第15話 01-415 招かれざる客

 その女は突然やってきた。

 

 アカリはいつものように斡旋所でのんびり過ごしていた。斡旋所はその名の通り働き手と仕事をマッチングする場であり、労働意欲に溢れる紳士淑女が集う場所だ。無料コーヒー目当てに休みに来る場所では決してない。

 つい先日は、この星の新しい遺跡を発見してしまった。探索の結果、星団でも数少ない「活きた」遺跡だったため、意図せず大冒険となってしまった。それで不本意ながら冒険者としての評価がまた上がることとなった。

 アカリはこの星にいる間はのんびり過ごしたいと思っている。トラブルが付き物の冒険者なんて一番やりたくないことだ。だったらわざわざ斡旋所に来ずに家に閉じこもっていればよいものを。そんなちぐはぐだから彼には碌でもない仕事が舞い込んでくるのだ。誰にも話しかけられないようにテーブルに突っ伏して寝たふりをしているが、誰が見ても暇してるアピールにしかなっていないのだから。

 

「貴方に依頼がある」

 三度ほど同じフレーズで呼び掛けられて、アカリは伏せていた頭を少しだけ上げると、声をかけてきた女を見上げる。

 先ず目を引くのは高い位置でまとめられている長い黒髪だ。切れ長でアカリを見おろす眼の中の瞳の色は濃いブラウン。眉は細く、目つきと相まって怜悧な印象を抱かせる。小さく形の良い鼻とキリリと締まった唇。それらがバランス良く配置されており、つまり美人と言うことだ。

 白く細い首から下は、露出する肩、チューブトップというのだろうか胸部だけを強調し覆う布、割れた腹筋、へそ、脚の付け根、テーブルが順に見えた。まあ、下半身装備はちゃんと着けているのだろうがあまりにも腰位置が浅すぎる。恥女だ。

 訂正しよう。やはり一番目を惹くのは、服装だ。目の前の形の良いおへそのことは気にせず、アカリは目玉だけ、ギョロリと痴女の顔を見た。

「……貴方、英雄冒険者のアカリさんよね?え、なんて目で見てるの?意識はあるの?大丈夫?」

「格好以外は割とまともな人なんだね……。だったら察してほしい」

 アカリは大欠伸をした。本当に眠くなってきたのだ。

「そ、そりゃ貴方が何にもしたくないんだろうって事ぐらいわかるわ。ここのやり方もちゃんと知ってる。でも私も……あ、こらほんとに寝るな!」

 薄れゆく意識の中、アカリは思い出していた。

 彼女の事は知っている、確か、誰だったか?


 アカリから恥女認定を受けたとは知らず、彼女はテーブルで寝てしまったアカリを見下ろしていた。かなり失礼なことをされたのだが、気にしてはいなかった。どこの星でも「英雄」と呼ばれる人たちは、平時では異常者なのだと思っていた。

 この星に来て仲良くなった女性冒険者なら、この寝顔を何時間でも見ていられるだろうけど、彼女、デジレにとってはそこまで特別なものとは感じなかった。確かに可愛いとは思うが。写真は撮っておこう。

 デジレが生まれたのは第三二星系の第四惑星。褐色矮星を回るその星は極寒の惑星だ。本来は人類が居住できる環境ではないのだが、次元鉱石が産出されることがわかってから労働者が住み着き出した。現在は巨大な温室である環境コロニーが建てられていて、内部に数万人が暮らしている。

 彼女が恥女紛いの格好をしているのは、単にトレジエムの星々が暑いからだ。あと少しは、オープンにしたがる彼女の性癖も関係している。

「仕方ない、出直すか」


 同日、昼下がりの斡旋所。

 律儀に出直してきたデジレはアカリを見つけることができない。

「いない……?」

 友達が言うには、仕事関係を装って斡旋所に来るときは必ず一日中入り浸る筈なのだが。

「デジレ、アカリさんか?」

 午前中も見たような男性が声をかけてきた。そんなに困ったような顔をしていたかなとデジレは思った。

「ええ、今日は一日中いる筈だからって」

「アカリさんは昼前に追い出されて、どこかで昼食でもしてるんじゃないかな」

「追い出された?」

「朝からなにもしないで、そのくせ仕事の話をしにきた君の相手をしなかった、とそこの監視カメラに判断された」

「ああ……」

 斡旋所の営業を妨害する輩は、ホール中に響く大音量で警報音と名前を呼ばれ続け、出て行かざるを得なくなる。話には聞いていたが本当に実行されるのか、デジレは感心した。

「もう来ないのかな……」

「来ると思うよ。というかほら来た」

 入り口の自動ドアが開いて、騒がしい二人がやってきた。

「ね、ほらちゃんと来たでしょ?だから引っ張らないで下さいよ……」

 アカリはベアトリクスに半ば引きすられるように入ってきた。

「こういうときの君は信用ならない。今も逃げようとしたじゃない」

「それはベアトリクスさんがいきなり走ってくるから!怖いでしょ」

「まぁ!乙女を捕まえて怖いだなんて!」

「捕まってるのは僕」

 騒がしいことこの上ない。

 ベアトリクスはデジレを見つけてアカリを引っ張ってきた。

「デジ、捕まえてきたよ」

 ベアトリクスはアカリの両肩をつかんでデジレの前に突き出した。

「乱暴だな……。デジレさんさっきはゴメン。話を聞かせてくれるかな」

「どうしてカメラに向かって話してるの?」


「ということで、星に帰らないといけなくなったので、貴方の船に乗せて欲しいの」

「確かに僕は旅客も扱うけど、そのお客ということでいいのかな?」

 ひとまずテーブルにつかねば話にならない。どうしてベアトリクスが同席しているのかは追求しても無駄なのだろう。

「ええ。第三二星への定期便なんてないし、順当に回ったら何週間かかるか分からないし」

 アカリの船ハイペリオン号は客扱いの資格を持っている。小さな船体に六つもの個室を詰め込んで、食堂まである。シャワールームが一つなのは致し方ない。

 これは待ち望んでいた「普通の仕事」だ。しかも客扱いという「レアで」「普通の仕事」だ。荷物が自分からやって来て、アカリはただ飛ぶだけだ、とても良い。ただ。

「今度は客扱いですからね、冒険要素はゼロですよ。それに、もう何も起きませんからね」

 ベアトリクスが同乗クルーを狙っていた。

「あらやだ。そこを何とかしちゃうのがアカリクォリティじゃない?」

「え?何なの?この人トラブル体質なの?」

 デジレが警戒する。トラブルが約束された旅なんて誰だってお断りだろう。

「安心して下さい!お嬢様には最高の宇宙の旅をお約束しましょう!」

 おそらくベアトリクスは何をしても付いてくる。

 加勢が欲しい。アカリはこのやり取りを聞いているだろう周辺の船乗り達をチラリと見た。するとさっきまで集中していた視線が嘘のように消え、フロアにはすごく自然な会話のざわめきがあふれる。

「この間のも、皆には私が説明しておいてあげたわ。約束はちゃんと守ってるわよ」

「ねぇこの間のって何?私大丈夫なの?」

 ベアトリクスを抑えなきゃならん。往路はどうやらマトモそうなデジレが一緒だが、復路はベアトリクスと二人だ。何を仕掛けてくるか分からない。前科持ちだし。

 アカリには頼れる友がいないのだ。

 

 デジレには旅のプランを明日提示するからと、いったん解散としてもらった。

 第三二星までなら二日の旅だ。ハイペリオン号のAIの力を借りれば一人でこなすことも難しくはない。

 しかしお客が女性なので、同性のクルーを雇うのは、お互いの安全のため良いことだろう。

 ベアトリクスの提案はとてもありがたいのだが。

「エレナ?今大丈夫?」

『アカリ、あなたから通信って珍しいね。大丈夫よ』

「今そっちって、船の整備終わるまで休みだろ?もしよかったら……」

『行くわ』

 予想通り食い気味にきた。

『いつ?どこに行く?』

「ごめん、仕事の話なんだ。どうにもならなくてエレナに手伝って欲しいんだよ」

 アカリは今回の仕事の説明をした。お願いしたいのは同行者の押さえだとも。

『ベアトリクスか。確かに最近調子乗ってるわね。躾し直さなくちゃね』

「二人はどういう関係?」

『普通に友人よ。でお客は?どうせ女の人なんでしょうけど』

「デジレさんっていって……」

『デジレか~。アカリもすごいメンバー集めたね!良いよ。というか私しか捌けないでしょう?』

 長い航海が多いエレナのせっかくの休み。快諾してくれたことに礼を言う。

『おねぇちゃんに任せて!あ、愛する弟のために頑張るわ!』


 翌日も斡旋所。ただし暇つぶしではなく、デジレとの打ち合わせがある。

 この数日の実効支配でほぼ定席となった、出入り口とコーヒーサーバーの中間辺りのテーブルに座ると、男が一人近づいてきた。

「ん?ああ、おはよう」

 特に親しい仲ではないが、ここでよく見る顔だ。挨拶もするし、ちょっとした会話もする。

「アカリさん、昨日はすいませんでした」

 男は挨拶もそこそこにまず謝ってきた。

「どうしたんだ。僕何かされたかな」

「デジレの件で、アカリさんの助けを断っちゃって……」

「ああ!あの時ね。そうだよみんなあんなに聞き耳立ててたのに、知らん振りするんだから。あんな絶望十年振りだよ」

 十年振りはさすがに大げさだが。

 男と同じように思っていたのか、数人がアカリのテーブルに集まってきた。

「それで昨夜考えて、もしよかったら俺もついて行こうかなって。ベアトリクスの事もデジレのことも分かってるし、役に立てると思う!」

 男は死地に赴く戦士が見せるような、悲痛でしかし絶望はしていない顔で語った。周りからは男の決意表明に賞賛のため息しかでない。

 あの組み合わせを怖いと思うのは自分だけではなかった。自分を心配してくれている友がこんなにいることに、アカリは感動していた。昨日裏切られたのは忘れたようだ。

「皆ありがとう。でも大丈夫、最強の助っ人を用意できた」

「アカリさんの最強って言えば、シャルルか!」

「やつはダメだ!」

 シャルルの飄々として女慣れした態度は全て演技だ。残念ながら皆それを知っているのだ。

「まあ、シャルル兄さん向きではないよね。だから、エレナに頼んだ」

 やっぱりこの人凄い。斡旋所の中の野次馬は全て戦慄した。デオデック爆弾にはデオデック爆弾と言うことか。しかしその爆心地にいるのは自分だというのに!

「というわけで、デジレさん、明日出発だよ」

「ちょっと急すぎない?それにまだ君の船で行くって決めてない……トラブルは困る」

 アカリは今はいないベアトリクスに内心舌打ちする。営業妨害だ。

「ベアトリクスさんが言ったことを気にしているのですか?僕はこう見えても、仕事の達成率100パーセントですよ。安心安全、最速です」

 そんなの一介の配達員のセールスポイントではない。もはや彼自身が何者かを見失っているのだろう。

「ん、まあ仕方ないか、元々私から言い出したことだし。でもその怖そうな人のことはちゃんと紹介してね」

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