《初配信/黄月イオ》

 初配信、一週間前のことだ。

 いつもの会議室。


 詩音の隣には表情は殆ど動かさず、声だけ大爆笑する少年が一人。

 肩は激しく震え、げらげらと笑っている。

 はずなのだが、全く表情が動かない。



「初めてあった時は気付かなかったけど、いろはって表情筋死んでる?」

「生きてるよ、動かないだけで」

「それは……死んでるのと一緒じゃない?」



 そもそもこの状況で笑えるのも少しおかしいのだが。

 

 詩音は手元の業務用スマートフォンを見る。

 そこあるのは《REvealERリバーラー》というSNSの蒼星シノ公式アカウント。

 そして、大炎上中のアステリズム公式アカウントの投稿だった。


 アステリズム公式の投稿が炎上していることには理由があった。

 それはデビューするユニットが“男女混成”であることだ。


 一年前、Vライバー界ではとある大事件が起こった。

 とある男性ライバーが様々な犯罪行為で逮捕されたのだ。


 それだけならば、まだ良かった。

 一人のライバーが逮捕された、というだけなのだから。

 

 問題は────犯罪行為の中に性的なものもあった、ということだ。

 詳細は伏せられたが、ネット上ではどこからか情報を入手した者たちが匿名掲示板等であれやそれと書き込んでいた。

 超えてはいけない一線を超えた情報が集まっていく。


 不運だったのは、そのVライバーが個人勢でありながらも有名だったことだ。

 Vライバー同士のコラボというのいうのはよくあることであり、件の男性も当たり前にコラボしていた。

 その中には女性Vライバーもいたのだ。


 そうして、炎上は界隈全体を巻き込む大火災となったのだ。


 一ヶ月以上トレンドに乗り続ける炎上の後、男性Vライバーへの世間の目は軽蔑ばかりになった。

 元々七対三ほどだった男女比は九対一になり、絶滅危惧種扱い。

 生き残っていた者も荒らしにより心を痛め、去っていく。

 残っているのは、ほんのひと握りだった。


 一年経った今でも、男性Vライバー差別は強く残っている。

 そこで投下された燃料、アステリズム最初のバーチャルタレントユニット《プライマリー》。

 炎上するのは、必然であった。


 投稿に次々と書き込まれていく見るに耐えない罵詈雑言の嵐。

 荒らしとも言う。

 攻撃対象は主に黄月イオ。


 中の人たる少年はきっと心を痛めて────いなかった。

 寧ろ笑っていた、無表情で。



「いろはさんが平気ならばいいのですが……」

「……これ、返信欄閉鎖したりしないんですか?」



 詩音は最もな疑問を上げた。

 炎上した際、よく取る手だ。


 しかし、その考えはいろはに即座に否定される。



「いや、このまま燃やしておきたい。

 どうせ鎮火するのは大分後になるんだ。

 一回盛大に爆発炎上すれば、後発のダメージは減る。

 炎上商法って言われるだろうけど、知名度は大事だよ。

 いいですよね、榊さん?」

「いやまあ、君たちがいいならいいんだが……。

 二人はどうなんだ?」



 バーチャルタレント部門総括の榊は、詩音と愛歌の意見を訊く。



「いいんじゃないですか?

 燃えるとこまで燃えてみましょう!」

「いろはがいいなら、ボクは別に言うことはないです」

「……おう、そうか。最近の子って強いな……」



 リバーラー自体のシステムの作用もあり、プライマリーの炎上は投稿後数時間でかなりの範囲まで広がっているようだった。



「ここまで注目が集まれば、来週の初配信は荒れるだろうな」

「当日はスタジオからで、他二人は別室待機なんですよね?」

「ああ、一人三十分。合計一時間半だ」



 来る五月五日、準備は全て終わらせた。

 煩く喚く者を黙らせるものも、勿論。

 その一端は詩音シノに掛かっていた。






 午後十二時三十五分、配信開始まであと五分。


 だと、いうのに。

 黄月イオの初配信には信じられない量の低評価が付いていた。

 その数、千五百。

 マナの配信中、着実に増えていた同時接続者と同数だ。


 コメント欄に刻み込まれる言葉の刃。

 彼は、これをどんな気持ちで見ているのだろうか。


 脳に浮かぶのは、苦しそうに俯いて、目を伏せて、涙を流して────大爆笑している少年の姿。

 大丈夫だわ、あいつ。


 詩音はもう心配しないことにした。

 だって強いんだもん、あの男。



 かちりと時計の長身が八を指す。開始時間だ。



「……あれ?」

「……喋ってる……よな?」



 黄色い髪と瞳を持つイエローの少年、黄月イオはちゃんと口を動かしている。

 ちゃんと動いている。

 ラグというわけではない。

 もしや、これは─────



「や、やりやがった! 初手ミュート芸だ!」

「リアルにやる人いるんだ、これ!!!」



 嘘だろおい、と慌てる詩音と愛歌。

 この異常事態にスタッフが気付いていないわけがなかった。

 直ぐに配信待機画面になり、アバターの姿は見えなくなる。


 そして、十五分後、イオは帰ってきた。



「……皆様、こんにちは。

 アーカイブの方はおはようございます、こんばんは。

 アステリズム所属バーチャルタレント、『プライマリー』イエロー担当の黄月イオでございます。

 ……はいええ、分かりますよ。言いたいことは」


 

 ────誠に申し訳ありませんでした!!!


 音割れしない最大の声量で、イオは謝罪した。

 彼ができるならば、土下座でもしていたと思う。



「経緯を説明させていただきます。

 前提として皆様に知っていただきたいのは、私黄月イオはとても不運だということです。

 おみくじ、大凶しか出たことがありません。

 ……お察しになった方も多いかもしれません。

 そうですね、私が配信開始した瞬間不調になったんですよマイク。

 嘘だろと私も思いました。

 スタッフも思いました。マジでした」



 恐る恐る二人でコメント欄を覗く。



────────────────────


◯草

◯ええ……

◯大凶だけって逆に運良くないか?

◯Vライバーやめろよクソ野郎

◯荒らす気失せるわこんなん

◯こんなにアバターの表情動かないもん?

◯運こやんけ


────────────────────



「わあ」

「……うーん。結果オーライ、かな」



 先程まで荒れに荒れたコメント欄は、超常的現象により勢いを削がれていた。

 荒らしにも人の心はあるのか、なんて謎の関心をする程度には格段に量が少なくなっている。



「配信時間、残り十分ちょっとしかないので圧縮してやります。

 耳と目の準備はいいですね?

 あっ言い忘れてました。俺、後天的に下半身麻痺してます」



────────────────────


◯は?

◯今?

◯さらっと言うことじゃねえ!

◯お腹痛くなってきた


────────────────────



 不運にも二十分遅れで本題に入った黄月イオの初配信。

 マナと同じように、爆弾発言をすれば直ぐに場の加熱用の行動を始めた。


 途端、鳴り響くグリッサンドの音。

 イオの手にはエレキギター。

 画面上には用意されていた自己紹介用のスライド。



「と、いうことで残り十分でギターでサビメドレーやります。

 選曲はスタッフと同期の皆。

 自己紹介用のスライドは流していくので、曲聴きながら見てください」



 そうして、イオのソロライブが始まった。

 一曲三十秒ほど、それを十四曲。

 ぎりぎりまでやるつもりだ。


 流れていくスライド。

 ギターで両手が塞がってしまっているから、スタッフの誰かがマウスを押しているのだろう。


 性別は男、年齢は秘密、身長は百六十四センチメートル、体重は秘密、趣味は作詞作曲ミックスその他諸々。

 マナと同じ形式だった。


 そして、曲の終了と同時に表示されるグリーンバックに虹色フォントのスライド。

 そこに書かれているのは『幼少期の事故により、下半身不随』。

 そんなコミカルに書けるもんじゃないだろ、と散々突っ込まれていた。



「ご清聴、ありがとうございました」 



 聞こえる、呼吸の音。

 高鳴る心臓を抑えるための深呼吸。



 ────俺、黄月イオは下半身不随です。



「ずっと、諦めていた。

 もう自分で立つことも、走ることもできない。

 頑張っても無駄なんだって」



 再び大きな深呼吸。

 はっきりと、その決意は電子の海に轟く。



「でももう、諦めない。

 俺は立ってみせる、走ってみせる。

 この世界で、俺は理想の俺になる。

 だから、皆これからよろしくお願いします」



 画面の向こうで頭を下げたのだろう。

 がすりとマイクに頭らしきものが当たる音が入った。



「……締まらないな。

 まあ、そんなところで、今日は来てくれてありがとうございました。

 我らがプライマリー初配信、トリを務めるのは蒼星シノ。

 皆よろしく」



 そうして波乱万丈の黄月イオの初配信は終わった。

 次はいよいよ、詩音の番だ。 


 最後に確認した低評価とコメント欄。

 イオの不運で停止していたそこは、再び荒れ始めていた。


 いろはが帰ってくる。

 愛歌と同じ、やりきったという顔。

 無表情だが。



「ラスト、任せたよシノ」

「頑張って、シノ!」



 思い返す、ひと月前の光景。

 少年少女が詩音を励まし、背を押してくれたこと。


 詩音は、シノは一人ではない。

 共に戦う仲間がいるのだ。



「……ああ、任された。頑張ってくるよ、ボク」



 二人と別れ、詩音は準備を整える。

 この日のために調整した喉は絶好調だ。

 マイクも、先程のイオのように不調になる気配はない。


 いける、大丈夫。そうして、自分を鼓舞する。


 開演まであと十分。刻々と時は迫っていた。

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