第3話 01-103 大森林踏破者
翌日もアカリは森に入っていた。
昨日たどり着いたところまでは、意外と楽に来ることができた。さすがに一往復半と、三度目になればどこが危険かはよく分かっていたからだ。
この先、どちらへ向かうか。奥へ進むのは当然として、大陸とほぼ同じ広さの大森林。どの方向に行ってもトカゲに遭遇できる確率は同じくらいではないだろうか。
ただ、昨日とは違い今日は見つけるべき目印があった。入口はどうやら間違えたみたいだったが、安全に探索できるルートに橋が架かっているらしい。アカリは今の地点からやや登りになっている左側に九〇度の方角へ進むことにした。考え方が正しければ、正規ルートを横切るはずだ。
巨大な樹木が点々と立っている森の下はいつまで歩いても薄暗く同じような景色が続く。
気を抜くと、自分が何処に向かって歩いているのか分からなくなりそうだ。獰猛な生き物達にも警戒しなければならないのに疲労や恐怖で自信をなくして無闇に方向を変えれば簡単に遭難してしまうのだろう。
アカリはしばらく前から足元の木の葉の絨毯がなくなり、地面が見えていることに気付いた。
相変わらず暗い森の中、少し先に石造りの建造物が見えた。
「遺跡か。こんな所にもあるのか」
遺跡。数千年前に造られたといわれている巨石の建造物。同じような物が、規模は異なるが星団内のいろいろな星系それぞれの惑星で発見されている。星団の大きな謎だ。
各惑星の遺跡同士には関連はないとされている。遺跡の造りに明らかに共通点があったとしても、古代人が星団内を旅する事が出来るはずないという理由でだ。
その共通点から単一の古代超文明が存在していたという説も当然あるのだが、そんな文明が建築した構造物にしてはレベルが低い。
どちらの説も決め手に欠けるが、前者の説がどちらかというと常識の範囲になるだろう。
古代遺跡ということで、冒険先として人気がありそうではあったが、そうでもなかった。宝物もない、胸躍る仕掛けもない。
アカリはこの遺跡を目印に現在位置の割り出しを行いたかった。何故なら森に入ってからは現在地情報の取得も宇宙船との通信も出来なくなっているからだ。
遺跡がある森なら、まあそれも不思議ではないと思ってしまうのだが。
「入る前に読み込んだ地図が荒すぎる。遺跡なんて何処にも載っていない……」
歩数計とだいたいの方角で現在位置を確認する。大森林の中にいるみたいだ。うん、正しい。
アカリは少し休憩をすると再び歩き出す。
遺跡の中には入らない。人によってはこのような大規模な通信障害を発生させる原因が遺跡にあると思うだろう。原因を突き止めたがる者もいるはずだ。だがアカリは余計な冒険はしたくないのだ。
遺跡から遠ざかると再び足元は木の葉の絨毯に戻った。
獰猛な生き物達の登場パターンも分かるようになるほど森に慣れてきた。奴らは上から落ちてきてパニックで暴れる獲物を襲うのだ。しっかりした足取りで進むと襲われない。この森でそんなに自信たっぷりで歩く生き物など、巨大で強力な生き物でしか有り得ない。襲ったところで返り討ちにあうような、意味のないものを襲うのはエネルギーの無駄だ。キノコのトラップで引き寄せられる怪物はどうしようもないが、トラップに掛からなければ良いだけ。キノコは既にアカリの目からその存在を隠すことは出来なくなっていた。
昼を少し過ぎた。このまま進展がなければ引き返すことを検討せざるを得ない頃、登り坂にさしかかった。
アカリの予想通りならば、この坂の上に橋に続く道があるはずだ。「ちょっと怖い」高さの橋がかかる高度まで登るのだろう。それはそれで大変そうだ。しかし登らねば始まりすらしないのだ、やるしかない。
急な斜面を登りきると森が終わった。
広大な大陸窪地の端だ。この先は森を養うほどの水分が確保できないのか、低木がまばらに生える草原地帯となっていた。あまりにも極端な植生変化だ。
遠くに見える大型の動物は植物食なのだろう。一〇頭ほどが群になり局所的に密集した木々で食事をしているようだ。そんな群が見える範囲で五十はないがかなりの数見えた。
それにしても大きい。簡易測定で頭の高さ五メートルくらいか。大きいものはその倍くらいの背丈があるようだ。不用意に近づけば、踏み殺されることは間違いない。
町も見えない。方向はわかるがそもそも自分が何処にいるかわからない。
日没まであと二時間程度。アカリは遭難したのだと理解した。
「これは、僕としてもかなりピンチじゃないのか?」
とはいえ、やり方は幾つかは考えられる。アカリはその中で最も簡単な方法を採ることにした。
「ハイペリオン、僕の位置は分かるか」
アカリの相棒宇宙船ハイペリオン号は、大森林よりもはるか南の赤道上空、東に惑星四分の一周した、宇宙港に係留されている。
ハイペリオンはその宇宙船に搭載されている高性能人工知能だ。
彼のような高度な人工知能と自動操縦装置が搭載された宇宙船は、マスターを心配しすぎるあまり繋留ポイントから勝手に移動して、マスターの上空に待機してしまうということもありがちだ。星によっては迷惑行為と見做される。
その点、ハイペリオンは真面目なほうだ。
当然、危険地帯に赴くのなら心配もするだろうが、数年のつき合いでアカリの能力は分かっているためこの程度のアトラクション、心配するほどではない。
それに、会社の業務で飛んでいるため、心配だからといって迷惑行為をするわけにも行かない。
心配とは別に、地上行動をしている船長の位置を把握することは、宇宙船人工知能のたしなみだ。当然ハイペリオンもアカリの現在位置を逐一確認している。事前に調べておいた大森林マップの散策ルートとは明らかに異なるコースを進んでいても、厚い大森林の木々に阻まれ信号が途切れても問題ない。安全な森なのだから。それに何か困ったら向こうから呼ぶだろう。
『こちらハイペリオン。アカリ、君の位置は確認できている。大森林を出てすぐの所だな』
「オーケー。町までどの位あるかな」
一〇キロメートルくらいなら日没までには動物達に気付かれず町に戻ることが出来るだろう。
『今日はよく歩いたな。町までは直線距離でおよそ五五キロメートル』
「駄目だな。ハイペリオン、町の駐機場にとめてあるシャトルを僕の所まで持っていてくれないか」
『構わないが、危険な状態なのか』
「ピンチだね。このままじゃ朝までには死ぬね」
『必要ならばわたしが向かうが』
「そこまではいいよ、単なる距離の問題だから」
『確認したいのだが、落ちたわけではないのだな』
「……落ちてはいないな」
『惑星の地図と君の移動痕跡を重ねると、森からいきなり現在の草原地域に出たことになっている。つまり落下だ。バイタルモニタからしても体調に問題はないようだが、地図が古かったか?』
「ん?森からいきなり草原はその通りだよ。見事な植生変化だった」
『分かった。今日も収穫がないのだろう事も理解した。シャトルをそちらに送るので一〇分ほど待ってくれ』
「確かに今日も見つからなかったけどさ、どうしてハイペリオンにそれが分かるんだ」
『まずはシャトルに乗ってからだ』
待つことしばし、シャトルが回送されてきた。
ホテルに帰り、昨夜と同じように隣のレストランに入った。そして森の話を切り出す。
「森の中って、下に行ったのか!よく無事だったな」
「やっぱり正規のルートじゃなかったか……」
シェフは驚いたようだった。その大声に他の客の注目が集まる。
「兄さん、森に行ったのかい?」
暇だったのか、既にアルコールが入っているようすの男性が、あまり強そうには見えないアカリ青年の思わぬ武勇伝に、話に入ってきた。
「そりゃ兄さん、アンタ入るところ間違えてるよ」
そうだと周りの客や従業員が揃って頷く。
「観光客は、ロープウェイで森を上から見たり、木の上の通路を散策したりするんだ」
「たまに凶暴なトカゲが出るから危ないんだけど、奴らの巣は、定期的に調べられているから、遭遇することはないけどね。まさか下を行くなんてな」
「よく無事に帰ってきたな。そういうサバイバル系の関係の人かい?」
「いえ、昔訓練で連れて行かれた森がああいう感じだったので、何となくやり方が分かっただけです」
大森林とあの森とでは恐怖の質が異なるが、どちらも恐ろしいことには違いなかった。
「捜し物がありまして。簡単には見つからないとは覚悟していましたが、まさか森自体があんなに手強いとは思っていませんでした。と言うか、入り口からして間違えていたんですけどね」
アカリはさっき見た光景を思い出した。
遠隔操作でアカリの元にやってきたシャトル。
あと一時間もすれば日が沈んで夜が始まる。夜営地に向かう草食獣の群は日没前の長い影に潜んで襲い掛かる肉食獣を警戒し、殺気だつ。
それは、森の入口でぼんやり立っているアカリの周りも同じ状況だ。見えないが森の浅いところ木の影から狙われているのだろう。
シャトルに乗り込むともう安全だ。一人乗りの小型の船だがれっきとした航宙機である。どうやっても生物がかなう相手ではない。
ハイペリオンに礼を言い、シートに座ると早速上昇する。偏向ノズルを地面に向け、ジェネレータの出力を少しずつ上げていく。熱核エンジンの生み出す強力なジェット噴流が小さな船体を上空へ押し上げていく。
二〇〇メートルも上昇した頃、ハイペリオンが森の方を見るように言ってきた。
シャトルの機首を大森林に向け、ハイペリオンが示す辺りをモニターに映し出すと。
「森の上に、道があるのか?」
夕日を受けてオレンジ色に染まる、大森林の上に網目のようにかかる道。それこそが大森林に架かる橋、グレードフォレストロード、正規ルートだ。
『君の冒険の邪魔をしたくなかったので、平面上の位置確認だけをしていたのだが、先ほどの会話でどうもおかしいと感じてね』
高度情報も確認すると、アカリは地面をウロウロしていた。目的のトカゲ達は樹上にいるというのに。
「なんてこった、僕の二日間は無駄だったというわけか」
『冒険を楽しめたのなら、無駄ではないだろう?』
「僕は冒険はしたくないんだ!」
若いウェイトレスが飲み物を持ってきたので、ありがとうと言って受け取ると彼女もアカリの隣に座り、会話に入ってきた。
「そんなに大変だったの?危ないって昔から言われているだけど、実際どう危ないの?」
冷えた麦酒を一口飲むと、話すのは得意じゃないのだけれど、と前置きして説明を始める。
「そうだな、まず音を立てたら森の奥から視線が飛んでくる」
「視線?」
「実際に見ているんじゃないんだろうけど、こっちに意識を集中しているのが分かる気配、というかね」
「恐いわね」
「じっとしてると消えていくんだけど、一度つまづいたときがあって。ガサガサってやっちやって、まずいと思ったら蔦がね、周りから三本飛んできた。僕を狙って正確にだよ」
この時アカリは死んでいてもおかしくはなかった。
「防御シールドがなかったら3回死んでたよ」
「シールド?」
客の一人が聞いてくる。
アカリは腰のベルトにつけてあるシールド発生装置を男に見せた。
「こんなので、エネルギー障壁を張るんです。飛んでくる物を弾いてくれるんですけどね……宇宙服の装備なんですけど、相手のエネルギーが強ければ強いほど大きなエネルギーで弾くんですよ。コレくらいの鉄板を貫通する隕石が当たっても10回はバッテリーのエネルギー足りるんですけど」
アカリは一センチくらいの厚みを指で示す。薄いようにも思えるが、即死を十回も回避できるのだ、十分にありがたい装備だ。未知ではない惑星の探索には不要な装備ではあったが、相棒のハイペリオンが是非にと言うので持ってきていたのだった。
「蔦の攻撃はその時のものだけでエネルギーを全て使い切ってしまいました」
アカリは笑うが、地元民たちは笑えない。この町で育つものは誰でも幼少期は森に潜り込みたがるのだ。厳重な警備のため諦めて、そのうちに興味がなくなる。当時に森に入っていたら、間違いなく死んでいたと理解したのだ。
「飛んでくるだけじゃなくて、下にも這っているでしょ?キノコを踏んだらモンスターが寄ってきたり、過酷すぎますよ。どうなっているんですこの森は」
それをこの青年は、かなりの危険には遭遇したようだが、生きて帰ってきて気楽に話をしているのだ。普通の人間ではあるまい、とその場の全員が思っていた。
「ああ、すいません。僕はこういう事を仕事にしているんじゃないんですけど、ちゃんと訓練は受けてますよ?装備も言ったみたいに揃えてるし」
良い子は真似はしないで下さいね。と言うことだが、聞いていた誰もが真似などするものかと思っていたのをアカリは理解しない。
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