

 アカリが手首に装着している金の腕輪に了承を示す緑のランプが点灯する。

「君達は相変わらずだな。さて」

 アカリは他にも数隻の宇宙船にお願いしてハイペリオン号の外回りを点検してもらう。人間が外に出て点検するより、AI診断は早くて確実だ。日頃から周りの定位置に停泊している船のAIと懇意にしていればこういう事も出来る。

「ハイペリオン、もう今日の仕事の噂が回ってるぞ」

 たまには話しかけてくる船もあり、「昨日は大変だったみたいだね、船長が同情していたよ」などと罪のないAIがアカリの心をえぐってくることもある。

「外回りはオッケー。彼女たちが来る前に、立ち上げは済ませておこう。素早く出て、素早く帰ってくるんだ」

『急いだところでそう変わらないぞ。速度も八八以上は出さないぞ』

 船のAIに諭されたアカリはそれでも何やらぶつぶつ言っていたが、納得はしたようだ。


 即席クルー達は出航時間前に集まった。

「皆おはよう。早速だけど、ミーティングだよ」

 二人は船長室に近い部屋を奪い合って揉めたみたいだったが、先に来ていたエレナの勝ち。

「目的地は第三二星の第四惑星、ダイヤモンドタウンだ。ハイペリオンの計算では協定時間で60時間かかる」

「ベアトリクスさんは基本お客さんの相手だ。デジレさんと同じタイムテーブルで過ごしてください。エレナは船長代理で。そうだな、8時間勤務の8時間休憩で良いかな。ちょっとキツいかな?」

「構わない。エムロード号の当番より楽だわ」

「じゃあ、デジレさんが来たら出発だよ」

 今までの脱線が嘘のように揉め事なく宇宙港を出ることができた。管制官がニヤニヤしているのには腹が立ったが。


 ハイペリオン号はトレジエムの宙域を順調に進んでいた。

 第四惑星「青い惑星」を出て、第五惑星「緑の惑星」の軌道を過ぎるころには光速の50%まで加速していた。第六惑星軌道の少し外側には超空間バイパス路の出入り口施設があり、今も出入りする宇宙船の余剰エネルギーで青白く輝いている。岩塊が高密度に集まる第一小惑星帯を抜け、巨大ガス惑星の第七惑星を遠くに見て、氷惑星の第八、第九惑星を順調に通過していく。

 第十番惑星軌道がトレジエム星系の警戒区域境界だ。

 ここより内側は宇宙船は光速度を越えてはならない。星系の経済圏に入り、行き交う船も増えてくるため単に危険だからだ。決まりを守れなければ宇宙軍のパトロール隊に追いかけ回される。所属が不確かな船はそのまま撃墜されることもあるらしい。

 ここでロスした数時間は何もない恒星間宇宙で幾らでも取り戻せるのだから、普通は我慢する。しかし稀に、そんな簡単な計算が出来ない輩も現れるのだ。

「まあ、来るよね」

 突如操縦室に鳴り響いた警報に、慌てることなくアカリは呟いた。

「アカリ、これって」

 操縦室でのんびりしていたエレナが少し緊張した様子で聞いてくる。

「宇宙海賊だよ」

 海賊行為の定義は航空機に対する行為も含まれている。遥か上空の宇宙空間での略奪行為をする者達もすなわち海賊だ。

「ええ!海賊って、大丈夫なの!?」

 警報を聞いてデジレとベアトリクスも操縦室に詰めかけてきた。本来は立ち入り禁止なのだが。

「あれだけステーションで騒がれたら、そりゃ来るよ。タイミングも良く合わせてあるね。ハイペリオン、パトロール隊へは?」

『通報済みだ。あと10分もすれば来るだろう』

「それじゃ、海賊拿捕に協力しようか。デジレさん、トータルの旅程は守るから安心して」

「でもどうするのアカリ、ハイペリオン号の武装って」

「え、ちょっと戦闘って、やめてよ」

「大丈夫、戦闘にはならない。どのみち捕捉されているから逃げきれないんだけどね」

 現在ハイペリオン号は光速の50パーセントで飛行中だ。対する海賊船は光速度を超える速度で接近中。

「だったらどうやって探知したの?こちらからは見えないはずよ!」

「向こうもそう思ってるから、こんな無防備に近づいてきている」

 船の周りの光の速さが違うのだ。レーダー波は変な方向に屈折して返ってこないし、可視光線域はズレて見えにくくなる。そもそも可視光で見える位置まで近づかれたら、追いかけっこはお終いだ。

「向こうもこの速度差で攻撃はできない。減速した時が終わりだよ。ハイペリオン、どうだ」

『係数の解析は終わっている』

「ではよろしく」

「アカリ、今回は客扱い。説明は必要よ。」

「そうだった。デジレさん、作戦を説明します」

 海賊船はこちらのルートを把握していて、亜光速での航行ストレスが最大になり、警戒が最も緩まるであろう第九、第十惑星間でハイペリオン号を襲う計画だ。近付きすぎると可視光で発見されてしまう可能性があるため、離れてのレーダー観測で我々を捕捉、超光速で接近して仕留めるつもりだ。

 海賊船を発見した直後にパトロール隊には連絡済み。こっそり近づいていて、すでにハイペリオン号の位置は把握しているだろう。

「僕らは、速度は変えずにリライト係数を海賊船に合わせた。距離からして可視光での観測はしても意味がないから、多少色が変わっても構わない」

『係数合わせは完了している。パッシブでのレーダー波解析でターゲットの位置は本船から2300キロメートル』

「あと二分ほどで敵は攻撃のために減速するよ。そこで僕らが「見えてるぞ」って感じの挙動をすると、奴らは慌てて行動が混乱する」

『海賊船減速。火器管制レーダー波照射を感知』

「ハイペリオン、2パーセント減速だ」

『海賊船のレーダー波照射停止。さらに急制動を観測』

「そしてパトロール隊の登場……。ハイペリオン、パトロール隊に速度合わせて」

 本当に待ち構えていたのだろう。しばらく前から併走していたのが見えなかっただけで。

『船長、海賊船周囲にパトロール隊が展開した。正面モニターに映そうか』

 ハイペリオン号操縦室の大画面にパトロール艦隊と牽引ビームに絡め捕られた海賊船が映し出される。

『パトロール艦隊旗艦より通信』

「こちらハイペリオン号です」

『こちらパトロール艦隊旗艦キヨシモ艦長ランベールです。海賊拿捕に御協力いただき感謝します、隊長』

「ああ、君か。すまないなせっかく来てもらったのに小物だった」

『そんな事、来て捕まえるだけ、楽させてもらってます』

「じゃあ僕らは仕事に戻るから。後処理はお願いするよ」

『了解であります。良い航海を!クリア・エーテル!』

「ありがとう」


「アカリ君、どういうこと?説明を」

 ハイペリオン号は現場を離れ元のルートに戻った。時間のロスはあまりなかったが増速し、何事もなかったかのように旅を続ける。

「説明って言ったって、起こったことが全てだよ。宇宙海賊に襲われそうだったから、パトロール隊に捕まえてもらった。デジレさんがいるから、安全な方法でね」

「あんたずっとこんなことやってたの?」

「仕方ないだろ?ハイペリオン号には武器らしい武器は積んでいないし、海賊は放置するわけには行かないし」

「私も質問!パトロール隊の隊長さんに隊長って呼ばれてたけど、船長さんは軍人さんじゃないって聞いてたんだけど」

「やめる直前の部下です」

「アカリ君答えになってない」

「危ないことは止めてよ」


 口々に質問されて面倒になった。

 こうなるだろうから今まで隠してきたのだ。

 アカリは宇宙海賊達から相当恨まれていて、トレジエムから外に行くときには大抵今回のように絡まれる。パトロール隊が常に展開している警戒区域内なら彼らの力も借りてば簡単に駆除できるが、恒星間宇宙空間だと少し厄介になる。どちらにせよ逃げるつもりも逃がすつもりもないのだが。

 しかし今は彼女たちから逃げるのが賢い選択だ。 

「交代の時間だから、僕はもう引き上げるよ。ハイペリオンあとはよろしく。哨戒線を越えたら針路修正しつつ星間航行出力へ増速だ」

 

そそくさと逃げて行くアカリの背中を見送る。

「あの子、他にも余罪がありそうね」

「他にどんな戦いをしていたのかしら。やっぱり格好良すぎるよね!」

 アカリ談義を始めた二人にデジレはついていけない。出発前のごたごたといきなりの宇宙海賊襲来のせいで疲れ果てていた。 

「私なんか疲れちゃった。今日はもう休むわ」

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