海の夜明けから真昼まで ④

もう一日休みを挟めば学校。


今日は、穐葉先輩がいつも以上にバンドのメンバーに絡んでくる。主に浦風くんに。


きっと、先一昨日の私との会話で、普段よりも浦風くんを気に留めようとした結果なのだろう。


他の先輩方に気取られないためか、全員にウザ絡みしているが、逆効果に思える。


案の定、三上先輩と建昭先輩に問い詰められ白状した。


恐らく穐葉先輩は純朴な人柄で、嘘や隠しごとができないタイプなのだろう。


浦風くんと私との間にあった出来事を知った三上先輩は、「あのバカ浦風‼︎高校でまたいじめられるようになったのを隠していたばかりか、瑠海ちゃんも関わっていたなんて‼これはこってり絞らないと」と大変ご立腹の様子。


こんな鬼のような先輩は初めてで、穐葉先輩と怯えていると「いじめのことを隠していた浦風の自業自得だ。俺も内心怒っている」と建昭先輩が僅かに眉をひそめて言った。


建昭先輩は私たちの方に目をやり、「潟湊はともかく、穐葉は怒ったときの三上見ているだろう。どうして怯える」と首を傾げる。


虚しげに穐葉は「いや、いつまで経ってもあの鬼顔には慣れないから」と言った。


「もしかして、高校で浦風くんのいじめが再発したのを知ったときも、三上先輩はこんな風にご立腹だったのですか?」


「あぁ、しかも俺らの耳に入ったのが、汐後たちがいなくなったあとだから余計にな。潟湊も三上を怒らせないようにした方がいい」


浦風くんに怒り新党の三上先輩を目にしながら、穐葉先輩は「浦風悪いが、俺は見守ることしかできない。骨は拾ってやるから、安心しろ」とこれから叱咤される浦風くんに合掌した(死んでいません)。


先輩とはいえ、女子に怒られる上に同級生の女子にそんな姿を見られるのは不憫だから、私は退席するつもりだった。しかし、「瑠海ちゃんのまえで叱るのがあいつへの最大の罰だから、その場にいないとダメ」と引き留められた。


因みに直身先輩と早勢先輩は、このまえ穐葉先輩が言っていた理由でいない。この場にいるのは、三上先輩、穐葉先輩、建昭先輩、私に、お叱りを受ける浦風くんの五人。


「あの。僕は、どうして呼び出されたのでしょう?」


深い海ディープ・ブルーの活動で呼び出されたと思ったら、直身先輩と早勢先輩がいなくて困惑している。しかも、三上先輩がいつになく怒っていたから、もう九月も半分を過ぎたというのに浦風くんは冷や汗タラタラだった。


「なんで、瑠海ちゃんも汐後たちのいじめの被害に遭っていたのを隠していたの!」


「えっ……」


「穐葉に聞いて、知ってんだから!瑠海ちゃんが汐後たちを学校から追い出したこともね!」


三上先輩の言葉に、浦風くんは私を見た。私自身、かなり罪悪感がある。こうなった原因は、穐葉先輩にことの次第を話した私にあるから。


でも、もし今後浦風くんがまた誰かからいじめの標的にされたら、彼はきっと自己完結で終わらせてしまう。だから、彼には強制的にでも他人を頼るという選択を選ばせないといけない。これはそのための矯正だ。


「す、すみません。黙っていて……」


「そうじゃなくて、黙っていた理由を知りたいの‼︎瑠海ちゃんにまで迷惑かけて‼」


怒鳴る三上先輩に、体を縮こませる浦風くん。


「先輩、私は気にしていませ――」


「瑠海ちゃんは黙っていて。いまは浦風と話しているから」


「は、はい」


穐葉先輩が三上先輩を怒らせるなと言っていたのがよくわかる。こんなに、怒気が籠った先輩は見たことがない。


三上先輩に叱咤される浦風くんを見ていることしかできず、歯痒かった。


しばらくして、浦風くんは「先輩たちに迷惑をかけたくなかったんです」と言った。


その言葉の意味を正確に理解できたのは、私だけかもしれない。


まえの家では、私はいつも母から失望の目を向けられていた。兄の代わりにならず、言われた通りの演奏ができない私を罵倒し、私という存在を否定する。


それを父に知られないようにしていた。知られたら、父の仕事に影響を及ぼすと思ったから。だが、バレたのち、父は気付けなかった自信を責め、結局迷惑をかけただけでなく余計に悲しませた。


先日出かけたとき、その悔恨が如何に深いものか理解させられた。だから、もう母のことで父に隠しごとをするつもりはない。


でも、私も辛い出来事を隠した経験者だから、浦風くんの行動を理解してします。再びいじめられるようになったと先輩たちが知れば、その分バンドの練習に差し支えると思ったのだろう。


だが、三上先輩、穐葉先輩、建昭先輩には理解できず、彼らは浦風くんの言い分に困り果てる。


「なにバカなこと言ってんの!」


理解はできない。だからこそ……


「仲間なんだから、助け合うのが当たりまえでしょ‼︎」


俯いていた浦風くんは顔を上げ、三上先輩の真っ直ぐな瞳を見た。


「今度からはちゃんと頼んなよ。じゃなかったら、五時間はお説教だから」


「はい」


「よろしい」


カラッと微笑む先輩と、ほっと息を吐く浦風くんに一安心する私と穐葉先輩、建昭先輩。


これで少しは浦風くんも私に対して遠慮がなくなるといいなと思った。




三上先輩に、個別で呼び出された。


「あのあと、また浦風から色々聞いたんだけど」


浦風くん関連で私を呼び出したということは、彼はまだ私に罪悪感が残っているのだろうか。


「今後もあいつは瑠海ちゃんにぎこちない態度を取ると思う。でも、それはどうしようもないことだから、ゆっくり待っていてほしい」


「はぁ……」


「あと、なにがあっても、あたしは二人を応援しているから」


「はい。文化祭ライブに向けて、練習頑張ります」


「いま言った応援は、そっちのことじゃないんだけどな……」


「?」




その日の放課後レッスンは、私と浦風くんが一番乗りだった。先輩方は、クラスの文化祭準備で遅れる。


「三上先輩に感謝だね。文化祭ライブの練習に音楽室の使用許可をいただいて来て。きっと、大変だっただろうに」


「……そうだね」


「いまは二人だけだから、それぞれの練習と、歌詞のアイデアを考えよ」


昨日の内に曲はできた。あとは、三上先輩が歌詞を考えるだけ。


「歌詞を考えるのなんて初めてだから、勝手がわからないの。浦風くん、教えてくれる?」


「僕、そんな歌詞考えるのうまくないよ。先輩たちに聞いた方がいい」


「……そっか」


三上先輩が言ったように、会話が未だぎこちない。


「……このまえは、ありがとう。助けてくれて」


「な、なんのこと?」


「私のお母さんから、庇ってくれたときのこと」


「あれかぁ……」


「私のお母さん厳しくて、私をフルート奏者にさせたいんだ」


「そうなんだ。大変だね」


「うん。正直、あのときはもうダメかと思ったから、助けてくれて嬉しかった」


最後の嬉しかったを皮切りに、浦風くんの顔がみるみる赤くなる。熱でもあるのかな?


「その日から二日後、お父さんが浦風くんの家に挨拶に行かなかった?」


「うん、来たよ。バームクーヘン、ありがとう。おいしかった」


「そっか」


買ったのはお父さんだけど、選んだのは私だから口に合ってよかった。


「お父さんあまり口数が多くないから、話している間気まずくなかった?」


「僕もあまりしゃべるのは得意じゃないから、大丈夫」


お互いにしゃべっていなかったらいなかったで、静か過ぎて居心地が悪くなりそうな気がするが、そこは指摘しないでおく。


「それより聞いたよ。潟湊さんも先輩たちと同じ音大に進学するって」


「……うん。この間、先輩たちの話しを聞いて、唐突に思い付いた進路だけど」


「決まっているだけでも偉いよ。僕はまだ全然……」


「浦風くんは、卒業してからもバンド続けたいと思わないの?」


私も先輩たちと同じ進路を選べば、浦風くんだけが仲間外れになる。本人が望んでいないのならお仕着せはしないが、理由だけでも聞きたかった。


「僕のおじいちゃん、古いレコードショップをやっているんだけど。おじいちゃんの代で終わっちゃうから、進学するか迷っていて……」


ん?そのお店って……


「もしかして、裏路地にある小さなお店?」


「そうだけど、どうして知っているの?」


「このまえの土曜日、お父さんに連れられたから。むかしから、行っているお店みたい」


「だったら、おじいちゃんが言っていた常連さんって、潟湊さんのお父さんだったんだ。奇遇だね」


「本当ね」


「……僕、別にレコードショップを継ぎたい訳じゃないんだ。でも、おじいちゃんがずっと守ってきたお店だから、僕も好きなんだ。でも、商売の才能がないから、お店を継いでも潰れるのは目に見えている」


浦風くんのおじいさんも同じようなことを言っていたな。


「だから、音大への進学を考えたことはある。でも、音楽で食っていけるかどうかわからないから、決められなくて……」


確かに音楽家になれる人間なんて一握りという狭い業界で、やっていける保証なんてどこにもない。


フルートのコンクールでも結果を出せず、いつの間にかいなくなった子をなん度も見てきた。


「だけど、潟湊さんが行くのなら、進学してみようかな……」


「えっ……」


「……」


「私が行くならって、どうして――」


「二人とも待ったかぁーーー。拓門先輩が来たぞぉーーー」


会話を遮って、穐葉先輩がやって来た。そのうしろで三上先輩たちが私と浦風くんが二人だけだったと知るやいなや、穐葉先輩をど突きだした。


「?」


私は訳がわからず、疑問符を浮かべる。

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