第7話 01-207 ハイペリオン号発進

 西六五埠頭四番ゲートはアカリの船ハイペリオン号の専用ゲートだ。弱小個人業者が専用のゲートを持っている理由は、西六五埠頭がアカリの所属するグループの専用だからで、現在は所属する船が少ないためである。ゲートが余っているので広々使おうというのだ。

 

 古来よりトレジエムの英雄に憧れ、このゲートまで来た乙女は全て門番の出す試練を突破できず、涙をのんだ。まあ、アポなしで乗り込まれるほど宇宙船のセキュリティーは甘くないよね、とベアトリクスは笑う。

「トレジエムの乙女たちよ、ごめんなさいね。私は彼に呼ばれているので、入らせてもらうね……」

 ベアトリクスがゲート入口のコールボタンを押すと、少しエコーのかかった合成男声が出た。

『宇宙船ハイペリオン号です。お名前とご用件を……ああ、プリンセス・ベアトリクス。今日はよろしく。入ってくれ』

「ハイペリオン、私の事はベアトリクスで良いわ。ベータ星のベアトリクス」

『わかった。これからは気を付けよう』

 AIがやれやれと肩をすくめた、ような気がした。この宇宙船のAIはどうも人間っぽい。話し方に身振りが想像出来てしまう。星団で最も経験をため込んでいるAIのコピーだと一度会ったときに自己紹介してくれた。長い間人間の相手をしてさぞ苦労したろうと慰めてやったら、自分はまだ三歳だという。独特なユーモアのセンスを持っているのだ。

 ベアトリクスは宇宙船の与圧準備室でセキュリティースキャンを受け、船内に入った。

 居住環境の改善が著しい宇宙艦艇だが、いくらスタイリッシュに装っても、船内通路は軍艦の通路以外の何でもない。

 隠しきれない戦闘艦の雰囲気に、ベアトリクスは以前参加した宇宙軍の海賊狩りを思い出して少し緊張していた。 

 あの時は圧倒的な戦力差で鎮圧に当たったのだが、それでも海賊旗艦に突入した戦闘では少なくない味方が犠牲になっていたのだ。


「アカリ君もトレジエムの争乱の時は戦っていたのよね」

 十年前の戦争。そこで彼は戦いを終わらせるほどの武勲をあげ、英雄と呼ばれるようになった、と言うのが軍からの発表だ。

「それがどうして、こんな田舎で隠居生活やってるんだろ?」

 戦争で兵士の心は病んでしまう。それが原因でアカリが除隊したのだとしても不思議ではない。第二の人生を冒険でもして楽しく過ごせばいいのにとベアトリクスは思った。

 

 デッキを1つ降りて搭載艇格納庫に着いた。

 中央通路を挟んで左右の扉が二隻ある搭載艇それぞれの格納庫だ。今日は左舷側の扉が開いている。

 アカリがクルーザーと呼んでいる宇宙船は、いわゆる脱出艇だ。ある程度の大きさの船には搭載義務はあるが、小さなハイペリオン号には不釣り合いな大きさで、発着設備も含めると相当な容積を取っていた。積載量が肝心の貨物船の貴重なスペースを減らす要因となっている。その脱出艇にはリライト装置が積まれていて、恒星圏内の移動が可能な本格的な仕様だ。

「確かに大きめだけど、便利だからいいよね」とはアカリのコメント。

 今日の仕事では、地上に降りるだけなのだが、二人なのでこのクルーザーを使う。

 格納庫の気密ハッチは開いており、固定されているのが見えるクルーザーの搭乗口も開いていた。つまりは勝手に入ってこいということだろう。船内を覗くとアカリがなにやら作業中だった。

「おはよう、アカリ君」

 ベアトリクスが声をかけると、おそらく気付いていたのだろう、アカリは普通に挨拶を返してきた。

「おはよう、ベアトリクスさん。時間通りだ」

「荷物を置かせてもらっていいかな?」

「はい。貨物室でもいいですけど、場所があるから後ろの方でもいいですよ」

「お言葉に甘えて、中に置かせてもらうわ」

 船室の後ろにまとめられていたアカリの荷物も若干多い。これは自分の性質をよく分かっている、のではなく通常の予備だろう。

「……朝ご飯はまだでしょう?作ってきたんだけれど、食べる?」

「ありがとう!オートパイロット中にシリアルバーでも齧ろうかと思ってたんだ」

 せっかくの食事なので、ハイペリオン号の食堂で食べることにした。時間のロスは発生するが、遺跡上空まではハイペリオン号で行くので遅れを取り戻すのは容易い。それに少しくらい到着が遅れたところで構わないだろう。

「食堂に来るのは初めてね。あら?キッチンがある」

「お客さんが使うかもしれないから、入れておけって言われてね。自分が作りに行くから、と言っていた人もいるよ。未達だけど」

 ハイペリオン号は貨客船の資格を持っている。ごく稀に客扱いがあるのだ。

 食堂は増設部の中央通路を挟んだ右舷側にあって、割と広い区画を占拠している。三つある窓からは外の景色が見える。それぞれの窓に四人掛けのテーブルが置かれていて、満席で二十人程度は入ることは出来るだろう。奥には本物のキッチンと食糧庫、アカリ一人の時には使っているのだろう、食品用複製機があった。

「食後のコーヒーです」

「ありがとう。……この味?」

「わかる?斡旋所のレシピを貰ったんだ」

 自慢されるほど美味しくはないので、この話は簡単に終わらせる。

「……私を、雑用兼シェフとして雇わない?料理は得意なんだ」

 ベアトリクスは勇気を振り絞って自分を売り込んでみた。冒険と探検のキーワードではアカリがいい顔をしないと分かったからには、それ以外の部分でアピールしなくてはならない。

「え、今はいいや。あ、ベアトリクスさんがどうとかでなく、単に必要ないかな?という理由」

 まさか悩みもせず拒否されるとは思わなかった。戦士であるベアトリクスはほんの一瞬固まったが、何でもないように復活して見せた。

「そう。必要な時は呼んで頂戴」


 食事を済ませ、出発の時間になった。

「出発するけど、忘れ物はない?」

「大丈夫よ」

 操縦席にはアカリ、隣の副操縦席にベアトリクスが座る。

 モニター類の表示テストを終えたアカリは、少しいたずらっぽく微笑んで口を開いた。

「ハイペリオン、この仕事でまとまった金が入ったら、僕は故郷に帰って人生をやり直そうと思っているんだ」

「アカリ君、どうしたのいきなり」 

『アカリ、私でさえ出発前の不用意な発言に対するジンクスを半ば信じているのだ。君が率先してそういう発言をしてどうする。ちなみにそれは悪人用の台詞だ』

 ハイペリオン号のAI、ハイペリオンが神経質に応えた。割と本気で気にしているらしい。各席のコンソールに表示されている美少女アニメキャラは、怒りとも困惑ともとれる微妙な顔をしている。アカリの今までの実績の中には九死に一生を、という場面もあったため、彼にとっては死活問題なのだろう。

「冗談に決まっているだろう?僕とベアトリクスさんのコンビでそういう事態になる方がおかしい。君の信仰心を折るために敢えて言っていたんだよ?ネタばらししちゃったからもう無効だろうし。またどこかでうっかり不用意な発言するよ」

 このタイミングでAIを煽る意味が全く分からない。ベアトリクスは宇宙船のAIにこれほど同情する日が来るとは思っていなかった。

「では出発するよ。ハイペリオン、管制に繋いで」

 アカリが宇宙港の管制官と二、三やり取りすると出発が許可された。

「ハイペリオン、ジェネレーター出力をノーマルへ。レベル4で出港シーケンス開始」

 ジェネレーターの作動を示すインジケータバーが50パーセントまで伸び、「SUPPLIED」から「SELF」に表示が変わった。

 その後、空気や水のインジケーターが次々にグリーン表示になるとそれらも「SELF」に変わっていった。

『各種ユーティリティの供給をステーションからセルフに切り替えた。……各所異常なし。ボーディングブリッジのロック解除』

 船体が少し揺れる。ステーションから切り離されたようだ。

『出港シーケンス終了。異常なし』

「では行こう、ハイペリオン号発進。宇宙港を出るまでは操船権を委譲するよ」

『了解。発進する』

 ジェネレーターの出力が少し上がり、ハイペリオン号は多数の船が行き交う港内を管制官の指示に従って安全に進みだした。


 目的の遺跡がある第四大陸上空へは宇宙港を出てから30分もかからなかった。

 アカリはハイペリオンに今の位置での待機を命じるとベアトリクスとともにクルーザーに乗り移った。

「ハイペリオン、ハッチを開けて」

『了解、二番シャトルベイのハッチを開く』

「放出お願い」

「……言わないのね」

「ん?ああ、ここであまり不用意な発言をすると、変な方向に投げられちゃうからね」

 クルーザーをつかんでいた回収アームが伸び、母船から少し離れたところでロックが解除された。

「ハイペリオン、通信状態はどうか」

『そちらのデータはすべて受信良好だ。目的地の天候は晴れ、気温は摂氏26度。今日明日での天候が急変することはないだろう』

「ハイペリオン、それって不用意な発言?……冗談だ。アームをガチャガチャさせないでくれ」

 回収アームは先端がハンド状になっていて、いろんな物を掴むことができた。腕部もそれなりに可動域が広くてかなり器用な運用ができた。しかし、旧世紀に行われていたという、宇宙船同士の格闘戦には使うことができない。

『ベアトリクス、通信機の使い方はわかるな。アカリが迷惑をかけると思うがよろしく頼む。あとは、楽しんできてくれ』

「本当に仲がいいのね。ありがとう、久しぶりの探検、楽しんでくるわ」

 クルーザーはハイペリオン号から離れると、底部を地表に向け、降下体勢に入る。

 大気圏に浅めに突入し、空力ブレーキを利用して安全に降下するやり方は今でも普通に行われる。対してこのクルーザーはリライト装置を搭載し、光よりも速い速度で恒星系内を自由に飛び回ることができる本物の宇宙船だ。世界の法則を強引に書き換え、惑星地表へ垂直に安全に降下することも可能だ。

 

 指定された第三号遺跡は10基程度のピラミッド状「神殿」で構成されたごく一般的な遺跡で、探索自体も100年以上前に終わっている、特に何もない遺跡だ。

 指定された座標は森に埋もれて、軌道上からは遺跡を見ることはできなかった。アカリは対地高度千メートルまで降下して、周囲を捜索することにした。

「この辺りには違いないから、降りれるところがあったらクルーザーはそこに降ろしましょう」

 上空からスキャンし、地表データだけを表示させると、確かに遺跡はあった。大きな塔の周りに規則正しく小さな塔が築かれていて、歩廊で結ばれている。神殿のような区画を構成していたり、中庭か池のように広くて何もない区画もあった。

 都合がいいことに、上空から見てちょうど良い空き地だったところは、遺跡の中庭だった。

「ハイペリオン、見えてるね?あの広場に降りるよ。それとさっきスキャンした遺跡の構造データをフェルディナンド先生に送ってあげて。問い合わせは無視していいよ」

 クルーザーは着陸脚を出すと降下を始めた。

 どんどん高度を下げていき、周りの木々よりも低くなる。地表寸前で船底のスラスターを少し作動させて、ふわりと着陸する。

「着陸成功。ベアトリクスさんお疲れ様。ハイペリオン、通信とかの確立よろしく」

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