海の夜明けから真昼まで ⑥
あれから練習を重ね、文化祭当日。ステージ発表は午後からで、私たちが一番最後だ。
午前七時から、音楽室で最終リハーサルをしていた。
「あとは、本番に望むだけね」
快活に全員の意気込みを確認する、三上先輩。彼女のかけ声に、士気高揚する
「あたぼうよ!」
「ここまできたら、平常心で音を鳴らすだけだ」
「ライブが待ち遠しいです」
「僕は、少し緊張する」
「早勢先輩もですか?僕もです。いつもはライブハウスだから、勝手が違くて……」
全員、思い思いにライブへのモチベーションを口ずさむ。
「クラスの出し物の方もあるから、練習はこれくらいにして、楽器を体育館まで運ぼ」
大きな楽器を体育館の隅に運ぶ。文化祭の来客に迷惑がかからないように、決められたルートでないといけない。遠回りで地味に苦労したけど、運び終わってしまえば詮無きこと。
「文化祭が終われば、また運び出さないといけないけどなぁー……」
『……』
「穐葉、それを言うのは野暮だぞ……」
「ん?」
「まぁ、とにかく。午後まではクラスの出し物の方で頑張りましょう。潟湊さんと浦風くんは、クラスの方でシフトとか入ってないんだよね。僕らの出し物見に来てみて。楽しいから」
「早勢ばっかり、ずるいわ。あたしたち三年生はたこ焼き屋さんなの!サービスするから、来てね。二人で」
先輩たちの誘うだから、行ってみようと思う。それにしても、最後の二人でがやけに強調されていて気になる。
まぁ、もともと浦風くんとは一緒に文化祭を回る予定だったけど、二人じゃないんだよね。
校門まえで待機していると、空から大きな人影が現れた。
「やぁ!来たぞ、瑠海!」
実は、アイを文化祭に誘っていた。浦風くんと一緒に回ることになったのも、アイが暴走しないように一緒に監視してくれないかと頼んだからだ。
こんな大きなイベントの中をアイが歩くんだ。私だけだと、止められる自身がないから。そこまでして、アイを文化祭に連れて行く理由は、またのちほど。
「うっひゃーーー!俺も生前、文化祭をやったことはあるけど、久しぶりだとワクワクする!」
校門の文化祭ゲートを見上げ、興奮するアイ。さっそく、テンションが上がってきた。
「浦風くん、ごめんなさい。こんなことに付き合わせて」
「いいよ。……それに、潟湊さんと一緒に文化祭を回れて嬉しいから」
「‼︎」
まただ。浦風くんの些細な言葉で、私の心臓が締め上げられるようになった。
注意してアイを見張らないといけないのに、なにをやっているんだ。平常心、平常心。
「二人とも、なにぼーっとしているんだ?早く、お店行こう!」
「わ、わかってるよ……」
アイに急かされ、校舎に入る。最初に行くのは、三上先輩たち三年生のたこ焼き屋さん。ちょうど、小腹も空いたころだし。
「あっ。瑠海ちゃん、浦風。来てくれたんだ」
「約束しましたから。たこ焼き三つください」
「えっ!三つも!」
「お腹が空いていて……」
「早朝からの練習で、疲れていたんだね。さぁ!これ食べて、英気を養って!」
アイの分。一つ多くて不審がる先輩をどう誤魔化すか不安だったけど、三上先輩はなんの疑いもなくたこ焼きを三つ渡してくれた。
「ありがとうございます」
「浦風もしっかり食いな。まえに緊張のし過ぎで、なにも食べずにぶっ倒れたときのようなのは許さないから」
「はい……」
浦風くんは浮かない顔で返事をする。
私のバンド加入以前に、そんなことがあったんだ。大丈夫だったのかな。
むかしの出来事なのに、やたらと気になってしまう。
「アッチ……」
考えながら食べたから、火傷した。
「あー、もう。なにやってんだ。こうやって、ふーふーしろよ。ふーふー」
アイはたこ焼きが刺さった爪楊枝を持つ私の手を握り、息を吹きかけ冷まそうとする。
子ども扱いされることも辛抱ならないが、人まえで余計に我慢ならない。
かなり強く振り払い、「自分でできる」とたこ焼きを頬張る。
「そうやって、拗ねちゃって。かわいいぞ。このこの」
「揶揄わないで!誰がそのたこ焼き奢ったと思っているの!」
文句を言うと、アイは一気にたこ焼きを自分の口に詰め込んだ。
「アッチィーーーーー!」
そしたら今度は自分が火傷したのだから、世話ならない。ペットボトルの水を差し出し、介抱する。
その光景を、浦風くんはなぜが寂し気
それからも、運動部が出店している屋台や文科部の展示を巡ったが、浦風くんはずっと浮かない顔をしていた。
最後に直身先輩、早勢先輩たち二年生のお化け屋敷を見に行くのだが……
「アイさん。お化け屋敷には、僕と潟湊さんの二人だけで行かせてください」
あまりに唐突だったので、私は呆然とした。
私が意見するまえに、アイが「いいよー。二人で楽しんで」とあっさり承諾した。
私は黙って、浦風くんの手に引かれるしかなかった。
「お二人とも、いらしていただいたのですね」
「はい」
「ゆっくり、楽しんでくださいね」
受付をしていた直身先輩に案内され、中に入る。高校生の自作にしてはやけにお化けがリアルで、小さい子どもなら失禁するレベル。私たちの一つまえに入った人たちの悲鳴までしてくる。
私はなんともなかったが、隣で浦風くんがブルブル震えていた。
「浦風くん、お化け苦手なの?」
―ビック‼—
ドンピシャだったようで、青ざめた顔で彼は「頼りないよね。ごめん」と言った。
怖いのなら自分だけ入るのを辞退するか、度胸のありそうなアイに同行してもらえばいいのに、浦風くんの行動がいまいちわからなかった。
だけど、少しでも気を張って、私のまえを歩こうとし出した。それがかわいく思えて、思わず笑っちゃう。
失礼だとは思うけど、ここ最近浦風くんと一緒にいて一番心が安定していた。アイと一緒にいるときの安心感に近い。
「アイさんは、僕と違ってすごいよね」
出し抜けに、アイのことを持ち出した。
「潟湊さんはアイさんのことが好きなの?」
しかも、私がアイを好きなのかと質問する。普段の彼らしくない発言に驚きながら、「あんなの、こっちから願い下げよ」と否定する。
「でも、アイさんと一緒にいるとき、すごく楽しそうだったから」
やたらと、食い下がる浦風くん。
「こんな頼りない僕なんかと一緒にいるときには、しない顔をしていた」
まるで、自分と比較して、ダメ出しするかのように。
「楽しいと言えば、楽しいけど。アイはデリカシーがないもの。たまに頼りがいのあるときがあるけど、普段はだらしなくて、見ていて呆れるわ。だから、アイは異性としては好きになれない」
「……そっかぁ」
私の回答に、なぜか安堵の声。
「でも。アイさんより、強くなれるように努力するから、見ていてほしい」
なぞの意気込みに息を呑む。だけど、浦風くんが真剣なのがわかり、応援しない道理はない。三上先輩にも、浦風くんのことを待ってあげてと頼まれているから。
「わかった。見ているから、頑張って」
「うん」
「でも、そのまえにこのお化け屋敷、最後までいられるの?」
「あっ……」
「バカだなー。お化けとか幽霊が苦手なのに、自分からなんて」
「面目ありません」
「ごめんね。僕が誘ったばかりに……」
「早勢は悪くないって、維持張ったこいつの責任」
「はい。おっしゃる通りです」
あのあと、なんとかお化け屋敷を抜けられたが、出口で浦風くんが倒れてしまった。
ステージ発表の時間が迫っていたから、先輩たちを読んで彼を保健室まで運び、なんとかライブまでに間に合うよう祈っていた。
「でも、間に合いましたから、責めるのはそのくらいにしましょう」
「直身先輩、ありがとうございます」
「いえいえ」
準備する時間にも少し余裕がある。
「先輩たち、すみません。私、少しだけ外します。数分で戻って来るので」
「了解。あたしたち、このまま体育館に行くから、終わったらそっちの方に来て」
「わかりました」
保健室を出て、直ぐ側の空き教室に入る。そこにアイを待たせてある。
「浦風くん、元気になった?」
「さっき起きて顔色も悪くなかったから、大丈夫そう」
「よかったな。これでライブに間に合う」
「うん。だから、撮影よろしくね」
私はアイにスマホを渡した。
「撮影の仕方わかる?」
「大丈夫だって。ちゃんと使い方、教えてくれただろ」
「そうだけど、お母さんに送るんだから失敗しないでね」
以前、アイが言っていたいい考えとは、ビデオを取って母に送るということだ。
これなら、こちらに来る必要はなく、他人がいない所で観てもらえば迷惑をかける心配もない。
「失敗なんかしないって。それより、おまえもステージがあるんだから急げよ」
「はーい」
いよいよ、
緞帳が上がり、私たちを見上げる生徒や先生、文化祭の来客。その中には、当然アイもいた。海の家でのときのように、また空中から鑑賞している。
「このステージを聴きに来てくれたみなさん、ありがとうございます!あたしたち
三上先輩の快活な挨拶で、既に観客は表情をよくしていた。
「では、聞いてください!『あなたのいる海は必ず夜が明ける』!」
穐葉先輩、建昭先輩、直身先輩、早勢先輩、浦風くんが音楽を奏で、三上先輩が歌う。
私もフルートを奏でる。アイのことを思い浮べながら。
アイはどうしようもなくて、呆れるほどデリカシーがない。だけど、アイが側にいるだけで、どんなに悩んでいても夜の闇を払って、笑顔で真昼を呼ぶ。その真昼の海は、キラキラ輝いていて、
そんなことを心に描きながら、演奏を続けた。
文化祭ライブは、
文化祭ライブを成功させ、アイに撮ってもらった演奏を父に送った。
機械音痴の父は映像をうまく再生できなくて、電話で操作を教え四苦八苦した。アイにスマホのビデオ機能を教えるときより間違いが多くて、父が心配になる。
うまく操作ができていれば、もう母にあの演奏を観せているだろう。父がスマホのビデオ機能を使い熟せているとは思えないが、それはそれでいいかもしれない。
やっぱり、母にバンド活動をしていることを知られるのは怖いから。父が観せられなかったら、このまま話さなくても……
―ブー、ブー、ブー……—
スマホのバイブ音が響く、画面を見れば父からだった。
「はい、もしもし」
「瑠海、父さんだ」
「うん。……演奏の動画観せられた?」
「あぁ。明佳乃は観た」
「そう。なにか、言っていた?」
なにも言わなかったかもしれないし、クラシック以外の音楽を演奏する私を否定したかもしれないし、発狂して大暴れしたかもしれない。
父の返事を聞くのが怖くて、自身の腕を抱く。
「ただ一言、『演奏中、こんな風に笑うことができたのね』と……」
「……それだけ?」
「それだけだ。そのとき、どこか呪縛から解放されたような、安堵の顔をしていた」
「……わかった。教えてくれてありがとう。また、なにかあったら連絡して」
父の電話を切り、ある夜の母の姿を思い出す。
「このまえは、ごめんなさい。あんな醜態を晒して」
「いいの。瑠海の家も色々大変だね」
電話で珠衣の謝罪をしていた。そして、私の母への気持ちも……
「珠衣。私ね、お母さんのこと嫌いではないと思う。だけど、好きでもない」
「それでいいと思うよ。私はママが嫌いだけど、瑠海と私は違うから」
「うん。それでね、好きではないけど、幸せにはなってほしい。だって、お母さんは長い間、ずっと苦しんでいたから」
あの夜。トイレに起きて、すすり泣く母の声が聞こえた。そのとき、扉越しに見た部屋の中で、母は私のフルート、つまり兄のフルートに縋り付いて泣いていた。
「瑠海は優しいね。お母さん、元気になるといいね」
「うん。私もそう思ってる」
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