Ⅵ章――海と夏と君と

28  残暑お見舞い申し上げられる二学期

 小さな島全体で行われたお祭りの余韻が残る日々————。

 すでに夏休みは終わってしまったが、夏休み前とは大きく変わった学校生活が始まっていた。


 朝昼に眠たくなるような先生の話を聞きながら、眉間に皺が寄ってしまう教科書に目を通し。時々先生の無茶ぶりに笑ってごまかしながら答え。座りすぎて硬くなった体をおもいっきり炎天の下ではしゃぎ倒す。

 友達とどうでもいいような会話で盛り上がり、放課後を迎える。

 なんてことない、愛すべき普遍たる学校生活よ。何も変わらないように感じるかもしれないが、俺の気分はこの夏よりも熱くなっているようだ。


 席で伸びをして、カバンを持って立ち上がる。

「キオ、今日でんでんに寄ってこーぜ」

 朝川は学生カバンを頭上に上げて呼んでいる。

「悪い。今日も予定があってだな……」

「えぇ、またかよー。今週イベントだから協力プレイしようって思ってたのに」

 村島は心底残念そうに肩を落とす。


「イベントはまだ始まったばっかだろ? 次回は俺も参加できるし、またの機会にな」

 何も悪いことは言ってないはずだ。なのになんだ、こいつらの反応。三人揃って腐った思慮を纏う熱視線を照射してくる。

「な、なんだよ……」


 ドミノ倒しみたく続けざまにため息が流れた。偶然なのか、それとも意図的なのか。どちらにせよ腹立つ。

「変わったな。キオよ」

「いやわかる。わかるぞ。胸いっぱいの夏の思い出を経験したんだ……」

 ヤブがいっちょまえにしみじみと語っている。

「何をワケのわかんねえこと言ってんだよ。夏バテで脳みそが溶けちまったのか?」

「おやおや? とぼけちゃいますかぁあ?」

 朝川はニヤニヤした顔でうっとうしい口調を投げかける。なんだってんだ。誘いを断った腹いせか?


 不審に思っていると、思わぬ横やりが入った。

「そこらへんにしときなよ三人とも」

 佐士さしじまさんがやれやれといった感じで朝川たちをたしなめた。

「嫉妬とかダサい」

 烏丸からすまさんはくだらないと言いたげに辛辣に意見する。

「そういうんじゃねえって」

「ちょっとからかっただけだよ」

「この暑さに加えてアツアツの空気。そりゃめまいもするってなもんよ」

 決して悪い雰囲気ではないが、なんというか、これもお決まりみたいな。言うなれば、猫のじゃれ合いという感じか。


 どうなっているのか戸惑っていると、俺と同じく困惑した様子で教室に入ってきた女子を視界に捉えた。

「なにしてんの?」

 折谷は少し伸びた前髪を邪魔くさそうに指で横に流し、声をかける。

「ああ、菜音歌。終わったの?」

 佐士島さんは柔らかな笑顔で尋ねる。

「うん」

「今日も海美でしょ?」


 烏丸さんも意味ありげに微笑ましい眼差しで聞く。

「そうだけど、どうかしたの?」

「ううん、ほら行ってあげな。彼氏が待ってるよ」

 佐士島さんは嬉しそうに言う。

「お熱いねご両人っ!」

「うちのクラスのベストカップル!」

 教室がどっと沸いた。異様な雰囲気に圧倒される。

 はっきり言って、暑苦しいのはお前らだ!


 もどかしく思いながら視線を移すと、折谷は苦々しく顔を紅潮させていたが、俺と視線が交わった瞬間、ふわりと笑った。

「早く行こ」

 折谷は居心地悪そうに足を速めて学生カバンを持ち、俺の腕を引っ張っていく。

 まだ記憶に新しいお祭りよりも賑やか、というか騒がしい声に背中を押されて廊下へ出た。

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