第2話 01-102 大森林

 トレジエム星系の第五惑星は「緑の惑星」と呼ばれていた。

 地球よりわずかに大きいその星は、表面のほとんどを海で覆われていたが、濃い緑色をした大陸が点在しているのが宇宙空間から見ることができた。この緑の大陸が星の名前の由来となっている。

 その緑色は地球で言うところの植物に酷似していた。大地に根を張り、光合成をして自らの身体の材料を作り出し、ついでに酸素を生み出す。強力な重力下で成長するため、大木まで至った者の身体は鋼鉄並みに硬く、足りない栄養を補うため、発達させた触手で目に付く動く物を片っ端から狩っていく。

 動物達は陸上への適応を一通り終えた段階で、大型の爬虫類のような者が現れていた。

 しかし星の生態系の頂点は植物達であり、小型の動物達は彼等に狩られないようおびえて日々を生きているのだった。

 

 赤道直下のある大森林。主星の光が最も強く届くその地域でも、第五惑星という配置上、赤道直下という言葉が持つイメージ程にはエネルギーは届かない。それでも木々は主星の光を少しでも多く取り込もうと、高く伸び、枝を大きく広げていた。高く大きく広がった体を支える太い幹は、取り囲むのに大人が十人程度必要なほどだった。大木が上空で枝を広げているため昼間でもかなり薄暗い森ではあったが、地上には低木の類もまばらに生えていた。将来大木になる種類の若木や暗い森で生きていくことができるように進化した種類。光を必要としない、森の動物を襲う食肉植物達。大森林の生態系は樹上で発達しているため、森の下まで届くエネルギーはあまり残っていない。時折落ちてくる動物たちが彼らの少ない栄養源だ。

 

 そんな危険な森にアカリ=ヴェッソーは一人でいた。

 身長は一八〇センチメートルまではないが、小柄でもない。身体に密着するタイプの戦闘服の下には、適度に鍛えられた実戦向きの筋肉が付いているのが良く分かる。更に、見る人が見れば完璧な骨格を持っているのが分かるだろう。死後は是非標本にと言われたことも幾度かある。

 髪はやや癖のある短髪で濃いブラウン。同じくブラウンの瞳は光の加減で金色に見える事もあった。平時では童顔とよく言われる骨格由来の整った顔立ちは、今は緊張で引き締まっている。

 物語の主人公ではあるが、性格はどこにでもいる普通の人と変わらない。順応性はあるが型式ばった所も多分にある。人当たりは良いが、冷徹にもなる。只人と異なるのは英雄的カリスマで人を惹きつける力があるという事。本人は他人と打ち解けるのは少し苦手らしいが。

 また、主人公性難聴や恋愛不感症等の病は患っていないが、トラブルの種をうっかり拾ってしまうくらいには不注意ではあった。ついでに言えば、強力な姉を持つ弟根性が染み着いているのだが、今はそれを発揮するときではない。


 今の彼は各種の戦闘装備を身に着け、どう見ても戦闘の専門家またはやっかい事の専門家、冒険者に見えるが、アカリはそのどちらでもない。彼は配達業者だ。

 10の大きな惑星を持つトレジエム星系を営業エリアとする船持ち個人契約事業者だ。彼は今、お届け物を自分で捕ってくるといういささか理不尽な案件を処理するためこの星に来ていた。

 

 森に入って何度も植物のような物に襲われているため、彼はなるべく気配を絶ち、慎重に行動していた。そんな暗殺者のような行動が可能なほど戦闘に慣れた彼をもってしてもこの森は異常に感じられる。

 何千年か分の落ち葉が積もってできた地面の土壌は水と空気をたっぷり吸って軟らかく、とても歩きにくい。表面の落ちたばかりの葉は、一歩踏み出す度にカサカサと致命的な音を立てる。食肉植物どもは樹上から落ちてきた動物がもがいてたてる音に反応し、植物とは思えない速度で触手を伸ばし、補食するのだ。アカリは一歩毎に辺りに気を配り、危険がないことを確認しながら進む。

 目的の生き物を捜すためのトライコーダーは持ってきていたが、命豊かな森の中で生物を探そうとしても全画面が真っ赤に塗りつぶされるだけだと分かってからは、ポーチにしまい込んで使っていない。反応を絞り込めば、十分に役立つ機械なのだが、詳しい使い方を調べてこなかったアカリには手に負えない難しい機械、ということになってしまっていた。

 また一歩慎重に足を踏み出すと枯れ葉とは異なる物を踏んだ感触。同時に黄色い煙が舞った。

「しまっ……」

 思わず声が出て、辺りを見回す。食肉植物には気付かれなかったようだが、厄介な物を踏んでしまった。キノコだ。その胞子は吸い込むと若干、体に痺れが出る弱毒だ。そしてその胞子は周囲の植物や動物を呼び寄せる。何故ならキノコに当たって胞子を撒き散らかすのは、樹上から落ちてきた獲物だと決まっているからだ。やって来る奴らはいずれも凶暴な肉食だ。

 アカリは努めて冷静に左腕にはめた金色のリングを操作して、認知阻害フィールドを展開させた。これは迷彩柄を効果的に見せるホログラムを展開し、周囲の音を少なくする音波を発生させるフィールドだ。体臭だけはどうにもならないのだが、気休めに消臭剤を散布しておく。薄暗い森の中、あまり視力に頼らず嗅覚で獲物を探し出すであろう野生の生物相手にはどうかと思ったが意外と効果はあったようだ。獲物の臭いはするが付近にはいないと思わせることに成功したらしい。

 現れた数頭の狼によく似た巨大な獣はアカリを見つけることは出来ず、しばらく辺りをうろついて、再び森の奥へ帰って行った。

 貴重なバッテリーを消費してしまうが、体の痺れが取れるまではフィールドを展開しておく。少しの判断の遅れが命の危険に繋がるこの森ではいつでも万全で動けるようにしておく必要があった。十分な訓練を積んでいるアカリにとってもここまで緊張を強いられる森は、10年も前に行ったことのある惑星フィノーラの原生林以来だった。

 

 時刻は惑星時間で12時を回っていた。まだ森に入ってから1時間しか経っていない。その割には、気力と体力がひどく消耗していた。緑の惑星では1日は20時間、この惑星での12時は地球と同じ太陽高度に換算すると14時半頃に相当する。惑星時間で15時を回ればもう夜だった。

 あと3時間でもう夜になる、それまでに目的の物を採集して町に戻らなけらればならないのだが、宇宙軍上がりの体力と精神力を持ってしてもタイムリミットまでに見つけられるかは分からなかった。まともな夜営装備のないアカリなどこの森では到底朝まで生きてはいけまい。

 (あと30分で切り上げよう。ハイペリオンに軌道上から探させるか)

 水タブレットを1つ口に入れて少し落ち着くと、不可視フィールドを切って再び歩き出した。

 結局、今日は手がかりすらつかめず探索を諦めることになった。


 森を後にして、町へと帰ってきた。

 開発の進んでいない惑星であるため、宇宙港のある町と、観光地に小さな町が数カ所あるだけで定住者は5,000人もいない。この町も大森林という観光地のために出来た、30分も歩けば端まで着いてしまう小さな町であった。

 星団の開拓で、現在最も後に入植が行われた辺境のトレジエム星系は基本的に貧乏だ。星系政府がある第四惑星「青い惑星」の開発に注力していて、他の惑星開発は進んでいない。しかしそれは星系開発のスケジュールに沿ったもので、無秩序に開発が行われているわけではない。各惑星は天然資源が豊富にあったし、星系内居住者への物資の配給も行き渡っている。ある程度の都会暮らしをしたいなら本星へ、田舎暮らしがしたいなら他の星へ住めばいい。行き来をするシャトルは頻繁に運行しており、運賃もかからない。

 そういう背景があるため、辺境の更に外れの星の未踏の大森林側の小さな町でも、割と住み良い。観光地であるため、町並みは清潔で明るく整えられていて、お洒落な田舎町になっていた。

 アカリは部屋を取ってあるホテルのすぐ横のレストラン兼酒場のような店に入った。まだ夕食の時間には少し早いのか、お客はまばらだった。

 カウンター席に座り若いウエイトレスへ二、三注文していると、厨房からシェフが話しかけてきた。

「お帰り。お兄さん、どうだった森は?なかなか見応えがあっただろう」

 今日の昼、森へ向かう前に食事を取ったとき、普通の観光客とは異なる装備のアカリの格好に興味を持ったのか少し話をしたのだ。

「ただいまです。いや、森を舐めていましたよ。ほんの入り口で撤退してきました」

「撤退ってなんだよ。そりゃまぁあの高さはちょっと怖い時もあるが、橋から落ちた人なんて今までいないぞ」

「橋ですか、そこまでたどり着けていないですよ。ずっと森の中でそれっぽいものはなかったけどな」

 そういえば観光地なのだから、探索のための小径くらいはあっても良いはずだったと、今更になって気付いた。実は観光客とも一人も出会っていないのだが、田舎の観光地はそういうものだと、気にもしていない。

 

 翌日も朝から森に入るので、エールと厚切りのステーキ、塩味のパスタを平らげ、食事後のコーヒーを飲み終えるとホテルへ戻った。

 ホテルの部屋のテーブルに、エネルギーが空になったシールド発生装置を置く。一般の家庭用電気でもエネルギー充填は可能だが、貯めるエネルギー量が普通ではない。こんな小さいホテルで充填を行えば、十日掛かっても終わらないだろう。充填済みの装置はあとふたつ。

「今日は疲れたな……明日中に見つかるかな」

 あまり気の乗らない仕事だったので、出発したのが遅かった。時間があまりない。

「ハイペリオン、上から見てトカゲ見つけられるか?」

『無理だ。真上から見ることが出来れば可能かも知れないが、この角度からでは大森林がやっと見えるかというところだ』

 宇宙港に係留してある自らの宇宙船に捜させるという手も使えない。地道に探すしかないようだ。


 

「ミドリオオトカゲのウロコを届けて欲しい」

 と彼は言ったそうだ。

 営業の担当者は違和感も感じず、実際は感じたのかもしれないが二つ返事で仕事を請け負った。そもそも営業担当者には彼からの依頼を断ることは許されていない。彼は大富豪だし、遙か昔から創業者一族の庇護者でもあった。

 彼の依頼はいつもイタズラ心に溢れていたが、法に触れるような事は一切しない。会社の最高の機材と人材を使えば実現できる範囲。さらに本人は年齢も性別もTPOによってどのようにも使い分けることが出来る、超常の存在だ。ちなみに彼は「NEMO」と名乗っている。あからさまに怪しい上位の存在の道楽に付き合うことが互いにハッピーなのだ、断ることなど選択肢にも入れるべきではなかった。

 しかし同じ「届ける」にしても、客Aから預かった荷物を客Bに届けるのが通常の業務だ。客Aのために品物を調達して届けるというのは業務の形態が異なる。運送業ではなく販売業だ。

 だから会社はアカリとハイペリオン号という最高の資機材を準備する。本人達は否定するだろうが、会社で最も便利屋に近い業務形態をとっているのが彼等なのだ。どのみち、NEMO氏はアカリ達を指名するのだし。


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