波の戯れ ⑥

ライブが終了して、家に帰ると祖母が出迎えてくれた。


「お帰りなさい」


「ただいま」


「今日はお疲れ様。夕食は済ませてきたのよね。お風呂湧いているから、ゆっくり入っておいで」


「うん。……おばあさん、今日、海の家に来ていたよね。ライブ観に」


「……気付いちゃったかい」


「隅で立っていたの気付いた」


「勝手に聴きに行って、ごめんね」


「そんなことない。むしろ、長い時間立たなきゃいけないのに、来てくれてごめ……ありがとう」


ごめんと言いかけた。私は正しい家族の形を知らないから、いままで祖母ともどういった会話をすればいいのかわからなかった。


「足腰弱いのに来てくれて嬉しかった。今日だけじゃなくて、学校のお弁当作ってくれたり、私のことを引き取ってくれてありがとう」


ずっと祖母の優しさに支えられていたが、表立って感謝したことがなかった。私は無意識下で、母だけでなく家族そのものに恐怖があったのかもしれない。


「これからは恩返ししていきたい。だから、手伝えることは言って」


ライブ直前での出来事で、人と人は支え合って生きていくべきなんだと知った。ここに来てから私は、祖母に支えられてばかりだから、孝行して長生きしてほしい。


「ありがとう。でもね、おばあちゃんにとって一番嬉しいことは、孫が元気でいることだから、瑠海ちゃんはそのままでいいんだよ。でも、してほしいことがあるとすれば、近い内に夜一と電話してくれないかい」


祖母から見たら、父の夜一は息子に当たる。


「あの子も瑠海ちゃんのこと気にしているのに、むかしのことで負い目を感じて、自分からは連絡できないバカ息子なんだよ。面倒な息子が父親で悪いけど、娘の瑠海ちゃんが気にかけてくれないかい」




私は携帯電話を手にして、父に連絡しようか思案している。


忙しい父だから、唐突な電話は迷惑だろう。メールで日取りするべきかと悩むが、父になんてメッセージを送ればいいのかわからない。


「なーに、携帯と睨めっこしているの?」


窓の方から、胡散臭い声がした。


「アイ。また、勝手に部屋に来て」


「へー。父親にメールか」


「人の話しを聞きなさい」


女性の携帯を覗くなんて軽蔑する。


「しかし、いまどきガラケーなんて珍しい。随分古い機種だし」


「小学生のころ、両親が仕事でしばらく留守にするときに買ってくれた物だから」


家には固定電話があるが、外でなにかあったときにと用意してくれた。


「もう、流石に買え替えたら」


「こっちに来るときにお父さんにも提案されたけど、特に連絡する相手もいないから断った」


「でも、いまは違うだろ。浦風くんや他のバンドメンバーに雪乃世ちゃん。その人たちとの連絡するのに不便じゃない?」


アイの指摘通りだ。私だけ、ラインが使えないから、個別で連絡しなければならない。バンドの練習でもそれでタイムラグなんてのもあって、みんなに迷惑をかけそうになった。珠衣とは夏休みが終わったあと、連絡を取り合う約束をしているが、古くて壊れないか危惧している。


「お父さんにメールするついでに、『スマホちょうだ~い』って頼んでみたら」


「そんな図々しいお願いできるわけないでしょ」


「そんなことないって。恥ずかしいなら、俺が代わりに送ってあげる」


するりと携帯を奪い、アイは流れるようにプッシュボタンを打つ。


「余計なお世話よ!返しなさい!」


「やーだよ。もう送っちゃった」


もう用済みだと言うように、私に携帯を投げ渡す。


「本当に送ってる」


携帯を奪ってから、二十秒もなかったのに随分早い。


「手先はいい方だからね」


「もう!」


「それじゃあ、帰る」


「このまま帰るつもり」


「えー。まだ、小言言われるの?」


「言われるようなことしているから、当然でしょ」


「ぶー……」


「でも、そのまえに言うことがあるの」


不貞腐れていたアイは、きょとんと眼を丸めた。


「ネックレス、ありがとう。あんな仕掛けがあるなんて、思ってもみなかった」


「あー、あの波の音?いやー、あんなに波の音が出るなんて俺も予想外。会場で聞いていて、ビックリした」


「知らなかったの?」


てっきり知っていて、今日のライブを盛り上げるためにくれたのだと思った。


「でも、ありがとう。ネックレス事態も綺麗で気に行ってる」


「そう言ってくれて、嬉しいや。それじゃあ、そろそろお暇を――」


「あっ!まだお説教が残って――」


「シーユー」


「逃げるなー!」


アイは窓から翼を立てて逃げてしまった。まったく、アイには敵わないんだから。


こうしてアイと戯れていると、依存とか頼り切っているとか気にしていたのがバカバカしくなる。結局、いつも通りにバカなことをしていたらいなして。困ったときは自分でなんとかできる内は自分の力で頑張って、どうにもならないときだけアドバイスをもらえばいい話しだったんだ。


もちろん、未だに気まずい浦風くんへのアドバイスはもらう。そもそも、アイが原因だから、自分でなんとかしてもらわないと、割に合わない。


先ほどの父へのメールも、問題が起きたら責任を取ってもらおう。




数日後。父から荷物が届いた。その間、音沙汰なかったのに、いきなり郵便が来て予想外だ。


小包を開くと、中には新品のスマートフォンと手紙が入っていた。


手紙には厳かな字で、先日のメールの返事が書いてあった。



『瑠海へ


元気でいるか?

私は、今度フランスでの仕事が決まった。しばらく日本には戻れそうにない。

すまないが、おまえのことは母さんに頼んだから、なにも心配するな。

それから、メールで頼んだスマホは好きなように使いなさい。おまえが物を強請るのは初めてだから、父さんは嬉しかった。

これからは、わがままや私たちへの不満は言ってかまわない。おまえには、それをする権利がある。

もう少ししたら夏も終わる。風邪を引かないよう気を付けるんだよ。


父』



そっけない文章だが、父なりに私のことを想っているのが伝わる。


それにしても、スマホを送るまえに連絡の一つでもすればいいのにと思ったが、あとで祖母から父はむかしから機械音痴だということを教えられた。思わぬところで父の意外な一面を知ってしまった。それだけ私は、父や家族を知らなかったのだ。


父とは離れているが、彼ともちゃんと家族として向き合えたらなと思っている。

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