波の戯れ ⑦

夏休みもほどなく終了する。つまり、珠衣が家に帰る日まで間もないということだ。


そのまえに、お別れ会をしようと深い海ディープ・ブルーのメンバーで話し合った。


「場所は、うちの店を使いなって親が言ってくれた」


「流石、三上の両親!太っ腹!」


「でも、もう海の家の営業は終わりましたのに、なんだか申し訳ありませんわ」


「気にしなくていいと思う。むかし、俺たちの誕生日もあの海の家でお祝いしてくれたからな」


「そうそう。営業期間でなくても穐葉や建昭は呼んでいるし、たまちゃんもみんなと働いた思い出の店の方が喜ぶよ」


「なるほど、確かにそうですわね」


「他に用意する物は――」


「はい、はーい!プレゼントは各自で用意しよ!」


「三上、俺あんまり女の子の趣味わかんないぞ」


「穐葉、奇妙な物渡すなよ」


「いくらなんでも、奇妙って思われる物は選らばねぇって。多分」


『……』


穐葉先輩の最後の言葉に、一同不安が拭えなかった。


「で、でも、肝心なのは演奏なんだから、プレゼントなんて二の次だろ」


いま、穐葉先輩が言ったように、お別れ会でまた『藍の波』を演奏する予定だ。


「演奏を口実に、自分のセンスのなさを正当化するな」


「そうだけど、早く練習しようぜ。今日はそれもあって集まったんだろ」


「穐葉先輩の言うことも最もです。そろそろ、練習をしなくてわ」


「そうだね。たまちゃんのお別れ会でも、いい演奏しよう」




数時間の練習したあとは、各自プレゼントを用意するため解散した。


私も珠衣へのプレゼント探したが、田舎の港町だと都会に住んでいる彼女が喜ぶような物は見つからなかった。だから、インターネットでシュシュを注文している。シフォン生地のふわふわした、かわいらしい逸品だ。


楽器を作るときなどに髪が邪魔になると言っていたから、髪をまとめられる物をチョイスした。私用のも購入してお揃いにする。珠衣には雪のような白、私の分は海を思わせる水色。これだけでもかわいいけど、もう一工夫するつもりだ。




アイにも協力してもらったし、他に必要な道具と材料も用意できた。最後の一仕上げで完成する。珠衣が気に入ってくれるといいなと考えていたら、三上先輩と鉢合わせた。


「瑠海ちゃんも買い物していたの?もしかして、たまちゃんへのプレゼント?」


「そんなところです。先輩もそうですか?」


「いや。これはお使いなんだ。たまちゃんへのプレゼントは、豪華なトウモロコシ料理を作るんだ。あの子、モロコシに目がないから」


「そうですね」


流れで、二人で途中まで一緒に帰ることになった。その間、バンドのことや珠衣のことを話していた。


「そうそう。たまちゃんから聞いたよ。たまちゃんを助けてくれたの、瑠海ちゃんだったんだね」


先日のライブ直前で、珠衣がむかしのことを吐露した。それで、私との関係に勘付き書き出したそうだ。


「知り合いなら言ってくれたらよかったのに。でも、ありがとうね。私のかわいいたまちゃんを守ってくれて。あっ、瑠海ちゃんもかわいいから」


「守っただなんて。結局、怪我をしたのは珠衣です。それに、私は全然かわいくなんてないです。こんな冷たくて冷血な女」


「どこが冷血?ライブのとき、あんなに生き生きとしているのに?」


「……私、生き生きしていましたか?」


「自覚なかったの?すっごく楽しそうだったよ」


想像できなかった。自分がフルートを、音楽を楽しめていたなんて……


「まぁ、真面目な人ほど楽しむことより、正確な音を出す方に意識向くよねー。あたしはないけど、建昭はストイックで一時期かなり悩んでいたから。瑠海ちゃんも同じタイプなのかも」


珠衣にも似たようなこと言われたな。やっぱり親戚だから、考えることが似てくるのかな?


「それじゃあ、あたしこっちだから。お別れ会はライブ会場じゃないけど、気張って行こう。じゃあ、バイバイ」


先輩の言う通りだ。いまは、個人的な問題に気を逸らしている場合ではない。帰ったら個人レッスンしよう。




珠衣のお別れ会当日。料理やお菓子を並べ、内装も装飾して、お別れ会ってより誕生日パーティーみたいになっていた。


いまは、持ち回りでプレゼントを渡している。


「たーまちゃん、俺からはこれ」


「ちょっと、あんたはその呼び方しないでよ」


「三上がそう呼んでいるんだから、いいだろ」


「つばさお姉ちゃん、私は気にしてないから」


「たく、穐葉ったら」


「とにかく、開けてみて」


「それじゃあ……」


「どうだ?そのハンカチセンスいいだろ」


『……』


猫なのか犬なのかわからない、なぞの動物が描かれているセンスの欠片もないハンカチ。珠衣だけじゃなくて、その場の全員が口を閉ざした。


「き、気を取り直して、次の人に進もう」


場の空気を読んで、早勢先輩がその場を取り持ってくれた。


バンドに加入してまぁまぁ時間が経ったから、少しだけバンドメンバーの性格も理解してきた。三年の先輩方は主張が強い節があるから、曲の方向性で意見が合わない事が多々ある。そんなとき、先輩たち三人をまとめるのが早勢先輩だったりする。


珠衣と過ごせるのは今日で最後だから、一日楽しくあってほしい。だから、この場でも変な空気を取り繕ってくれて頭が上がらない。


順次プレゼントが送られ、最後に私。珠衣を意識して、白に銀のリボンでラッピングした物を渡した。


「開けていいかな?」


「もちろん」


「わぁー!このシュシュ素敵ね。真っ白で綺麗な色」


「実はそのシュシュ、私とお揃いなんだ」


自分の水色のシュシュを取り出し見せると、珠衣は笑って、「お揃いなんて初めてだね。とっても、うれしい」と喜んでくれた。


「この藍色の貝殻のチャームもかわいい」


「チャームは私が作ったの」


「えっ、そうなの!すごい」


アイにも手伝ってもらったけど。このまえ、アイに頼んで羽根を取り込んだ小さめの貝殻を用意してもらい、それを飾りにチャームを作った。初めてで上手くできるか不安だったけど、他の細々とした材料は割と百斤で揃えられた。あとは貝に小さな穴を開けて、ピンって金具をボンド付けしてチェーンを通せば出来上がった。


「瑠海って、やっぱり器用だね」


「そうかな?」


珠衣の言葉に、私までもが嬉しくなる。


パーティーはその後も楽しく進み、最後に深い海ディープ・ブルーの演奏で締め括る。


演奏している最中、私たちの演奏で目を輝かせる珠衣を見た。その反応が無性に嬉しくて、私の心も太陽の光を集めて反射する海面のように輝きを見せた。


弾む心に、音楽を楽しむって感情はこういうものだと気が付いた。そして、ただ楽しむのではなく、自身の演奏で笑顔を見せる観客の存在はクラシックでも、ロックでも、なんでも、演奏家にとっては最高の幸せだと気付かされた。


フルートをやめ切れなくてバンドに入ったが、いまでは心から加入できてよかったと思う演奏だった。

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