第4話 01-104 エメラルドオオトカゲ
大森林探査3日目。
ホテルから大森林入口までは1キロメートル程度なので歩いて向かう。この3日間行き来した道だ。
町のメインストリートを5分ほど歩くと突然町は途切れる。5メートルほどの細い道が、ストリートを横切っていて、道の向こうは簡単な金網フェンスが道沿いに左右、ずっと遠くまで続いているのが見える。フェンスの向こうは、大森林との緩衝地帯である緑地公園らしい。メインストリートはフェンスが一部途切れ、道の真ん中に車止めのポールが列ぶ先から煉瓦敷きの「大森林遊歩道」となっている。
遊歩道入口はベンチが数個置いてあり、少し広くなっていて看板や園内案内板などが見やすく掲げられている。案内板によると遊歩道は正面の丘を右から回って大森林の入口に向かっているが、アカリは森が見える、丘の左側を行ったようだった。わざわざ草や木々をかき分けて。
「自分の行動が分からない。こんなにわかりやすい案内を見落とすわけがないのに……」
経路通りに進むと、ムービングフロアが設置されていて、ここから地上四十メートルの大森林の樹上まで森の高さによる変化を楽しみながら、一気に登っていけるようになっていた。
目的のトカゲ、ミドリオオトカゲは大森林の樹冠生態系頂点の生き物だ。大きさは頭から尻尾まで五メートル。性質はきわめて凶暴で索敵範囲の動くものにはとりあえず襲い掛かる。強靱な尻尾でジャンプし、飛びかかられたショックで動けなくなった獲物をその巨大な顎で噛み砕くのだ。
そんな怪獣の鱗が欲しいと、顧客が言うのだ。一体何に使うのだろう。古代の地球であれば薬として使ったかもしれないが、三十三世紀の銀河の果てでは良くても装飾品以上の使い道など思い付かない。
樹上の見学ルートは良く整備されていて、「見所」「絶景」なポイントもしっかり押さえられている。トカゲ達のルートとは完全に切り離されているため、彼等が通路の下、枝の上を歩き回るのも観察することが出来る。パトロール中の彼等とばったり遭遇しても襲われたりはしない。向こうは襲いかかる気でいるため、むしろ迫力満点のイベントに遭遇したような物だ。トカゲ達の巣の場所は特定されていて、彼等から見えないところの観察ポイントから覗き見させてもらうことになる。普段の獰猛なイメージと異なり、子供を甲斐甲斐しく世話する様子に多くの人は感動を覚えるという。
このように大森林の地表とは異なりとても安全なのだ。こんな所を昨日までのアカリのように探検のフル装備で挑むやつは、異様だろう。
観光コースはオプションでトカゲの餌やり体験、ウロコ採取、一緒に写真撮影などもできるらしい。アカリは当然ウロコ採取のオプションを選択した。
大森林探索道の探検を終えてもまだ昼前。
食事は船に戻ってから摂ることにして、ホテルをチェックアウトした。隣のレストランにも顔を出して、従業員と客に挨拶すると、シェフがわざわざ出てきてくれたので、アカリは握手をして別れた。
町外れの駐機場に向かう間、メインストリート沿いの土産物店をよく見れば確かにミドリオオトカゲのウロコがお土産として売っていた。
商品名はエメラルドドラゴンだったが。
アカリが苦労して集めたウロコよりも大きく、状態も良かった。宝石のエメラルドのように深い緑色で向こうが透けて見える。
悔しいので一枚購入した。何に使うのか店で聞いたが、やはり飾る以外に使い道など無いらしい。逆に何のつもりで買ったのか問われてしまう。知り合いに頼まれたからと応える。嘘ではない。
彼がこんな変な物を集める趣味があるのなら、こういう仕事が増えるかもしれない。
そこでアカリは一つのことに思い当たった。
取ってくるようには言われたが、最終が彼とは限らない。そう言えばお届け先を聴いていない。
期日の設定が、その先に届けるまでならば急いで帰る必要がある。
駐機場に戻りシャトルを起動させたアカリは、そのまま垂直に近い角度で緑の惑星の大気を昇っていった。
惑星の大気圏内では宇宙機が音速を超える飛行をすることは認められていない。地上の宇宙港までの約5,000キロメートルをのんびりと行くか、100キロメートルしかない大気圏を一気に抜けるか、どちらかならば後者を選択するに決まっている。まだ空がそれほど煩くない田舎惑星だから出来ることではあったが。
宇宙空間に出るとアカリは管制に所属と目的を伝え、宇宙港に係留してある母船へのルートを確保した。
静止軌道にある宇宙港はまだちょっとした繋留施設があるだけで、荷物の積み降ろしなどの設備はない。また、地上の宇宙港にも大型の宇宙船を扱う設備がないので、各自の搭載艇に積むことが出来るサイズが運搬の上限だ。旅客の定期便などのために小型の宇宙バスがシャトル運航しているが、便利ではない。
本格的な宇宙港と軌道エレベーターは建設を検討し始めるか否かの議論の最中。次の会合は今世紀中には行われないだろう。
そんな緑の惑星は未開の惑星と言ってもいいレベルではあったが、それでも宇宙船の錨地には百隻近くの船が繋留されていた。
「ハイペリオン、こちらを捉えているか?収納頼む」
『了解。シャトルの操縦権をもらった、収納シーケンス開始する』
アカリの得意とする小型船の操縦だが、急いでいるときなどは自動操縦が一番だ。少し恐怖を感じるほどの速度で母船に接近して、あっという間に収納されてしまった。
「ハイペリオン、不味いぞ」
離船の設定をしながら、さっき気づいた懸念をハイペリオンに伝える。
「納期設定を間違えたかも知れない」
『というと?』
「彼に渡すまでだったか、その先に渡すまでだったか、憶えていないか?」
『気密ハッチ閉鎖完了、装甲ハッチ閉鎖完了。収納完了した、格納庫に空気を入れる。……先のことは何も言っていなかったな』
「そうか、会社に聞いてみよう」
シャトルのエアハッチ横のランプが緑に点灯した。
『出てきて良いぞ』
シャトル停止の手順を済ませ、補給の指示をする。
船外を一通り見て回り、異常がないことを確認してから格納庫のエアロックから船内に入った。
『おかえり船長』
「ただいま。変わったことは?」
格納庫から操縦室まで歩きながら、船長不在の間の船の確認をする。全長100メートルにもならない貨物船としては小さな船だが、最下層のシャトルデッキから最上層の操縦室まではそれなりに距離はある。貨物室を確保するために無理矢理船体を延ばした構造はデッキ間の連絡がさほど良くなかった。
『問題ない。垂直発進のクレームも来ていない』
「角度をぎりぎり浅くしたから、クレームなんて来ないよ」
通路を歩きながら、宇宙船AIの愚痴を聞く。割と心配性なのだ。途中食堂に寄ってコーヒーを入れる。アカリの特別なブレンドデータなのだが、なぜかうまく再現されない。
操縦室にたどり着いた。自動ドアが開くと、明るかった通路にあわせて室内も明るくなる。
それほど広くない部屋の正面には大きなモニターがあり、船外の様子を映し出している。
操縦室は定員五人。船長であるアカリの席は一番後ろの高くなっている少し上等の座席だが、ワンオペの現在は一番前の右側にある操縦士席に就いている。高性能で心配性な人工知能が自動操縦レベル6に対応した、貨物船としては小さいが、個人船としては巨大な船の操船をアシストしていた。
第四惑星の会社に通信を繋ぐ。
「こちらアカリとハイペリオン号です」
ほとんどタイムロス無く、会話が届く。
『アカリ君?どうしたのまたトラブル?』
「またってなんだよ。契約内容を確認したくて、姉さんはいるかな」
『ん~、外回り中だよ。私で分かるかな』
「ああ、たぶん」
『……あからさまにガッカリするのね。悲しいよ』
「今の仕事の届け先って何処だったか分かる?姉さんはこっちの時間で今日までに仕入れりゃ間に合うだろうって言ってたんだ。もしかしたらその先があるのかな?」
『君達姉弟は、アレよね、ギリギリ攻めるよね。で、今どこ?』
「緑の、軌道上」
『ちょっと待ってね……アカリ君の今のは、っと。ハイでましたよ。何これ』
「どうしたの」
『届け先は、「いつもの場所」。指定期日は「GSTで3月6日の2400まで」。わかんないね、ゴメン。あと10時間?余裕なのかな?』
「わかった。ありがと」
『分かったのなら良いけど。何なの?』
「ん?あと5時間くらいで赤まで行かないと間に合わないって事」
『ええ~間に合うの?』
「ハイペリオン号だしね」
『そうか……まあくれぐれも気を付けてよ』
「ありがとう。通信切るね」
「ハイペリオン、第三惑星までの航路を計算して」
『第三惑星は現在トレジエムの向こう側にある。最短なら1時間。トレジエムの中を突っ切る』
「相変わらずクレイジーだ。そういうのを第一候補に挙げるなよ」
『惑星軌道面航路では5時間ほどかかる。第四惑星の経済圏に少し掛かるため、減速せざるを得ない』
第四惑星はトレジエム星系の経済の中心的惑星だ。多くの船が行き交うためその近くは当然速度が制限される。
『北回り航路は第五惑星を出るときに多少パワーがいるが後は落ちていくだけでいい。こちらも5時間ほどか』
「南は」
『トレジエムの南極付近で大規模フレアが発生中。高確率で死ぬ』
「何なんだそれは」
ハイペリオンによるとAI用のジョーク集という物が売っていて、今のは彼なりのアレンジだそうだ。つまりインストールしているという事か。
アカリはAIのジョークに軽く突っ込んであげて、優しさをアピールしておく。そのうち恩返しがあるだろう。
「さぁ行こうかハイペリオン」
『ルートは?』
「北回り航路だ。君も減速するのは嫌いだろう?最初から全力でスイスイ行こうじゃないか。管制官、こちらハイペリオン号。今から出ます」
こういう宇宙港の管制官とのやりとりも人工知能に任せればよいのだが、たまには自分で行うのもよい。発進シーケンスを自分の手で進めていくのは気分が盛り上がる。今は桟橋に繋がれているだけなので、アンビリカルケーブルの切断ルーチンなどもなくただ離岸するだけの楽な出航だ。
「わかりました。次の目的地は?」
田舎の宇宙港は待ちがなくて良い。
「第三惑星です。トレジエムの北側を回ります」
「了解。現在惑星北半球の宙域には障害物はありません」
「ありがとう」
ハイペリオン号はゆっくりと繋留エリアを離れた。船首を太陽に向けて薄い紫色に輝くとあっという間に惑星の脱出速度を超え、光速の10パーセントの速度に達した。
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