《結成、プライマリー!!!》

 面接会場から戻ってきた三人は、沈黙に包まれていた。

 何から話せばいいか足踏みをしていたからだ。


 意を決して、それを破ったのは愛歌だった。



「ええっと、皆さん!

 取り敢えず知るところから始めましょう!

 応募フォームにアピールポイントってありましたよね。

 あそこどうしましたか?

 あたし、ダンスを撮って送りました」

「……ボクは歌を録音して」

「俺は自分で作った曲です」



 歌、ダンス、曲。

 こう考えると皆音楽関係ではあるのか。

 

 詩音にとって唯一の長所である歌。

 アピールポイントと言われれば、それ以外は考えられなかった。



「歌に曲……凄い」

「桜庭さんも凄いですよ。

 ……俺は踊れないので」



 いろはは目を伏せて呟く。

 彼は確かに何か障害を抱えていたのだ。

 


「……でも、俺。

 桜庭さんみたいに踊ってみたい、立ってみたくてここに来たんです。

 事故で脚が動かなくなってしまって、今は上半身しか動かせない。

 何度頑張っても、治らない。

 なら、もうそれでいいやって半ば諦めていました。

 だけど、心のどこかで思ってたんです。

 ずっと殻に篭ってばかりじゃ嫌だ。

 何か変わりたいって」

「……あたしも同じ」



 いろはは変わりたかった。

 いや、いろはだけじゃない。

 愛歌も詩音も変わりたくてここに来たのだ。



「昔っから落ち着きがなくて、忘れっぽくて。

 特に話を聞くことが苦手でした。

 注意欠如……何とかっていうやつらしいです。

 何度直そうとしても、できませんでした。

 途中で諦めちゃうんです。

 どうせ直らないって。

 でも、完全に諦めたくなかった。

 できない理由にしたくなかった。

 どう考えても自分ができないことが悪いんです。

 落ち着きがないのも、忘れっぽいのも、話を聞けないのも。

 自分で直せることだと、思うんです。

 あたしは、きっかけが欲しかった。

 きっかけがあれば頑張れる気がしたから。

 一生懸命になれる目標を探していた。

 そうして見つけたのが、ここでした」

「……ボクも二人と同じだな」



 皆悩みを抱えていた。



「皆に言うのもあれかもしれないんですけど……ボク、色覚障害なんです。

 それも重度の。

 だから、色がモノクロでしか捉えられないし、視力だって悪い。

 ……あともう一つあって、こっちはあまり気にしてないんです。

 自分のことを男とも女とも思えないってだけなので。

 よく変な奴とか、気持ち悪い奴って言われても、まあ仕方ない。

 それが普通だ。

 そう、思ってました」



 一息吐く。

 ずっと燻っていた想い。

 彩以外に話したことのない想い。この人たちになら伝えられるんだ。



「でも、違う。

 本当は、もっと広く大きな世界にいたい。

 小さく狭い世界に生きるボクじゃなくて、広く大きい世界で生きれるボクになりたい。

 だからここに来たんです」



 同じなんだ、詩音も愛歌もいろはも。


『変わりたい』


 それだけの想いを抱いてここまで来たのだ。


 自然と口角が上がる。

 詩音は嬉しかった。

 同じ悩みを、同じ志を持つものを見つけられたことが。

 二人もそうなのだろう。

 三人は一斉に笑い出した。



「初めて、かもしれません。ここまで気が合う人たち」

「ボクも。

 ……あ、敬語なしにしない? その方が楽だ」

「じゃああたし、藤咲さんじゃなくて詩音って呼びたい!」

「いいよいいよ。ボクも愛歌といろはって言うから。

 いろはは?」

「お言葉に甘えて。愛歌もいい?」

「もちろん!」



 ばらばらな年齢の友人。その絆はここから紡がれ始めた。



「ああ、そうだユニット名。二人はどうしたい?」

「こういうのって、好きなものから決めるのがセオリーなのか?」

「好きなもの……色とか?」



 打ち解け合えば、すぐに話は進む。



「色、色ねえ……」

「あ、詩音は難しい?」

「いや、そんなことないよ。強いて言えば青かな」

「あたし赤、ピンク寄りの!」

「俺は黄色かな……綺麗に三原色だ」



 いろはの言う通り、三人の好みは三原色そのものだった。

 それも、色の三原色。



「三原色……英語だとプライマリーカラー?」

「プライマリーには最初のって意味もありますね」

「めちゃくちゃぴったりだね!

 アステリズムの始まりであるあたしたちに!」



 もう、決まったようなものだった。

 それほどまでに三人にとって『プライマリー』は当て嵌まる。



「異論は?」

「なし!」

「次はライバー名か」



 三原色に則るなら、名前に色を入れたほうがいいのだろう。

 各々どんな名前がいいか、考えていく。



「紅に日で紅日、愛歌からまなを取って……紅日あけびマナ!

 どう思う?」

「いいんじゃないかな? マゼンタと音も似てるし」

「じゃあ俺は……黄月きづきイオとか?

 黄色い月で黄月、いろはを分解してイオ。

 こじつけだけどイエローっぽくもある」

「おお、お揃いだ」



 青、青か。詩音は頭を悩ませる。

 日、月ときたら次は火か?


 しかし、音的に愛歌と被りそうだ。

 天体と考えたときの統一感もない。

 とすれば星、が丁度いいのだろうか。



「蒼星、蒼星あおせシノ」



 咄嗟に呟いた言葉。

 だが、どうしてか言い慣れた名前のように感じる。



「あおせ……蒼い星で蒼星?」

「うんうん、いいと思うよ!」

「なら決まりだ。

 蒼星シノ、紅日マナ、黄月イオ。

 三人合わせてプライマリー」



 さらりとバインダーに挟まれた紙へと記入する。

 とてもしっくりくる。

 初めから自分の名前を書いているみたいだ。


 詩音たちは立ち上がり、第一会議室へ向かう。

 そこに先程までの緊張はなかった。

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