裏銀河の冒険者
大星雲進次郎
星団の配達人
第1話 01-001 未来への跳躍
『航宙日誌。西暦2700年10月16日。散開星団UGC121621の重力圏内へ最終の超長距離跳躍航行を開始するため、船団集結空間に我々はたどり着いた。青や白、黄色に美しく輝く星々がメインスクリーンいっぱいに広がっている。星団を俯瞰で眺めることができるのは、これで最後だ』
二六世紀初頭。太陽系内はほとんど探査され尽くされていた。
前世紀の中頃には第十三番惑星も発見され、理論的にこれ以上の太陽系の領域拡大はないと考えられた。
地球人類の拡大欲は止まらない。
前世紀の終わり頃に実験が成功した、見かけ上の光速度を超越する技術が実用化されて、今世紀前半には大型の宇宙船にも搭載され出した。しばらくはワープファクター1つまり光の速さが最高速度だったが、それでも1光年先の星に1年で行くことが出来るというのは画期的だった。
地球人類の領域は拡大を続けてゆき、西暦2600年頃には銀河系外縁部にまで探査が及んでいた。およそ2,000の恒星系に観測基地が置かれ、銀河地政学的に重要な恒星系には宇宙軍基地が建設された。
この100年間に遭遇した生命体は約5,000種類。この数は宇宙生物学者達の予想よりはるかに多かった。高温高圧、その反対。あらゆる環境で生命体が発見された。シリコンや金属で代謝を行う生命体。代謝自体行わないが生命体として存在するもの。その体も我々のように活動するものだけではなかった。ガス生命体まで発見され、宇宙生物学は一度完全に崩壊した。
そんな中、独力で恒星間航行が可能な文明を持つ生命体は地球人類を含め3種類確認された。そのどれもが程度の差はあるが銀河系内進出に意欲的であった。文明同士の衝突は近い将来必ず起こることが予想された。
銀河系の完全な地図を作り、衝突に備えた防衛線を作ることが必須となった。
ウルトラ・ハッブル宇宙望遠鏡による裏銀河探索プロジェクトは、地球から銀河系中心を挟んだ反対側の宙域を当時の最新技術で捜索し、数万に及ぶ星雲や星団が発見された。
その中のUGC121621は恒星数が100個程度の小さい散開星団であったが、複数の惑星を持つ恒星系が多数発見された。その中には地球型生命体が生存可能な惑星も数多くあった。裏銀河の探索と防衛拠点としてUGC121621への入植はすぐに決定した。地球人類の輝かしい未来への期待を込めて散開星団はアヴニール「未来」と命名された。
そのアヴニール星団へは最新の超光速跳躍航法を駆使しても到着に20年かかる計算だった。
西暦2688年1月1日。護衛艦隊を含むおよそ300隻の宇宙船に乗員と専門家とその家族合わせて4万人を乗せた大船団は、地球ムーンベース・ワンから出発した。
進路上の星系からの合流や、跳躍航法のアップデートで地球から追いついてきた船団もあわせ、最終的には1,000隻、10万人を越える規模に膨れ上がっていた。
そして今日、船団は最終跳躍の集結ポイントまでたどり着いた。
開拓船団旗艦である宇宙戦艦アベニールIIの中央作戦室。小さいビルならば優に収まるような広大な空間に巨大な立体スクリーンが設置されている。
立体スクリーンに表示されているのは船団各船を模した多数の三角形。それらは今、円錐状に集結しつつあった。
スクリーンの高さ半分ほどのところを囲むように配置されたステージには、5人のスタッフが等分に配置されており、スクリーンの情報を逐次分析していく。彼らは空間把握に特化したアンドロイドだ。
1,000隻を越える艦船の情報を捌くには人間の頭脳を用いるなら数十人の専門オペレーターが必要だろう。交替業務を考えれば百人以上は欲しい。しかし慢性的に人手不足である開拓船団にはそれほどの数を準備することは不可能だった。そのためブリッジ勤務、特に空間把握業務には特別な訓練を受けたアンドロイドを充てることになっていた。5体の担当アンドロイドからの報告はデータ密度が非常に高くそのままでは人間には理解できない。最終的には主任アンドロイドが人間に分かり易いように要約し報告するのだ。
立体スクリーンを上から見下ろすことができる作戦室最上段で、船団長は終結の状況を眺めていた。
「集結状況はどうなっている」
『船団集結率は現在35%。致命的に遅れている船はありません。予定通りGST2200には集結を完了する見込みです』
船団長の横に立つ女性型の主任アンドロイドは淡々と報告した。
『各船に船ごとの終結スケジュールと順番は送信済みです。すでに何十回と行っている集結作業ですので、問題になるようなことはありません』
クールに報告しているつもりの彼女の声には隠しようのない自信が含まれていた。その言葉を受けて、中段のアンドロイドたちも小さくうなずくのが見えた。
そんな彼らの様子に船団長は「そうか」と短く答える。
20年もの長い間の付き合いだ。出発当時は無表情で受け答えも機械的。この先どうなることかと心配していたが、今となっては自分の息子、娘のような愛しい存在になっていた。ブリッジのクルー達もこのアンドロイド達を単なる機械のように扱う者は誰もいなかった。
「君達のおかげで一隻の遭難船も出さずにここまで来た。無事入植できたら、君達には次の良い仕事を考えなければな」
仕事用の硬い態度から一転、船団長は優しげにアンドロイド達に話しかけた。
『これからの宇宙はもっと多くの船が自由に飛び回るでしょう。引き続きその船達の安全を守る仕事に就くことが出来れば、と私は思います。部下達は別に色々考えているようですが』
主任のマキナは他の5体より先に調整を受けており、旅の間中ずっとお姉さんぶっていたことも船団長は知っている。
『主任、カーリーはヘンダーソン少尉の船に乗ることを約束しているんです』
『押し掛け女房というやつですよ』
『船団長がいるのに何を言ってるんだ、私は誘われたから……だな』
「良いことだ。実に楽しみだ」
船団長は愉しげに呟き、仕事の顔に戻ると主任アンドロイドに頷いた。
『アベニールIIより全船に通達。現在船団集結の進捗に遅れはありません。各船予定通りに行動して下さい。集結完了はGST2200で変更ありません。到着次第主コンデンサにエネルギー充填を開始して下さい。繰り返します……』
船団が集結する円錐形の頂点には跳躍制御艦バーデックス号が存在した。
バーデックス号は船団集結完了後、船団が1つの塊となるように亜空間フィールドで包み込む。さらに船団の質量と目的地までの距離を計算してワームホールを形成する。二七世紀の電子頭脳が可能にした莫大な計算力があってこそ、銀河の裏側への開拓が可能となるのである。これが2600年代の最新跳躍航行技術であった。
目的の散開星団まで、今回の跳躍はおよそ90光年分のやや短距離だ。そして最後の長距離跳躍となる。
居住船7号は円錐形状の中央付近に他の船に守られるような位置で跳躍の時刻を待っていた。
船内は跳躍前の統制モードで、市民すなわち一般の乗組員は数家族単位でシェルターに集まっていた。跳躍が終われば20年近くかかった旅の終わりが現実として見えてくる。新しい生活への期待や不安があちらこちらで話されていた。
「エベールさん所はどうなんだい。どんな星がいいんだ?」
「そうだな……選べるなら、暖かい星がいいな」
「葡萄だったか」
「ああ。おやじが元気なうちに、降りたいね」
別のシェルターでも。
「息子さん、軍に入ったんだって?こんな時期に」
「そうなの。これからは海賊狩りの時代だって言って……」
「まあ、海賊?」
「今日も訓練とかで別の所で待機なの」
GST2200より少し前、船団各船は予定通り集結した。
各船のエネルギー経路リンクが始まり、跳躍制御艦が各船の位置や質量を計算、バランスの良い配置になるよう指示を出す。
「全船、エネルギー経路リンク完了。バーデックス号への経路確立しました。集結座標調整を開始します。各船は指示に従い移動して下さい」
バーデックス号の計算結果を、空間把握アンドロイド達が最も効率の良い順番で船を移動できる指示に変換していく。
『再配置終了まで1時間かからない見通しです』
「そうか。エネルギーは問題ないか」
『平均充填率50パーセントです。跳躍に必要な量の200パーセント以上確保できています』
跳躍直後の緊急跳躍分も含めたエネルギー量は確保できた。あとはタイムテーブル通りに動くだけ。
『全船に通達します。超長距離跳躍の開始は、予定通りGST2400です。A区分及びB区分以外の人は指定されたシェルターで統制モード待機をお願いします。繰り返します……』
「星団にたどり着いたとしても、そこからまだ探査が始まる。終わりではないのだが……やり切ったような妙な気持ちだ」
GST2330、跳躍30分前。
これ以上ないほど完璧に跳躍準備が進んでいる。船団長はいけないとは思いつつも緊張が解けてしまうのを感じていた。
「船団長、時間です」
副長に促された船団長は船団各船へ向けて挨拶を行うべく、中央作戦室上層のステージに立った。
眼下にはアベニールIIの作戦室クルーが集まっていた。
「開拓団の皆さん、護衛船団の皆さん。間もなくアヴニールに向けての最後の長距離跳躍を開始します。ルナベース・ワンを出発して20年弱……合流された方も多いですが、まあ長い航海でした。この間、一隻の脱落もなく来ることができたのは、皆さんの高い技術力、使命感の強さがあったからです。ありがとう。星団到着後もまだまだ探査が必要です。住む星さえ決まっていません。しかしそれは次のスタートとして、今は、およそ1時間後に到着する星団宙域をまずはゴールとしましょう」
堅苦しい挨拶は苦手だと船団長は常々言っていた。だがこの締まらないスピーチでさえ全ての船団員に何かしらの感動を与えた。作戦室が拍手の音で溢れた。
「それでは行こう!艦長!」
「了解しました。船団全船、最終チェックに入れ」
弾かれたように持ち場に戻っていくクルー達。それぞれが着席すると同時に、各船から報告が入る。
『船団全船の準備完了しています』
「偵察機を出せ」
ワームホールの出口に致命的な障害が存在しないことを目視で確認するためだ。
『偵察機射出しました。亜空間フィールド展開完了』
ワームホールの超重力に機体が破壊されてしまわないように、フィールドで重力の影響を遮断する。
『バーデックス、バニシングエンジン始動、ワームホール展開まで60秒。空間湾曲開始。観測値は規定内です』
『続いて重力障壁展開。消失まで120秒です』
『船団に亜空間フィールド展開します』
ワームホールはブラックホールの一種だ。近くにいると吸い込まれてしまう。船団を守るフィールドとは別に吸い込まれないようにする対策も必要だ。
『ワームホール時空貫通しました。偵察機進入します』
『船団の亜空間フィールド展開完了しました』
『ワームホール拡大停止。船団進入に十分な大きさです。重力障壁消失まで60秒』
『偵察機より信号。AAAです。出口付近1光年に障害物無し』
偵察機に搭載された空間レーダーが、一瞬で付近を捜査し人工知能が状況を把握、あらかじめ決まられた短いコードを送ってくる。AAAは一切の危険が存在しないことを表す。
『艦長。跳躍へのステータスはすべて良好です』
「よろしい。ではカウントダウンといこうか」
『跳躍開始まで、あと……30、29、28、27……』
『偵察機より信号。ワームホール出口側が流されています。おそらく付近の恒星の影響です』
『……15……』
「障害物検知の信号は?」
『出ていません』
艦長は船団長を一瞬伺う。
「続行だ!」
船団長はためらわず跳躍を指示する。
『……9、8、7、6、5』
『重力障壁消失』
『……2、1、跳躍します』
外の景色を映し出すモニターが白く光る。ワームホールに吸い込まれる時の放射線だ。亜空間フィールドを貫通してそれでも力のあるエネルギー粒子線は、船の電磁シールドによって船内への侵入が止められる。その際の攻防が光を放つのだ。
ワームホール内部は壊れた空間だ。時間も距離もまともに計測する術はない。ただ、観測上光速度よりはるかに早く進んでいるし、かかる時間もほぼ一瞬だ。
周辺の宇宙空間の情報が観測されるようになって、船団はワームホールを出たことが分かった。
ホール維持のエネルギーは直ちに遮断され、ワームホールは速やかに消失した。
しかし船団を覆っていた亜空間フィールドが解除されないでいた。
「どうした?何故亜空間フィールドを解除しない」
ほんの数分の異常事態に船団長は跳躍コントロールセンターに状況を問い合わせた。
『0.5光年先に巨大重力源を発見しました。空間歪曲波が重力源にどのように影響するかを計算しています』
宇宙空間に無理矢理穴をあけて進むのだ。出入り口の空間はワームホール出現時と解除時の2回破壊される。その際の地震にも似た現象を空間震と呼ぶ。この時の空間のねじれや断絶が近辺の恒星に何らかの影響を与えるのは簡単に想像できる。
「0.5光年か、近いな。船団に周囲安全確認のため現在亜空間フィールドを持続中で有ることを通達せよ」
「了解」
空間震の規模は跳躍の距離や船団規模によって変化する。90光年の短距離跳躍の影響はそれほどないと思いたい。
「亜空間フィールド維持のエネルギーはあと10分程度しか保ちません……」
計算は単純なシミュレーションのため、結果はすぐに出る。しかし緊急再跳躍の事も考えると、長い時間に感じられた。
『船団長、こちら跳躍コントロールセンターです。空間断層波は重力源到達までに距離減衰で消失することが確認できました』
誰かが安どのため息を漏らした。
「よろしい。すべての跳躍シーケンスを終了へ。我々の肝を冷やしてくれた星はどんな奴だ?映せるか」
全く必要ないことなのだが、船団長はやつ当たりをしたい気分だった。
『光学拡大出します』
「なんだ、これは……」
メインモニターに大きく映し出されたのは、赤黒く輝くいびつな形の不気味な恒星だった。
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