第14話 01-314 アカリとお義兄さん

01-314 アカリとお義兄さん

 エムロード号のシャルルの元を訪れることができたのは翌日になってからだった。

「よく来たな、アカリ。昨日は姉孝行ご苦労だった」

「うん。でも被弾していたのはずっと兄さんだったけど」

「いつものことさ」


 四人で地上に降りるのは本当に久し振りだった。アカリが帰ってきて少し落ち着いた頃以来だから、三年ぶりだった。

 今回のきょうだい四人での食事会はシャルルの企画だ。宇宙港にも地上にも無数にある食事処の知識は、四人の中ではシャルルが一番ましだ。遊び人と思われたいためしっかり勉強しているのだ。

 彼は何でも器用にこなすし、才能におごることもない。人当たりは良くて、積極的な世話焼きでもある。良いお兄さんだが、本人は認めたがらない。小悪党の気まぐれ、感謝される事じゃないらしい。そんな彼を皆微笑ましく見守っている。

 シャルルが選んだのは燻製専門店その名もスモーカーズだ。無煙ルームなど問合わせたら即入店禁止になるような過激な店らしい?

「姉さんは煙たくないだろうか」

「大丈夫よアカリ。午後からも仕事があるかもしれないのに、こんな臭いが付いてしまうお店を選ぶシャルルの無神経さには私も驚くけど。……午後は休み取ってるから問題ないわ」

「休み取るから何処でも良いって、ハルナが言ったんだからな」

「そうだったんだ。ごめんね兄さん、姉さんのリクエストとは知らず」

「アカリのハルナ至上主義は今に始まったことじゃないからな。いろんな酒も置いてあるらしい。果実酒は自家製だって。苺とか木天蓼とか」

「私にピンポイントはやめてくれる!?」

「だって言ってたよな、酔っ払ってアカリに……」

「わーわー知らない!知らないよ!」

 感情の見た目の起伏が少ないハルナでも、きょうだいだけなら騒ぐこともある。アカリはそんな姉を見て癒されるのだった。

「お店の前で騒がないの。迷惑でしょ」

 エムロードの狂犬は意外と常識人であった。

 結局夜まで楽しく過ごし、ハルナは望み通りアカリに介抱されて船まで連れて帰られた。

 ちなみに宇宙港まではアカリのクルーザーだ。ハイペリオンが自動操縦で送るのだ。宇宙船でもいや、宇宙船だからこそ飲酒運転はダメなのだ。


 そして翌朝。 

 二人は機関室に向かっている。

 エムロード号は現在、数年に一度の総点検を行うため、宇宙港の点検ドックに入っていた。

 地上車のエンジンにその時代背景の波があるように、宇宙船の主機関にも潮流がある。

 船齢がゆうに一〇〇を超えるエムロード号の主機関はその間全く換装されず、現役宇宙船としては最古級で宇宙骨董品の一つだ。とはいえ、レプリケーターのおかげで部品切れはないし、しっかり整備の時間もとっているので状態は良い。

「エレナが気に入ってるんだよ」

 エムロード号の主機関はAS社の星三八号をトレジエムでライセンス生産したエンジンだ。星三八号は移民船団の輸送船に使われていた機関を改良したもので、過酷な超長距離航行に耐えられるよう、とにかく頑丈に、そして整備のし易さを考えて設計された原型を程々の頑丈さに再設計した物だった。星系の発展時期には小型から超大型まで様々なバリエーションで大量に生産されたが、バニシング機関を併用するエンジンのため、リライト装置が普及し跳躍航法に関する条約が発効されてからは急激にその搭載数を減らしていった。

「とにかく素直、らしいよ」

 エムロード号のように実際に操縦士が操舵も推力も操作するタイプの船では、自分の体が拡張されると感じるような特別な感覚が現れるという。それはアカリにも理解できることだった。

 船が実際に光速度を超えるリライト装置併用の操船では、機械によるサポートが必要だ。古いエンジンでは、機械サポートの効率がとても悪い。エムロード号に採用されている強力なAIでも繊細な操船が困難だという。

「それで、この度十年振りの総点検。船内でバラせるだけバラしてチェックしてるんだけどさ」

 そして予算の許す限り高効率な機器と交換するらしい。

「これ見ろよ」

 シャルルが手に持っていたライトを点けて機械の奥の方を照らす。  

 それは、見た目は水晶のようで内部に赤い炎のような揺らめきが見える、不思議な物質だった。

 「ファイヤークリスタルか、初めて見た」

 現代の宇宙船に必須の装置となっている、世界法則を変更する装置、通称『リライト装置』。使用する度に溜まっていく世界の歪みが結晶化する場合がある。

 エムロード号に元々搭載されていたバニシング機関を取り外して空いたところにリライト装置を無理矢理取り付けている。エネルギーのコンバーターがお世辞にも良いものとは言えなかったため、余分な波動がファイヤークリスタルの結晶に膠着しやすいのだという。

「こんなに大きいのは俺も初めて見るよ」

 つい先日までコンバーターがあったであろう場所の奥にはバスケットボール大の不思議な宝石のような塊が見えた。

「俺達が子供の頃にはもうリライト装置に替わってたしな、三十年モノか?」

 ファイヤークリスタルはエネルギーを加えると周囲の空間を歪ませる性質を持つ、次元鉱石の一種だ。クリスタルが大きく質が良くなるにつれて反応効率が良くなる。エネルギー源としては電磁波の照射が最も容易である。

「ま、これは売りに出してエムロード号の整備資金にするんだけどな。……アカリにはこれをやろう」

 シャルルはポケットから拳大のクリスタルを取り出した?

「中にちゃんと炎が見えるだろ?割と良いヤツを取っておいた」

「良いのか?」

「NEMOさんに変なモノ集めさせられてるんだろ?そのうちファイヤークリスタルとか言い出すかも知れないぞ。こんなの普通じゃ手に入らないからな。他に使い道があるなら使っても良いが」

 あり得る。アカリはそう思った。

 トカゲのウロコならまだマシだ。あれが入手に手間取ったのは自分のミスだし。遺跡の神具は本当にまぐれだ。そんな物を取ってこいと言われ簡単にオーケーする会社。確かにシャルルの言うとおり、これからも無理難題はエスカレートするだろう。

「ありがとう、貰っておくよ」


 後は兄弟の取り留めもない話。

 二人とも話し込むタイプでもないので、シャルルの作業が一段落してティーブレイクが終わると、それで別れた。

 昨日出来なかった他のクルー達への挨拶をすませると、もう夕方の時間になってしまっていた。

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