知ってる

「(あぁ...まずい)」


薄々はその可能性を考えていた。でもその状況になった今後悔しても遅すぎる。


そこにいたのは普段とは様子の違う藤崎先輩がいた。

夜空のような瞳は黒く濁り、鋭い目つきで秀斗を捉え、笑っているのか怒っているのかわからないような複雑な口元、ただわかるのは普通の状態ではないということ。


「(やっぱりそっちかぁ)」


なんとなくはわかっていた。ただ後輩思いな優しい先輩だと思っていたかった。誤魔化していた。ただそれでも拭い切れないべっとりとした何かに秀斗は捕らえられていた。そして何より、初めて話した入学式の時の一言が決定づけた。

彼女は僕を知ってること、それも一方的に。


冷静に状況を理解し、どう向き合おうかと考える秀斗に対して、

状況が理解できない町田先輩は、


「えっ、なに。藤崎先輩が、ここに?なんで?」


と藤崎先輩の登場に怯えていた。怖かったのだろう。手を握っていたはずが秀斗の腕をがっしりと掴んで震えていた。混迷を極める修羅場の中、藤崎先輩は、


「その女だれ?」


右手をポケットから銀色の何かをチラッと見せてきた。


「あっ、違うのっそういうつもりじゃ「うるさいっ!」」


藤崎先輩の怒気のこもった一喝もあってか、町田先輩は恐怖に耐えきれず掴んでいた腕を離して辿ってきた道を駆け足で戻っていった。


残ったのは、銀色の何かを持った藤崎先輩と半ば絶望する桐山秀斗


こんな修羅場を目撃された秀斗に出来るのは、

嘘を付くか、正直に話すかの二択。

しかし、町田先輩の様子から見て藤崎先輩が持っているのは恐らく刃物だろう。

悟った秀斗は二択は一択に絞った。無事に帰るために。しかし、その一択は悪手だった。


「さっきのは、新歓の先輩で、人酔いして疲れたって話s「いいからそういうの」」


「(嘘は...通じない、ですよねぇ)」


「...先輩とホテルに行くとこでした。」


そう答えると先輩は当たり前のように秀斗の目の前に立って右手に持っていた銀色の何かを取り出した。カッターでした、業務用の切れ味のいいやつ。

その存在を認めたと同時に秀斗の首筋に硬くてひんやりと冷たいものが触れた。


「っっっ!!(あっ、終わった)」


驚きと恐怖で動けない秀斗、反対に嬉しそうに、そして当然のように藤崎先輩は言葉を連ねた。


「私との交際も、って時にほかの女と行くの?ホテル?なんで?おかしいよね?だって私とのご飯の時に私の胸、みてるよね、気づいてるんだよ。だからそんな他の女のなんて触らなくて私のだけでいいよね?ほかのなんていらないよね?私のを触らないくせにほかの女の胸に触る手いる?いらないよね、でも切り落としちゃったら私の触れなくなっちゃうから切り落としたりしない。だって私優しいからそんなひどいことしないよ。大丈夫。私のだけを触ればいいよ。だって私は桐山秀斗を愛しているから。そういえば、これからホテルに行くんだっけ、私だったら秀斗くんの欲求を全部満たしてあげられるよ、どんなことしてもいいよ?ひどいことだっていいよ?だって私ずっと見てたんだよ?いっつもいっつも頑張ってる君も友達と話してる君も全部。私が一番君をわかってるんだよ。ね、だから私と一緒にいこ?」


秀斗への仄暗くて、一途な想いを語った藤崎先輩の目はもう光など映していなかった。


「どうしたの?秀斗くん?」


「いや、その...」


「大丈夫っ!答えは分かってるから。私も愛してるよ♡ 秀斗くんっ!」


そう告げ、彼女は首筋に当てたカッターで閉まってポケットにしまった。そうして町田先輩が組んでいた腕に藤崎美咲の匂いをこすり付けるように抱き着いて、


「私のおうち。いこっか?」


「...はい」


そう腕を組みながら先輩の家に向かう道中、藤崎先輩は常に笑顔だった。


「(やっと、秀斗くんをおうちに...えへへ♡)」


「(どうしよう...)」






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