19  サバイバル

 俺と折谷を照らしてくれる火が弱くなっている。集めた小枝が少なくなってきた。

 今晩はどうにかしのげそうだが、明日の分を集めないとな。

 俺は安全地帯となっている岩場の天井を見上げる。

 あそこ、登るしかねえのか……。

 四の五の言ってる状況じゃねぇしな。いざとなったらやるしかない。


 俺は小枝をたき火に入れていく。雨水ならどうにかと思いついたが、すでに雨はやんでいた。なんであの時、ちゃんと雨を集めておかなかったんだと、自分のバカさ加減に悶える。

「っ……」

 折谷は膝を抱えて体を震わせている。

 俺はたじろいでしまう。

「お、おい、もしかして、泣いてんのか?」

 ついこの間のことが甦る。

 ぶり返すトラウマに反応して、冷や汗が滲む。


 どうしてやればいいのかわからず、困惑していると、折谷は少し顔を上げた。

 折谷は肩を上下させ、呼吸は荒い。痛いくらいに自分の腕を掴み、黒目はぼんやりとさまよう。

 ちょっと待て。これって!

「お、折谷、お前、体調悪いのか?」

「たぶん……」

「ね、寝てろよ。後は俺がどうにかするから!」

 どうにかできる自信なんかない。でも、そう言わなきゃ、折谷が安心して休めない。

 俺は先ほどまで折谷が枕にしていたフィンを折谷のそばに置き、折谷の肩に手を伸ばす。折谷は瞼を開けるのも辛いのか、フィンを探し当てるように触れて、体を寝かせる。


 苦しそうな顔で息をする折谷。俺は折谷の前髪を横に流し、額に手を当てる。

 俺の手より遥かに熱い。本当にヤバい。

 これじゃ、マジで死んじまう。

 熱を下げるには、やっぱり食事だよな!

 もうのんびりしてられる状況じゃない。

 俺は海面を見つめる。今ならできるだろう。

 問題は道具か。


「ちょっと借りるぞ。折谷」

 俺は折谷の空気タンクを背負い、準備を整える。

 ゴーグルも装着し、暗い海水へ飛び込んだ。

 腕につけたペンライトで照らすも、辺りはどこもかしこも真っ暗。深く沈むほど、水圧が俺の体を締めつけてくる。

 意識、飛ばないようしないとな。ここで俺まで倒れたら、何もかも無駄になる。

 神社の建屋たてやで泣いていた折谷の姿が頭によぎる。


 ペンライトの光が少しずつ海底を見せてくる。

 ここはそこまで深くないようだ。

 俺には考えがあった。本当に獲りたいのは魚だったが、素手で捕まえられるほど簡単じゃない。

 俺は海底に近づき、アイツの姿を血眼になって忙しなく視線を散らす。

 空気タンクの残圧計は俺たちのタイムリミットだ。

 確認をおこたれば死が近づく。

 すべて使いきる前に見つけなければならない。


 四方八方へ泳いでいくが、いつもより移動に時間がかかる。どうやらこの周辺は基本的に潮の流れが速いようだ。

 浮島さんに教わっておいてよかった。疲れない泳ぎ方がこんなに早く役に立つとはな。

 その時、光の円が物体を捉えた。

 見つけた!

 俺は海底へ一直線に潜行する。慎重に触れて手に取った。



           Φ  Φ  Φ  Φ



 どこかで鳥の鳴き声がする。

 陽気な太陽に乗せられ、風と波が穏やかに夏の香りを運んでくる。

 こういう日はバーベキューでもしたいもんだ。なんて呑気なことを言っている場合じゃないんだけどな。

 俺は自分を鼓舞し、洞穴ほらあなへ戻る。

 食材は魚のみ。釣り竿落選群だった木の棒を改造したモリが、かたわらで無惨な姿となっている。モリの刃をウニの棘で代用し、四匹の魚をゲットした。


 意外かもしれないが、工作は小学校の頃から得意だった。思ったよりも出来栄えのいいものができて、自分でも驚いた。

 焼き石の上で不器用に切られた魚が身から出た油を流している。煙に混じって食欲をそそる匂い。小枝を使って口に運ぶ。

 一応綺麗に洗ったんだが、やはり砂利が残っていたようだ。時々口の中で嫌な触感が音を立てた。まあ、食えただけでもよしとするしかないか。

 しかしうまいな。やっぱ新鮮な魚は違うわ。

 

 すると、咳き込みながら折谷が険しい顔でこちらに視線を向けた。

「折谷、大丈夫か?」

 俺はそばに置かれた石皿を手に取り、横になった折谷に近づく。

「ほら、食え。少しでも体調を整えよう」

 折谷はゆっくり体を起こす。


 石皿の上には刻み魚があった。それをぼうっと見つめると、「なにこれ?」と弱々しい声で尋ねる。

「魚だ。食べやすいように切った」

「……不味そう」

「仕方ねえだろ。包丁なんて持ってきてねえし」

 刻み魚は大小さまざま。包丁がない以上、その辺で見繕って切る以外に方法がなかった。とはいえ、人に食事を出す手前、はっきり言われたことで恥ずかしさが込み上げ、折谷から顔を背けて言い訳をぼやいた。


 折谷は俺の手から石皿を受け取る。次にしっかり洗った枝二本を差し出した。

「極貧生活って、こんな感じなのかしら」

 折谷はぼやきながら箸の代用を受け取る。

「お前……本当に病人か?」

 冗談を言う折谷に、なんだか拍子抜けした。


 折谷は辛そうにしながら口に運ぶ。鈍い動きではあるが、自分で食べられるようだ。

 少しだけ顔色がよくなった気がする。しっかり寝たからか?

 だがまだ万全とは言えないだろう。まだまだこんな生活が続くかもしれない。


 依然状況は最悪だ。保存が難しい魚じゃ、生き延びるのも一苦労だろう。栄養だって偏る。ビタミン不足で病気になる船乗りもいるとかいないとか。

 不安ばかりが頭を掠めていく。常識で考えて、こんな生活がずっと続けられるとは思えない。まだ広大な無人島の方が生きる望みが持てた。


「心配しないで……」

 不意に折谷の声がぼーっとしていた頭を引き戻した。

 折谷の力の抜けた笑みが投げられていた。

「今頃、お母さんが心配してる。島のみんなも。もしあたしがここで死んだら、またお母さんを悲しませる。怒ってもらえなくなる」

 折谷は手元の貧しい食事に視線を落とす。


「心配するのは、お母さんだけでいい……。あたしは死なない。死んでやるもんか」

 折谷は気丈な素振りで口端を広げ、精いっぱい笑ってみせた。

 折谷が弱々しくも笑って誰かを思い、口にした言葉は、間違いなく俺の心を勇気づけていた。

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