《戦友と共に》
「帰りたい」
「駄目に決まってるでしょ」
ビルの前、二人の人影が佇んでいた。
「さっきまでのやる気はどうしたの?」
「宇宙の彼方に飛んでった」
「……ほんとに本番弱いなあ。ほら行くよ」
背中を向けて立ち去ろうとする詩音の首根っこを掴んで、彩はビルへとずかずか歩を進めていく。
後ろから聞こえる喚き声はこの際無視だ。
こいつは多少強引にいかないと踏み出せないチキンなのだから。
エントランスに入れば流石に詩音も諦めが付いたようで、彩に引っ付きながらも自分で歩くことができていた。
「ひぃ〜、やだやだ。
何で面接というものがこの世界には存在しているのか」
「そりゃあきみみたいな奴を選別するためじゃない?」
「おゔあ」
潰された蛙のような声を上げる詩音を引き連れて、彩は会場へ向かう。
このビルの二階、第一会議室がそうだ。
しかし、直接向かうわけではない。
隣の控え室である第二会議室に向かうのだ。
エレベーターに乗り、二と書かれたボタンを押す。
がこんがこんとなる起動音と浮遊感、到着を知らせる音声。
扉が開けば、当たり前にそこは二階だった。
詩音の顔は青褪めていて、宛ら処刑台に向かう囚人のようであった。
「そんな怖がらなくても……」
「怖がるに決まってるだろ!
どうしよう……変な奴とか、気持ち悪い奴とか言われたら」
「そんなこと言う人ならここの募集来ないでしょ、と」
そんなこんな言っているうちに、第二会議室の前に来てしまった。
「じゃあ、私外で待ってるから。後は頑張ってね。
詩音ならできるよ」
「この薄情者ぉ!」
詩音の罵る声を聞き流し、雑に手を振りながら彩は道を引き返していく。
付いていきたい気持ちも山々だが、ここまで来て帰るのもみっともない。
ビビリのハートに火をつけて、詩音はドアノブを捻った。
特有の軋みを上げて開いたドアの先には、一人の少女が座っていた。
癖のある長い髪を側頭部の高い位置で結び、どこかの高校の制服を身に着けている。
詩音が半身を扉から覗かせれば、少女は花が開いたような笑顔を見せた。
「あの、もしかして面接受けに来た人ですか?!」
「……あっはい、そうです」
「良かったあ! あたし以外誰も来ないから不安で……。
あたし、
よろしくお願いします!」
「……藤咲詩音です、よろしくお願いします……」
何なのだ、この超絶コミュ強少女は。
詩音の脳内は軽くパニックを起こしていた。
面接って他の受験者と話していいものなのか?
これが普通なのか?
答えてくれる者は誰も居なかった。
桜庭と名乗った少女の導くまま、予め用意されていた席に付く。
「藤咲さんって、どうやってここの募集見つけました?
あたしはバイト帰りの街の広告です!」
「……その、友達の紹介で……」
「お友達のですか!」
ぐいぐい来るよこの子! 女子高生怖いよお!
助けを求める詩音。
しかし、誰も助けはしない。
ここにいるのは詩音と愛歌の二人だけなのだから。
その後も愛歌のマシンガントークに圧倒されながら、辿々しく話し続けていく。
出身地の話やら、特技やら様々。
十五分ほど経っただろうか。
外から誰かが近寄ってくる音がする。
やっと救いの手が差し伸べられたのだ。
「さ、くらばさん。誰か来たみたいです」
「ほんとですか?! どんな人でしょうか?」
詩音と同じように、軋みを上げて扉が開く。
現れたのは車椅子に乗った少年だった。
ハンドリムを動かし、会議室内に入ってくる。
少年が身に着けているのはフォーマルな衣服。
しかし、詩音より年上には見えない。
愛歌と同年代か、それより年下のように感じる。
「……こ、こんにちは」
「ほんにちは!」
「……こんにちは」
緊張しているのだろう。
小さく、震えた声で少年は挨拶した。
正反対に明るい愛歌の声と、少年と同等に小さな詩音の声が返答する。
「あたしは、桜庭愛歌って言います! こちらは藤咲さんです!」
「藤咲詩音です……」
「ご丁寧に、どうもありがとうございます。
俺は、
車椅子に乗ったまま、いろはは頭を下げた。
その動きにどこかぎこちなさを感じる。
やはり、どこか身体が悪いのだろう。
「あの、椅子って……」
「ああ、すみません。
こんな身体なものでして、これがあるので大丈夫です」
この空間に用意されていた椅子は二つ。
それ以外は見当たらない。
まるで、初めから少年の分を除いていたように。
これは、少しおかしい。
大学の面接の時だって二席しか用意されていない、なんてことはなかった。
書類選考で何人か落としたとしても、五席くらいはあるものだろう。そうではないということはつまり────
「応募者は、ボクたち三人しかいない……?」
その音が耳に入った瞬間、詩音は口を塞いだ。
巡らせていた思考の一欠片が、咄嗟に出てしまったのだ。
「それって……」
いろはと話していた愛歌が詩音の言葉に疑問を呈すそうとした、その時だった。
会議室の扉がノックされる。
入ってきたのは、二十代前半ほどのスーツ姿の女性。
恐らく、コスモスの社員だ。
「応募者の皆様、隣の第一会議室へ移動をお願いします」
そう一言だけ告げて、女性は扉の前で待機する。
時計を見れば、針は十時を指していた。
女性の言う通り、面接時間となったのだ。
三人は互いに顔を見合わせて頷いた後、一斉に動き出した。
先導する女性の後ろを付いていく三人。
そのうち、詩音は一歩進むたびに心拍数が上がっていた。
ぐるぐるぐるぐる不安が巡り、呼吸が浅くなっていく。
汗が止まらず、視界が暗くなっていく。
そんな詩音の手を握るものがいた。
「大丈夫ですよ藤咲さん! 桂さんもそう思いますよね?」
「ええ。きっと大丈夫ですよ」
太陽のような少女が笑いかける。
月のような少年が声をかける。
二人で励ましてくれる。
詩音は一人ではない。共に戦う仲間がいるのだ。
「……そう、ですね。頑張ります」
手をぎゅっと握る。
そうだ、彩も言っていただろう。
『詩音ならできるよ』と。
ここで躓いてはいけない。変わるんだ、今ここで。
女性が扉を開ける。太陽の光が差し込んでくる。
眩しさに目を細めながらも、三人は戦場に踏み出した。
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