第13話 01-313 アカリとお義姉さん

01-313 アカリとお義姉さん

 エレナは船の操縦を担当する。

 エムロード号の永年の安全操業にもっとも貢献しており、クルー達からは少し恐れられている人物だ。鬼の職長とかではない。 

 アカリはエレナの言動を思い出す。大人になってからの彼女はふつうに割と親切なお姉さんなのだ。ただ話し方が怖くて、頭の回転も速い分せっかちで、少し怒りっぽい。割と我が儘だった気もする。理不尽に怒られたこともあったような……。とにかく、クルー達からは恐れられつつ信頼される『エムロードの狂犬』なのだ。

 考えながら歩いていると通路でクルーとすれ違う。

「アカリじゃないか、久し振り」

「ダミアン、元気そうだ」

 ダミアンは荷役担当のクルーで、確か班長だったか。アカリが船を出る一年くらい前から乗っていて、とにかく彼も長い。

「点検休みって聞いてさ、久し振りにみんなに挨拶をと思って来たんだ。エレナ知らない?」

「おっと、彼女より先に挨拶を受けると不味いな。僕達への正式な挨拶は夕飯の頃かな。エレナとはさっきまでミーティングだったから、休憩室か、トイレか、自分の部屋か」

「相変わらず役に立たないな。ありがと、そのへん行ってみる」


 そのへん、休憩室にエレナはいた。

 いくつかあるテーブルの一つを占拠している。

 珍しく機関員のツナギを着て、雑に編んだブラウンの長い髪の束をポンポンともてあそびながら、端末のディスプレイをいくつも表示させてなにやら考え事をしているようだ。まだ距離があるとはいえ、正面から近づくアカリに気づいていない。

 立てばアカリと同じくらい、この星の女性としては背が高い方だ。目つきが多少きついので機嫌が悪そうな表情になっていることが多い。頑張ればクールなお姉さんに見せることも出来るし、笑顔が実は可愛いので勿体ないとアカリはいつも思うのだ。ただ今日は、遠くからでも分かるほどその視線は厳しい。さっきの打ち合わせの資料か、とにかくまるで敵のように画面を睨みつけている。正直なところ、近づきたくない。


 前髪をかき上げたタイミングで、近付いてきているアカリに気づいた。

「ん?あ、アカリ!?」

「エレナ」

 ツナギのジッパーを大きく開けた胸元から白い肌がまぶしく見える。あまり見てはならないのだ、弟としては。しかし子供の頃に彼女に抱きつかれたときのことを思い出す。あの柔らかさは格別だった。

 アカリの姿を見つけると、エレナの視線の厳しさは少しましになる。子供の頃シャルルにおやつを取られたときがこんな感じだったとアカリは思い出す。十分怖かった。

「珍しいね、こんな奥まで。どうしたの?あ、」

 アカリが顔を背けている理由に気づき、慌てて着崩れを正す。

「えーっと、どうしたの?」

「言ってたろ?皆でお昼ご飯行こうよって」

「ああ、今日か!しまったな、忘れてたよ。二人とも待ってる?」

 ディスプレイを消して、ドリンクのカップとトレイをレプリケーター併設の転換炉に突っ込む。

「どうかな、姉さんはもう部屋を出たんじゃないかな」

「ヤバいじゃん!ほら行くよ」

 エレナは昔のようにアカリを引っ張っていこうと手を伸ばして、止めた。

「あー、もうそんな年でもないね。二人だとつい昔の癖が」

 と言いつつ、顔が火照って耳まで赤い。エレナにとってアカリは弟でもあるが、好意を抱く異性でもあるのだ。手を繋ぐだけとはいえ、意識してしまうと顔も赤くなるものだ。つい昔の事を持ち出して誤魔化してしまう。

 アカリもエレナのそういう恋愛的な感情は分かっている。しかし気安い幼なじみでもあるが、幼少期の「お世話」の記憶もありで本能的に怖い相手なのだ。なかなか関係が進められずにいる。たまに出る乙女な部分は可愛く感じて、そんなときは手ぐらいは繋いであげようかなどとも思えるのだ。

「行こうよ、姉さんもシャルルも待ってるよ」

「えっ」

 アカリに手を引かれ、慌てるやら恥ずかしいやらで、遠目に見ても赤いエレナは、すれ違うクルー達から冷やかされる。

「あんた達、その目をやめなさい!カメラ向けるな!」

 アカリとのお手々繋ぎで舞い上がっていたエレナが我に返った。

「ちょっと、この恰好で外に行かせる気?」

 ついさっきまで仕事に従事していたエレナは作業着だ。運行中でブリッジ勤務の時はもう少しカメラ画像に映える格好いい制服である。

「え、ああ、そうだね着替えないと駄目か……」

「当たり前でしょう。……急いで支度するから、ハッチの所で皆で待ってて」

「わかった」

 シャルルは放っておいても来るだろうから、ここは姉のエスコートに行くのが正解のはずだ。アカリはハルナの元へ急いだ。


「アカリの奴、無自覚で困るわ……」

 アカリに対する想いは、何かにつけて伝えているつもりだ。だが彼がそれに気付いたような素振りは無い。手を繋ぐのだって幼なじみの気安さだろう。

 まだ感触の遺る手のひらを見つめる。

「もう手を洗わない、なんて表現はお話の中だけの事であり得ないと思っていたけど」

 エレナは手を閉じたり開いたりする。

「な、なるほどこういう感じか……」

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