外伝:切り株の女(上)

「宮脇!任せた!」

「あいよ!」


一時期、全国優勝を目指した選手がいた。高校バレーボールのトップランナー。Wと呼ばれる少女がいた。選手の中でも選ばれた者、その右手で打ち抜くスパイクは、私の憧れだった。部員の誰もがその強さを疑うことなく、勝利を疑うこともない。最強のチームを成立させる一本柱。とんでもない高さで、とんでもない太さの、一本松だった。


「ここで勝負決まりました!」


テレビ中継で放送されたあの大会は、圧勝。一方的な殴打。神奈川から全国へ。私たちは勝つ。それを信じてすらいなかった。「信じる」という言葉は、疑いがあるから生まれること。当たり前のように「勝つ」以外の言葉が浮かばない状態の、最高で最強のチームが存在していたのだ。


「自分にしかできない最強のバレー。そこにたどり着くまで、そしてその後の景色を見に行きたい。バレーでしか見れない景色を。バレーだけの者にしか訪れない景色をね。」


あの日の帰り道、なぜ私は、彼女のその言葉から、何の疑問も抱いてなかったんだろ。普通の人には、たぶんそれが当たり前だから。県のナンバーワンになって、全国が決まった高校生であれば、誰もがエモくなって、このくらい話しても当然だから。大したことをした大したものにしかできない特権だから。漫画やドラマの主人公にしか許されないこの言葉は、呪文にもなるのだ。自分がこの全国大会という物語の主人公だと、友情と、努力と…その後に勝利が訪れると。だから呪文を唱えることで、普通のチーム…まあ、全国行けるチームが普通って言ってる時点でおかしいけど、普通のチームは、その呪文で強くなる。今まで「信じる」ものだった勝利が当たり前に変わる。自分たちが物語の主人公だと信じ切れる。信じ切ったその先に、「信じる」は存在しない。


「藤原、来年のエースは…」


だからこそ、おかしいことだったのだ。なぜ、彼女が、最強であるはずの宮脇さんが、呪文を唱えるってことは。そのとき既に、亀裂が入っていたとは…


「…さん!…姉さん!起きてえええ!」

「もう一分だけ…」


ねむ…ねむい…


「だめです!もうJKなんでしょう!幼なじみの男子中学生は目覚まし時計じゃないんだから!」

「あ、ああ、翔太くんか~~おはよう~」

「早く来なさい!朝さめちゃうわよ!」

「は~い」

「さあさあ、早く、姉さんまた遅刻してしまうよ?」

「通学路が一緒だからってわざわざ家まで来なくていいのに~」


そう言いながら下に降りる。食卓には味噌汁・白米・鯖の最強コンビが待機中。


「香里、毎日来てくれるのがどんだけ幸せなことかわからないの?こんなに良い男もなかなかいないんだから」

「もう良いって~年頃の娘はお母さんが思っているよりデリケートな存在なの」

「デリケートの使い方間違ってない?」


藤原香里、高校1年生。趣味はバレーボール


「まったく香里ったら…。いつもありがとう、こんな娘だけど、よろしく頼みます。未来の旦那様。」

「は?あり得ないこと言うなよ!こんなちんちくりんと結婚なんてできるか!」

「まだまだ中2でしょう?男はね、これからなの」

「隣ん家のお姉さんポジションになった時点で、こいつに弟以上の感情なんて湧かないよ?」

「この子はまた失礼なことを…ごめんね、代わりに謝らせて、『中村』くん」

「はは、仕方ないです。最初会ったときからずっと、姉さんは実の姉さんみたいな存在だったので。」


…運命が、動き始めた。

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