第二楽章

波の戯れ ①

夏休み。強い日差しで輝く海面を眼前に、現在私は海の家のお手伝いをしています。


こうなった経緯は、深い海ディープ・ブルーに加入したのが発端だ。


『改めて紹介するね。あたしがバンドリーダーでボーカルも務めている三上つばさ。浦風のことは知っていると思うけど、こいつはベース。地味だけど、演奏が上手な自慢の後輩』


『三上先輩、恥ずかしいのでよしてください』


『照れることないのに。本当なんだから。で、気を取り直して、あたしと同じ学年の穐葉あきば拓門たくと建昭たてあき隆之介りゅうのすけ


『拓門でーす!ギターやってます!』


『建昭。ドラム担当』


紹介された二人は対照的だった。穐葉先輩は明朗で顔立ちがいいから、異性にモテそう。建昭先輩もモテそうだけど、穐葉先輩とは逆で無口でクールな感じ。


『それで、こっちが二年の直身なおみ萠江もえちゃんに早勢はやせ佑一ゆういち


『直身萠江といいます。僭越ながらキーボードをやらせてもらっています』


『早勢です。元吹奏楽部でサックスをやっています』


整った容姿におっとりとした印象の直身先輩に、眼鏡をかけて頭のよさそうな早勢先輩。


この六人が深い海ディープ・ブルーのメンバーだ。


『潟湊瑠海です。この度は、バンドに加入させていただき――』


『あっ。そういう畏まった挨拶はいいから』


『そうそう。同じ学校の生徒なんだし、学年の垣根とか気にせず、気軽に話して』


三上先輩は予想していたが、穐葉先輩もかなりフレンドリーな人となりのようだ。以前なら苦手で関わろうとしなかったタイプだが、アイでかなり耐性が付いた。


『それに、あのコミュ障の浦風がどうしても入れたいって言った逸材!音楽経験はあたしらより豊富だし、なによりこんなかわいい子なんて大歓迎だよ!まぁ、浦風は主に後者が理由みたいだけど』


『せ、先輩!』


珍しく声を上げる浦風くん。フルートの腕より私の容姿でバンドに勧誘したとは、どういうことなのか理解できなかった。


『とにかく、新メンバーが入ったということで、今後の活動スケジュールを話していこう』


三上先輩に小突き回されている浦風くんを見かねて、早勢先輩がその場を取り繕った。


『あぁ。早勢の言う通り、そろそろ本題に入らなきゃ。今後の深い海ディープ・ブルー活動目標は……』


全員息を呑み、緊張感が走ったが……


『海の家のお手伝いです!』


『えっ……』


三上先輩の言葉に私を含め全員が言葉の意味を捉えきれず、変な声を出す。


『リーダー、どういうこと?全然、バンド活動に関係ないじゃないか』


一番に穐葉先輩が疑問を投げかけると、三上先輩は理由を語りだした。


『これには訳があってー――』


曰く。バンド練習で使っていた旧音楽室を取り上げた汐後さんたち吹奏楽部は、私に怪我を負わせた一件で部員が減り廃部となった。しかし、もともと無許可で利用していたため、現状練習場所は未だ確保できていない。しばらくは貸しスタジオで練習していたそうだが、時間が限られているのと、毎回お金を取られるため、資金面も考慮した結果新しい練習場所を探していたそうだ。


『それでね。あたしの家、夏の間は海の家やっているんだけど、親が昼間手伝ってくれたら、お店が閉じた夕方以降そこを練習場所に使っていいって』


このような経緯で海の家で働いている。昼間は練習できないから結局演奏できる時間は貸しスタジオと変わらない上に、お手伝いも強いられるため、一部メンバーは乗り気でなかった。しかし、ちゃんとバイト代が出るということで、いまでは全員バリバリ働いている。


「瑠海ちゃん。これを三番テーブルに運んで」


「わかりました」


昼間の手伝いやバンド練習を何回か重ねる内に、三上先輩から名前で呼ばれるようになった。


「お待たせしました。こちら焼きそばとカレーライスです」


「どうも。ありがとうございます」


人との交流を避けてきたから、接客業なんてできるのか不安だった。最初不慣れなことが多くて迷惑をかけそうになったが、三上先輩たちや雇ってくれた先輩の家族のフォローで少しずつできることが増えてきた。さっきのように、お客さんからの感謝の言葉などにも励まされている。


だからこそ、罪悪感があるのも事実だけど……




日中は海の家で働き、お店が閉まればバンド活動。それが終わるころには日も沈んで真っ暗。


「それじゃあ今日はこの辺で。みんな夜道は暗いから、帰りは気を付けなよ。特に、萠江ちゃんと瑠海ちゃんは」


「三上先輩。私は大丈夫です。家から迎えが来ますので」


直身先輩は、この町でそこそこ有名な資産家の娘らしい。送り迎えはリムジンで、住む世界が違うように思えた。


「瑠海ちゃんはまた一人で帰るの?こんな田舎でも夜道は危ないから、男どもに家まで送ってもらえば?」


「もしよろしければ、私の車で家までお送りしますけど」


「いいえ。大丈夫です。途中で寄る所があるので、お気になさらず」


「そうですか」


「でも、なにかあったら連絡ちょうだい。海の家からすっ飛んで来るよ」


三上先輩と直身先輩の申し出に断りを入れ、海の家をあとにする。


「アイ。こんばんは」


「よっ!三日ぶりだな」


毎日ではないが、バンド練習が終わればアイのいる入り江に寄り道している。


先輩方や浦風くんは親切で、慣れない接客業をフォローしてくれたり。バンドも中途で入った上に、これまで経験のないジャンルでも要点がわかるように、ロックの基本を懇切丁寧に教えてくれた。


それはありがたいことだが、いままで他者との関りを避けてきた私には、突然バンドという小さな社会に放り出されたような不安や焦燥感で、心が追い付けていない。


そんな彼らに対する罪悪感を、アイとの会話で海に流している。


「バイトとバンドの練習は順調?」


「まぁまぁ、かな?初めてロックを演奏しているけど、バンドメンバーが基礎を叩き込んでくれたから、なんとか追い付いてきてはいる。バイトも色々フォローしてもらったり、いまのところはやっかいなお客さんに対峙してないからかもしれないけど、ちゃんと対応はできていると思う。地元の人はよく親しげに話してくれるから、人間関係で変なストレスは感じていない」


「そっか~。にしてもよかった。もし汐後さんって人たちみたいなのが来たらと思うと、ヒヤヒヤするんだ。また怪我でもしたらって考えると、心配で心配で」


「大袈裟だよ。親にでもなったつもり」


「ん~。親ではないけど、まぁ生意気な妹って感じ」


「失礼ね」


「それより、いつになったらフルート聴かせてくれるの?」


「だから、まえにも言ったでしょ。海の家の最終日に深い海ディープ・ブルーの演奏をさせてもらうから、そのとき見に来なさいって」


海の家で働くようになって二、三日したころに三上先輩が親に頼んだ。海の家が閉まる日にミニライブを開催させてほしいと。


「だって、待ちきれないんだもん」


「絶対ダメ‼まだ、人に聴かせられるほどには仕上がってないから」


「俺は人じゃなくて、天使だけど」


「そういうことじゃないの‼」


一緒に演奏している三上先輩たちは、当然私の演奏を聴いている。けれど、私はまだ聴手がいるまえで演奏していない。


これは私の音楽家としてのプライドの問題だ。音楽教室での一件以来、人前で演奏せず、自由気ままにフルートを吹いていた。そのため、客観的に聴けば私の演奏は腕が落ちているだろう。


だから、お客さんがいる場では納得のいく音になるまで演奏はしない。


「あと一ヶ月ちょっと待てば聞けるんだから、大人しく海の監視でもしていなさい」


「はぁ~い」


夏休みまえと変わらない会話。違う点と挙げるとするなら、夜というところかな。


そんな二人だけの空間かと思っていたけれど、実はこの様子を覗き見ている人物がいたと知るのはもう少し先の話しになる。

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