第8話 01-208 第三号遺跡
トレジエム第三号遺跡は、およそ100年前に大規模な調査が入っていて大体の部分は調べられている。アカリに舞い込んできた依頼は、それ以来の探索となるのだ。遺跡への立ち入りは星系政府の許可制であったが、100年ぶりの調査のチャンスだというのに追加の調査依頼はなかった。何をしに行くかすら問われなかったのだ。
余りの関心の無さに心配したアカリは、旧知の宇宙考古学者に先ほど撮影した軌道上からのスキャンデータを送っておいた。100年前の機器よりもはるかに情報量が多い計測が出来ているはずなのだから。
アカリ達はクルーザーから組立式のバギーを引っ張り出してきて、荷物を積んだ。行けるところまでは、遺跡内でもバギーで楽をしようという魂胆だ。
遺跡の中はすべて石造り。一般の車両が十分すれ違うことが出来る幅の通路を、宇宙バギーは進む。構造のスキャンで、金属やその他未知の素材は検知されなかった。古代に巨石のみを組み合わせ、少しの光も透さない通路はやはり「
そのくせ通路をほのかに照らす灯りなどはない。
つまり、普段使いの建築物ではないのだ。それとも古代文明人は目が光ったりするのか。
バギーの強烈な前照灯で前方を照らし、アカリは慎重に進む。
「アカリ君は……冒険探検はイヤだって言ってるのにさ、きっちり装備持ってるよね」
「……まあね」
「人並み以上だよね」
実際アカリの装備は専業の冒険、探検者のそれを越えるレベルの物だ。
専用の宇宙船を持っている時点で、冒険物語の主人公並みにユニークな存在なのだから。
「まあ白状するとね、最初は冒険者家業もいいかと思ってはいた。でもさ、せっかく生き残ったのにわざわざ危険なところに自分から飛び込むっていうのが、その頃は結構しんどくて」
「遭遇戦」当時、アカリは宇宙軍学校在籍で戦時徴収を受け入隊したはずだった。新兵でもなく学生だった彼ら。アカリがどの隊に配属されていたかは聞いていないが、宇宙軍は壊滅に近い損害を受けたと中等部の星団史で習う。そんな状況なら確かに命を懸けた冒険なんて、する気にはならないのはベアトリクスも理解できる。ただ、そんな命がけの案件なんて、民間の冒険者に回ってくることはないのだ。アカリは一体どんな冒険を想定しているのか。
目的の物は塔の最上階にあるのが普通だ。遺跡に入ってからかなり進んだが、上階へ上がる階段が見つからない。もうじき第一塔の一階層を一周してしまう。
「宇宙船で飛ぶのは好きで、家業でもあったし、しばらくは配達屋さんも良いかなと思ってるんですよ。あ、元の場所だ」
地図に書かれてあった場所に階段がなかった。
「この遺跡、活きているのかしら」
「まさか」
「きっと時間か何かで構造が変わるのよ!侵入者対策で」
「スキャンではそんな構造はありませんでしたよ」
階段が隠れたり現れたり。隠すのか移動するのか分からないが、それらしい駆動装置は見つからなかった。それなら魔法よ、とベアトリクスは主張したが、それよりも自分達のミスを疑う方が知性的だ。アカリはしばらくは魔法も遠慮したかった。
「たぶん見落としたんでしょう。ライトが明るすぎたんですよ。今度は逆回りしますよ」
「アカリ君はロマンが足りない!」
こんな所でロマンが発動されても困る。
アカリはバギーを方向転換させて来た道を戻る。地図上で階段があるところに戻ってくると、
「なんでだ?階段がないぞ」
光の強さや当たる角度で、そこにある物が見えなくなることはよくあることで、この階段もバギーの灯りが強すぎた加減で見えなくなっているのだと思っていた。だから地図上で階段にあたる場所で今度はバギーを降りて慎重に様々な角度でライトを当ててみたのだが、階段のような構造物はなかった。
「さあ、これはどう説明するかな!やっぱり活きているのよこの遺跡は!」
遺跡が活きている。それはオカルトの範疇に入る話だ。
科学の十分発達した33世紀だが「非科学的」な事象を認めない流れは既にない。それはすべてを科学的に説明できるようになったからではなく、人類の活動範囲が広がるにつれて、人類の科学では説明ができないことが多く発見されたからにすぎない。
ただ、何でもかんでもオカルト認定するのは違うとアカリは思っていた。
「一つずつ、問題を潰していきましょう」
アカリは役所でもらってきた遺跡の地図を空中に投影させた。その隣にバギーのカメラで撮った実際の画像だ。走った距離と画像を、地図と見比べて確認するのだ。
「入り口は、ここですね。……向きも合わせて、縮尺もオーケーっと。動かしますよ、スタート」
地図上の光点が隣の映像に合わせて進んでいく。
「この辺りは特に何もないから……。そろそろ曲がり角かな」
地図では周回路が右に曲がる頃。だが画像ではまだ直進していることになっている。五メートルほどで画像も右に曲がる角にたどり着いた。
「あれ?ずれましたね。縮尺を間違えたかな」
アカリは地図と光点の角が合うように設定を変更した。
「では続けます」
角から再スタートしたが、次の角でまたずれた。
「なる程……地図が間違っているわね!」
「そんな事ある?」
「だって、2辺を実測したのと同じなのよ。それで合わないなら、魔法か呪いね!あり得ないわ」
さっきまでそれを強く推していたのはベアトリクスではなかったか。
「いったん外に出ましょうか。来たときにスキャンしたデータと比べましょう」
バギーに乗り込み通路を戻る。特にギミックが発動するなどということもなく、入口に戻ってくることができた。
「ハイペリオン、さっきのスキャンデータみせて」
遺跡の中からでも通信は可能なのだが、こちらから問い合わせるためには通信機のエネルギーをかなり多めに消費する必要があった。そして冒険中はハイペリオンからはめったに話しかけてはこない。アカリが冒険を楽しんでいると勘違いしているのだ!
『ああ、気付いたか。どうする?答えが知りたいか?』
「そんなの冒険じゃないわ!と言いたいところだケド、この地図何?」
『星系政府の遺跡調査委員会データベースから持ってきた、トレジエム第三号遺跡の「主塔」の地図だ。言っておくが、ある意味間違いではない』
「というと?」
『第三号遺跡が広かったのだ』
100年前に探査したのは現在地の西側に広がる遺跡群であったということらしい。ハイペリオンからデータをもらったフェルディナンドが遺跡の形が若干異なることに気が付いたのだという。
『第三号遺跡のすぐ横にあるわけではないので別遺跡と考えても良さそうだが、二つを繋ぐ地下通路がスキャン画像で明確に写っていたのでな』
ハイペリオン号は指摘を受けてから再度詳細なスキャンを行ったのだという。
今いる遺跡は、100年前に調査された遺跡のおよそ二倍の広さがあり、こちらが「本殿」であろう事がわかった。
西の遺跡を調査し終えたとき、期日も予算も切れてしまい、調査が継続されないまま忘れ去られてしまったのだろう。
『未調査の遺跡なら、顧客がお望みの神器とやらも残っている可能性があるのではないか?』
「それもそうね。あれ?でもアカリ君、それじゃ予定通り西側の遺跡に入っていたら、神器なんて見つからなかったんじゃない?」
「え?」
「え?ってなによ。もう探索された遺跡に何も残っているはずないじゃない」
一般的に遺跡は探索される際にその装飾品などは持ち去られてしまう。研究のために使うか、売り払うかの違いはあっても遺跡からしたらどちらも同じだ。
「ベアトリクスさんは、遺跡探査は初めて?」
「ええ。トレジエムに来る前は殆ど傭兵だったし、今は船乗り。遺跡に入ったのは初めて」
王女様が傭兵とはどういう世界だ、ベータ星。かの惑星の統治形態は統一政府が作られず、小国が互いに牽制しあう、中世のようなことになっているらしい。ベアトリクスはその中でも主導的位置づけにある国の娘、つまり王女様なのだという。本人はわざわざ言わないが、これは裏もとれていて事実だった。
ベータ星は高重力のうえそんなだから、戦闘民族だと周りから思われているし、本人たちも否定はしない。
人の中ではそこそこ強いと自負はあるアカリだが、ベータ星には絶対に行くまいと思っていた。どうせベアトリクスが色々と吹聴していて、「ちょっとうちに遊びにおいでよ」などと言われて素直に行ったら、港にたどり着いたとたんに戦闘開始、ということになるに決まっている。
「と言うことは知らないんだね。ハイペリオンも知らないんだ。……秘密だったりするのかな?」
『この仕事にあたって、一般に公開されている第三号遺跡の資料は殆ど手に入れて解析済みだ。機密情報は分からない』
秘密だとしても、政府も管理する気がないみたいなので、その内出回る話だろう。アカリは説明した。
「遺跡の幾つかの装飾品は、取っても復活するんだよ。星団中の遺跡の標準仕様だよ」
「それって、遺跡が活きているって事!?」
「それとは違うんじゃないかな?単に復活するんだ」
活きているの意味がアカリとベアトリクス達とではかみ合わないようだ。
「それを活きているって言うんじゃないの?」
「ああ、常に活動中という意味じゃ活きているんだよね。ベアトリクスさん言うのは不思議ギミックが勝手に動いているかって事だろう?機構もないのに動き出したって言うのは先生からも聞いたこと無いね」
ベアトリクスはなかなか納得してくれなかったが、単なる言葉の定義なのだから飲み込んでいただくしかない。アカリ達は議論を打ち切った。
ちなみにアカリの理屈で言えば、機構もないのに扉は動かない。神具は祭壇という装置があるから復活する。そこに不思議が入る余地はない。ベアトリクスが納得することも無いだろう。
アカリはハイペリオンに東側遺跡の再スキャンと構造分析を指示して、自分達は祭壇がありそうな、一番高い塔の探索を進めることにした。探検要素がなくなると、同行者が暴れそうだったのだ。
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