第2話  ターバンの恐怖。

 当時の(40年くらい前の)シンガポール、駄菓子屋みたいなものが無かったと思う。代わりに、毎日、アイスクリームを売りに来るオジサンがいた。


「アイスクリーム~アイスクリーム~」


 鐘を鳴らしながら夕方やって来る。そのアイスクリームを食べるのが、僕達の楽しみの1つだった。シンガポールは暑いから。


 或る日、僕は親からお金を貰って、家族みんなの分を買いに家を出た。アイスクリーム屋さんの屋台まで数百メートル。たった数百メートルだった。


 その時! 僕はターバンを巻いたオッサンに、すれ違いざまを狙われた。抱き上げられて、オッサンの肩に乗せられたのだ。そして、僕を肩に乗せると、オッサンは走り出した。


“誘拐だ!”


 僕は、誘拐には気を付けるように日々親から注意されていた。でも、まさか、家から数百メートルの距離で誘拐されるとは思わなかった。


“怖い!”


 全身が恐怖ですくんでしまう。


“助けを呼ぼう”


 ダメだ、驚きのあまり声が出ない。


 もう、自力脱出するしかない!僕は藻掻いた。良かった、身体は動いてくれる。

 人生で1番藻掻いた。手足をバタバタさせて抵抗する。すると、僕はオッサンの肩から地面にボテッと落ちた。そして、生まれて初めて叫ぶ“ヘルプミー!”僕は這うようにして逃げる。数人、僕の声に気付いて駆けつけてくれた。ターバンのオッサンは、舌打ちをしながら走り去っていった。


 ようやく、僕は“助かった”という実感が湧いてきた。集まってくれた大人達に、生まれて初めての“サンキュー・ベリー・マッチ”。



 あのまま脱出できなかったら、どうなっていたのだろう? 臓器売買か? 奴隷か? とにかく、脱出できていなかったら、今ここで小説を書いていることはなかっただろう。危機一髪だった。







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