第6話 01-206 乙女の契約
「それでベアトリクスさん、僕はどうして追いかけられてたんですか」
「逃げるからよ」
昼食も忘れ追いかけっこしていたため、二人は近所のレストランに入っていた。テーブルの端末から注文してロボットが持ってくる、スタンダードな店で、複製機専門店だ。
「その前から、何かしてたでしょう?」
「あなたが余りにもダメだったから、ひとこと言ってやろうと思って」
ベアトリクスは運ばれてきた大きな肉を上品に切り分けてかなりの速度で食べていく。
「そんなにダメだったかな」
アカリは大きなピッツァだ。ナイフとフォークでお行儀良く食べていく。
「だって、朝から配達も冒険もしないで、斡旋所でダラダラしてて。そんなのダメに決まっているじゃない」
「朝からそれをずっと観察してるベアトリクスさんもどうかと思うけど」
「私は良いの。昨日まで仕事してたし、暫く休んで次の仕事を選ぶところなんだから。それに、気付いてたんなら、声でもかけてくれたらいいのに」
「ちょっと仕事のことで悩んでて……」
そこまで言って、何に悩んでいたか思い出す。
面倒な探索仕事を誰かに押しつけられないかと考えていたのだった。
目の前にいるのは誰だ?小柄で美人で、とてもそうは見えないけど、「庶務から白兵戦まで何でも出来る」がキャッチコピーの、最強の冒険者じゃないか。
前から冒険探検と騒いでたし、ちょうど良いのではないだろうか。などと思いついたアカリは、
「ベアトリクスさん、僕と探検にでも行きますか?」
などと簡単に誘ってしまうのだ。
危ない危ない。こんなストレートに言われたら、好きになってしまうじゃない。この子は英雄タイプによくいる、天然の人タラシだ。目の前に丁度良い人材がいたから誘っているだけ。
ベアトリクスは耐えた。元々熱心なファンなので非常にぎりぎりのところだったけど、ベータ星人の意地にかけて耐えて見せたのだ。
「た、探検ってどういう事よ?……お姉さんをデートに誘ってるわけ?」
少し未練はあるようだが。
「仕事ですよ」
アカリには全く他意はない。分かってはいたが、ベアトリクスのハートはダメージを受けた。
このトレジエム星系第四惑星の古代遺跡を調査して、古代文明人が神に祈るときに使った神器を持ち帰ること。これが依頼であった。宇宙の配達人の要素は1つもない。キャンセルしたくても、相手はアカリが生まれる前からのお得意様だ、本部が許さないだろう。
「確かにどうしてアカリ君に回ってきたのか分からないね」
「ご指名なんです」
「アカリ君の事嫌いなのかな?」
「それはないと思いますよ。良い人なんです……変人だけど。どうやら僕が冒険好きだと思ってるようで」
アカリは冒険好きではない。ただ宇宙船を飛ばせたいだけだ。
「すごく良い人じゃない!」
「ベアトリクスさんは冒険好きだから」
「私はここでは何でもやってるけど、元は傭兵みたいなものだからね。前も言ったけど、アカリ君と宇宙を暴れ回れたら楽しいだろうって、ここに来たんだから」
レストランを出て、斡旋所へ登録に戻ることにした。特に登録作業が必要なわけではないが、契約内容を記録しておくことは何でもありのこの時代では旧時代よりも重要になっていた。
「じゃあこの内容で良いですか」
「……所用日数は二日で良いの?」
宇宙船の搭載艇で遺跡の近くに降りて、探索して持ち帰る。それ自体は二日で十分と考えている。
「うーん、探索はそんなに掛からないんじゃないかな?何日もベアトリクスさんを拘束するわけにもいかないし。僕はその後、依頼主に会いに行かなきゃならないんですけど」
納品先は何処とは言われていないのだが、いつもの場所に行けば依頼主に会えることは分かっていた。
「まあいっか。所用日数は実績で変更していいんだしね。メンバーは私だけ?みんな一緒に行きたそうだけど」
ベアトリクスは軽く辺りを見回した。
当然周囲の船乗りたちは聞き耳を立てていて、追加募集があるのなら、すぐ動くことが出来るような体勢だ。
「二人で十分じゃないかな?」
フロアは静かに消沈した。
「元々僕一人で行くレベルの依頼だし。気が進まないからベアトリクスさんに丸投げするんだよ?パーティーの能力としてはすでに過剰だと思う。それに僕は知り合いが少ないし」
「みんな誘ってくれるのを待ってるんたけどね~」
アカリのネームバリュが重すぎて、トレジエムの船乗りたちは直接話に行くのを躊躇するし、アカリは任務での人員配置は自分の隊で動くか、上官から指示されるかに慣れてしまっている。みんないい年してシャイなのだ。つまりベアトリクスはこの数年ではトレジエム一番の図太さだと言えた。
「はい、わかりました。契約はこれでいいよ」
「ありがとう。よろしくお願いしますね」
二人は握手をし、契約完了。契約書は単なる記録として斡旋所に保管され、ワールドな個人データに行動が書き込まれるのだ。
出発は明日。西六五埠頭四番ゲートに朝六時集合だ。
アカリが去っていくと、ベアトリクスの周りに何人か集まってきた。
「良かったね、ベアトリクス」
「ああ、うん」
「半日張っていた甲斐があったな」
「あの殺気は、俺達では出せないな」
取り巻いている船乗りたちは口々に褒め称える。
それらにろくに返事せずベアトリクスが呆けているのを友人が気づいた。
「どうしたの」
「……握手しちゃった」
自分の右手を開いたまま見つめる。
そう言えば、一緒に食事もしてしまった。
前段を無視すると、結果的にデートなんじゃないだろうか。
「あのベアトリクスもあこがれの人の前では単なる乙女か」
「二人きりでも襲うなよ」
「ベアトリクスは姉御キャラだと思っていたのに」
外野うるさい。
ベアトリクスはアカリの後ろ姿を思い出していた。走る姿にパワー、反応速度に決断力。全て申し分ない。これで後、もうちょっと筋肉があればなぁ、完璧なのに。そのただ一点だけで、アカリはベアトリクスの恋愛対象外なのだ。
西六五埠頭四番ゲートに繋留されているハイペリオン号は、全長100メートルほどの宇宙貨物船だ。
元となるのは装備ユニット換装型の汎用戦闘艇。装備ユニットの代わりに貨物室を取り付けてある。規格は合わせてあるため不格好ではないが、やや胴長の感があるのは否めない。
最下層デッキには両舷に搭載艇のハッチがあり、ハイペリオン号は贅沢にも二隻の小型宇宙船を搭載していた。一人乗りの「シャトル」と五、六人乗りの「クルーザー」を場面に応じて使い分けている。
その他にも貨物室や客室、食堂、船長室など、まるで時空が圧縮されたように船内に詰め込まれている。
「ハイペリオン、物資の調達に行ってくるよ」
『了解だ』
目的地はジャングルだ。ベアトリクスも連れて行くため、クルーザーを使うことになるが、着陸に適した広い土地が目的地の近くに確保できないかもしれない。遺跡の中で野営することになるだろう。そう考えると、レプリケータでの食糧確保はできない。食材も道具も自分で持って行く必要がある。
目的地の遺跡はほぼ同時代の物が星団中に散らばっていて、不思議なことにどの星の遺跡も似たような巨石造りなのだ。超古代文明人が星間移動方法を持っていたという人もいるが、地球人類型の生物にとって住みやすい星が幾つもある宙域のため、地球と似たような文明が無関係に発展したのだと言うのが主流な見方だ。結局どの星の文明も、地球でいう古代にも至らなかったのだそうだ。
アカリは遺跡内での宿泊は経験済みである。当然モンスターなどはいない。野生生物が住み着いているかもしれないが、泊地を囲う電磁バリアを突破してくるような力のある生き物はいない。
実は遺跡の神器というのもよく見つかっていて、アカリも実物を見たことがある。遺跡最上階の祭壇のようなところに実に無造作に置かれていたりするのだ。アカリがこの探検の難易度をあまり高く設定しないのはそういう理由があった。
「レーションは念のため三日分……水タンクは船にあったし」
それでも若干の余裕は見ておくのが、アカリの戦訓であった。
ベアトリクスはほぼ無計画で星を出てきたため、このトレジエムには拠点と呼べる所がない。しかし船乗り業界ではそれも珍しいことではなく、そういう者達のために、宇宙港内にはアパートが数多く設置されていた。ベアトリクスの住む区画は家族住まいも可能な広めの物件が多い。船乗りだけでなく宇宙港で働く人達が家族で住んでいることもあった。
ベアトリクスは出発前の持ち物点検をしていた。宇宙船での生活はレプリケータがあるため意外と不便ではない。個人の持ち込み荷物も標準コンテナ一三号に入る程度は認められていることが普通だ。だが今回は久しぶりの地上任務。あらゆる物は自分で持たなくてはならないのだ。
アカリは二日仕事と言っていたが、そんなことはとうてい信じられない。ベアトリクスは彼の熱狂的なファンの為、彼の活動記録はほぼ調べ上げていた。それによると彼は行動のおよそ一割で予定外の事に巻き込まれている。仕事にトラブルは付き物だが、一割は多いと言わざるを得ない。しかも彼は、結果的に良い方に迅速に解決している。というわけで、その一割に遭遇しても良いように十分準備はしていかねばならない。最後に良い方に転ぶイレギュラーなんて、むしろ当たってほしい気さえある。
ベアトリクスは資材を多めに詰めてアパートを出た。
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