外伝:切り株の女(下)

目を見ればわかる。声を聴いて確信する。その存在が噓ではないことを。


「中村…くん?」


月光が消える瞬間、月から解き放たれたように、男が姿を表した。昔のままの姿で、思い出のままの姿で、彼女の日常が崩壊した日に見たあの姿で。


「久しぶり。藤原さん」


そこに存在してはいない存在が、存在していた。


「なに…?誰…?」

「中村です」


わからない。なぜ?どこから?いつから?なにゆえ?


「幽霊という可能性、その他に何があったりしますか?」

「だよね、いるわけないよね」

「普通の人なら、幽霊なんているわけないと言うところですが」

「ずっと探してたよ。だからわかる」

「そうですね。見つけているから」

「中村くんの」「僕の」

「「死体を」」


現実は、ドラマよりドラマチックだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


(15年前)


「答えてください!宮脇さん!なぜ…なぜ…!」

「ん?何を?」

「なぜ…みんなを殺したんですか!!!」


「理由は、特にないかも、ね。」

「一体なにを…」

「今から私が言うことを聞いてほしいの。」

「宮脇さん!私は今…!」

「大事な話なの。」

「…」

「この子達は全部死んでいる。確実に。あと警察がもうすぐ来る。」

「何言ってるんですか!」

「藤原は証人として呼ばれることになるはず。その時には必ず、『私がみんなを殺すのを見た』と証言して。」

「聞いてください。私は宮脇さんが…宮脇さんが…!」

「いいの。わかってる。」


そして、サイレンの音が近づいてくる。警察だ。宮脇さんは逮捕され、私は保護され、まるで時間が止まったようで、まるで人生が終ったようで、走馬灯が流れているのかのような…スローモーションが…。


喉が痛い。声を出すつもりはない、くて、何も出していない喉の先、音波ではない何かが抜けているような、音ではなく何か大切なものが喉を通っているような、体から無くなっていくような、だから大きな声を出したように、喉が痛いんだ。喉が痛くて、声が出なくて、泣かなくても良くて、泣き声が誰にも届かないように、喉が痛かった。


私は証言した。彼女が望んだ通りの言葉で。法廷で会った彼女は少し痩せていた。喉はもう、痛くなかった。


その事件があってしばらく。中村くんとも会わなくなった。何回か家まで来てくれてたらしい。どうでも良かった。たぶん最後の挨拶だったはずだ。それでも私は外に出る必要性を…いや。外に出ても良い理由を見つけることができなかった。手を振るくらいはできたかもしれないけど、とりあえずそんな感じで、時間は早く、より早く流れた。


そして意外なことに、時間は偉大で、時々思い出す程度のことで、辛さとか薄れていって、普通の生活もできるようになった。何もかも元通り。辛くないってことより、辛さを耐えることができるようになったのだ。消えることの無い記憶は、人を強くするものだった。


そして、何回同じ春を過ごした後か、よく覚えてはないけど、たぶんそれから5回目の春。中村くんの連絡が来た。正確には、中村くんの失踪を伝える連絡が来た。彼の習慣を思い出した私は、カメラを手にして、家から外へ…


そう、理由ができたのだ。

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