第17話 01-417 ダイヤモンドタウンの怪
第三二星の第四惑星には宇宙港はない。
人が住んでいるコロニーではないところ、適当なその辺に宇宙船を着陸させて、何とかしてコロニーまで行くのだ。当然あまり大きな宇宙船は着陸できない。
母船を衛星軌道に置いておくのは構わないが、交通整理の管制官がいるわけでもないため、それなりに気が利くクルーを船に待機させておく必要があった。
当然我らが快速貨物船ハイペリオン号にとっては何も問題ない。上陸したアカリ達の帰りを待つ間、管制の代わりをしてやろうかなど考える余裕があるくらいだ。
地上に降りたアカリ達は着陸艇に搭載していたバギーに乗り、コロニーの入り口に向かう。見た目は単なる車の形の骨組みだけの謎技術満載バギーは雪が吹雪く極寒の環境でも、室内に寒さを通さない。吹雪く風は通すのに。
そこそこ重い成人男性とリンゴ何個か分の乙女達、と荷物を満載しても平然と氷の道を進んでいく。
コロニーの周囲を1キロメートルほど進むと入り口が見えた。巨大なコロニーの付属設備だと考えると小さな構造物だが、十分大きい部類だ。高さは10メートル、幅は20メートル程の頑丈な扉。こんな閉鎖コロニーでここまで巨大な何かを出し入れするのだろうか。その横には小さい、一般の車両が通るための扉があった。アカリ達はその中にあるという検問所に向かう。
デジレを連れてきたと分かると審査は人数を数えただけであっけなく終わった。滞在者のための消費物資を計算するため人数を把握するのだそうだ。
三つの小さな区画を抜け、ようやくコロニーの内側に入ることができた。
デジレによればこのコロニー「ダイヤモンドタウン」は直径4キロメートルあり、およそ75千人が暮らしている。鉱山の発展とともに市街地は拡大していったため、過去の外壁基礎などが街のあちらこちらに遺っている。開発も秩序だって行われていないため、道も建物もサイズがバラバラだ。
コロニーはドーム状になっていて、天井はかなり高い。天井のパネル自体が発光しているので十分明るいが、主星の通り道だけは透明のパネルになっているのが面白い。
ドーム内の気温はアカリ達からすれば涼しいを通り越してむしろ寒い。アカリ達はかなり厚手の服装なのだが道行く人たちはそこまで着込んではいない。痴女認定のデジレもここでは普通の人並みの格好だ。暑いから薄着をしていたという説にもいくらか信憑性が出てきた。アカリは完全には信じ切れてはいない。
宇宙港がある星であったらお客とはそこで解散になるのだろうが、今回はバスステーションへの送りまでが契約範囲だそうだ。惑星各コロニーへ向かう高速バスの他、週に一度プルミエル行きの便も出る。つまりは宇宙港の代わりだ。
コロニーの第三世代区画にバスステーションはあり、宇宙用バギーは相当目立ったが特に駐車を断られることはなかった。
デジレは予定通りここで降りてお別れ。その内またトレジエムに来るだろうとのことだ。
アカリ達は空荷で帰るのも面白くないので、バスステーションで客と荷物を募集することにして、3日ほどここで待つことにした。
ここまでがこの星に着いてからのあらまし。日常はここまで。彼らは欲をかかずにさっさと帰っていれば良かったのだ。
デジレからベアトリクスに連絡があったのは2日後。ドーム観光にすっかり飽きた頃だった。
「アカリ君、デジレが話を聞いてくれないかって。会って欲しい人がいるらしいよ」
暖かなハイペリオン号の食堂での朝食時。下は相変わらず吹雪いているようで、ダイヤモンドタウンの環境ドームは厚い雲に遮られて見えない。
「え?やだよ。トラブルの気配しかしない」
「アカリ、帰りのお客かも知れないよ。行ってあげたら」
食後のコーヒーをお行儀良く飲みながらエレナが言う。
「そうね話している限りでは面倒事の感じはしなかったわ。私の推測は当たるの」
ベアトリクスも優雅な所作でコーヒーを味わっている。
「それ言ってる時点でトラブル確定だよ。でもまあ、聞くだけ聞いてみるよ、ここにいても暇だし」
「「いってらっしゃい」」
「来ないの?2人は」
「「寒いでしょ?」」
憎たらしいくらいに同調する二人の声。確かに仲良しなのだろう。
「で、待ち合わせは何処ですか」
「バスステーションよ。コロニーに入ったら連絡くれって」
「はいはい。じゃ行ってくる」
『アカリ、少しでも厄介事の気配があるなら、探検装備をしていった方がいい』
AIのハイペリオンは良く気が付く世話焼きさんだ。
「そうだな……バギーに積んでおこうか。荷物も預かるかもしれないから、クルーザーだな」
「探検!私も行く!」
探検となれば当然ベアトリクスは食いつく。
「結構です。連れて行きません。エレナ、留守番よろしく」
「うん。厄介事なら受けずに帰ってきてね」
珍しくしおらしい様子で見送るエレナに、アカリの中のラブコメ度が少し上がった。
バスステーションでデジレと落ち合い、案内されたのは第一世代の古い町の古い集会所。
長老の依頼を受けて欲しいということだった。
集会所には他に五人の若者が既に集まっていた。
「こんな細くて頼りないヤツが英雄だって?本当に役に立つのか?」
「ジャスパー!」
アカリが長老とか言う老人を紹介され、話を聞こうとしていると、デジレの隣に立っていた青年がいきなり絡んできた。ジャスパー君は、足が二本腕も二本、頭も一つ生えていて、典型的な地球人型人類だ。特筆すべき点は見あたらない。人の事細いと言う彼だって同じようなものだ、誤差の範囲。歳は少し上だろうか。しかしアカリは冷静に観察しつつも、喜びが湧き出てくることを抑えることができそうになかった。
アカリは鍛えられた観察眼でもって一瞬で見抜いたのだ、ジャスパー君は旅人に楽しみを与えようとしている、素晴らしい人なんだと。こんな「冒険者ギルドで絡まれる」シーンなんて中々味わうことはできないのだから。ベアトリクスに自慢すべきだとアカリは思った。
本当は大笑いしたいところ、彼の流儀に会わせて不適に笑ってみる。
ジャスパー君の返しはどのパターンか。
「テメェ、なにがおかしいんだ!」
完璧。ヤバい限界だ!アカリは耐えきれず、お腹を抱えてうずくまってしまう。
「ジャ、ジャスパー君、ダメだよちょっと反則。ハマりすぎ!」
「バカにしてんのか!」
大笑いするアカリに気を良くしたのか、流れで殴りかかってくる。アカリはこれをやり過ごし、反撃をしなくてはならない。ジャスパーパンチの軌跡をそのまま受ければ普通なら吹っ飛んでしまうだろう。そこまで初対面の自分を信用してくれるなんて……とはいえアカリは困った。「テンプレ」通りに進めるにはジャスパー君の殴り合いのスキルがイマイチだ。上半身だけで振り回しているから、アカリが応戦すれば彼はみっともなく転けてしまうだろう。うまく吹っ飛ぶためには自分の重心をもっと腰の下に置いておかなければ。二度三度と拳を避けていると、どうやらアトラクションではないかも知れないと思い出した。確認。
「ジャスパー君、もしかして本気で怒ってる?」
「当たり前だろ!ちょこまかと逃げやがって」
素質はあるのに残念だ。アカリは四度目殴りかかってきたジャスパー君の左腕を右手の甲で払うと同時に一歩踏み込んでやる。間合いを崩したジャスパー君はそれだけで後ろに転倒しそうになるのだが、背中を支えて少しひねりを入れてやるとクルリときれいに回って止まった。
「駄目だよ。実力差も分からず殴りかかって来ちゃ。死ぬよ?」
最後に少し威圧を込めると、ジャスパー君は慌てて飛び退く。あ、転ける。
飛び退くときも下半身が追いついていないから、心配通り転けてしまった。
「ジャスパー!」
デジレが慌てて駆け寄るが、頭は打ってないし運良く衝撃を殺す態勢で倒れたため、何処も怪我していない。それよりもデジレが逆上して襲いかかってこないか心配だった。痴女拳法は初めてなのでどう攻めてくるか予想も付かないのだ。
「ごめんアカリ君、怪我はない?」
頷き、構えを解くことで肯定とする。
「こちらこそ済まない。アトラクションかと思ってはしゃいでしまった」
「アトラクション?」
「ほら、冒険者ギルドで新入りに洗礼のパターン」
「ごめん、意味わかんない」
ガッカリだ。極寒の星の気候のせいでユーモアを解する心が凍り付いたのだろうかアカリは真面目にそう思った。
「で、長老さん?お話とは」
確認はするが、禄でもない話だということは予想が付く。エレナを泣かせてまで受けることもないだろう。老人は雰囲気良く静かに語り出した。
「このところ、次元鉱石の鉱山から採掘される原石の量が減り始めたのが始まりじゃ」
「それは地質の専門家に相談してください」
「その頃から、坑道の奥で不気味な、生き物の咆哮のような声が聞こえるようになったのじゃ」
「生物学の専門家も呼んだ方がいい」
「無人探査機を坑道に入れて調べたのじゃが、もっとも純度の高い原石が採れる穴に、巨大な生物が住みついておったのじゃ」
「お力になれず申し訳ない」
アカリは回れ右して集会所の出口へ。
「その生物はどうやら次元鉱石を食糧としているらしく、このままではワシらのダイヤモンドタウンは近いうちに滅びてしまうじゃろう!」
「ちょっと通してもらえますか」
残りの四人が結構良いフォーメーションでアカリの行く手を塞ぐ。
「ちょうど帰ってきたデジレが、凄腕の冒険者を連れてきているというのでな」
「ベアトリクスの事よ!」
デジレは自分を見るアカリの凶悪な視線に耐えきれず思わず叫ぶ。
「討伐隊を組んで対処しようとしていたのじゃが、街一番の戦士が今倒されてしまったのじゃ。そなたに」
長老の視線の先には車いすに乗って戻ってきたジャスパー君。
「どうやら腰を痛めてしまったようでな」
「受け身下手かよ、ジャスパー君!」
「パーティーメンバーはジャスパーと私、ベアトリクスに看護係と食糧係と荷物持ちに案内係よ」
討伐隊というには戦闘担当が足りない!
「ジャスパーが抜けてしまえば、討伐隊は全滅必至。ダイヤモンドタウンの命運も尽きてしまったということじゃ」
長老は泣き崩れる。
おもしろ半分でジャスパー君をからかって怪我をさせたのは事実。次元鉱石の産出が止まればコロニーを維持する費用も捻出できないだろうことはわかる。責任は、自分にある……のか?あるのか!?
「……わかった。ジャスパー君の替わりに、僕が行こう」
「頼まれてくれるか!」
長老が涙のあともない顔を上げて喜ぶ。
「その代わり!……エレナをVIP待遇で歓待しておいて」
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