18  ピンチ

 首の皮一枚繋がったようだ。

 すっかり暮れてしまったが、風は収まり、穏やかな海を取り戻している。


 折谷の体温も少し改善していた。乾燥した草木に向けて、がむしゃらに石をかち合わせた。原始人の真似事だ。本当にそんなことで火がつくかどうかわからなかったが、他に手はなかった。

 懸命に石をぶつけ続けていたら、本当に火がついてしまった。

 叫ばすにはいられなかった。高々と拳を突き上げ、小学生みたいにはしゃいでしまった。


 洞穴ほらあなに散らばった枝や草は、どうやら上から落ちてきたものらしかった。洞穴ほらあなの天井にできた隙間をよーく見てみると、岩の上にもったりとした木が育っていた。葉っぱはないが、幹や枝はしっかりしていそうだった。

 あれがなかったら、俺たちはきっと助からなかっただろう。岩の隙間から覗く木々を見上げながらウトウトする。


 眠い……。だが寝るわけにはいかない。俺は後ろに目をやる。

 ゴツゴツとした岩盤でフィンを枕にしてぐっすり眠っている。折谷の顔はたき火にあてられた光に染まっている。

 まだ折谷も万全の状態とは言えない。火を絶やさないよう枯れ草や木々をスットクしていた。夏だから温まった空気もある。ここならひとまず雨風もしのげるし、日が昇っても直射日光も避けられる。問題は食料だ。

 まさか、サバイバルをすることになるとはな。無人島と言うには狭すぎる。


 残念ながら岩の上の木々に実はなっていない。たとえ実がなっていたとしても、街灯の高さほどある頂上に登るのは無理だ。何より、怖い……。

 残された方法はただ一つ。釣りだ。目ぼしい枝を見つけ、遭難する前に拾っていたゴミからワイヤーとルアーで工作し、ボロい釣り竿で魚を獲る作戦だ。


 ……かれこれ数時間が経っていると思う。未だ成果なし。

 生き延びられるのか? 俺たち……。


 前途多難のサバイバル生活を強いられ、途方に暮れる。

「んん……」

 くぐもった声を聞き、視線を弾く。折谷は気だるげに体を起こしていた。

「おう! 起きたか!」

 俺は釣りを中断し、帰ってきた飼い主に駆け寄る犬みたいに折谷のそばへ向かった。それだけ折谷が目を覚ましてくれたのが嬉しかった。安心するにはまだ色々残っているが、折谷が自分で起き上がっているのを見ただけで、なんだか救われたような気がした。


 瞼が上がりきっていない折谷の顔が左右に散らされる。

「気分はどうだ?」

「……最悪」

「そっか。ちょっと待ってろ。今、食料を獲るから」

 俺は釣り竿を手に取り、火の明かりに当てられた水面を凝視する。

「……ごめん」

「なんだよ。いきなりしおらしくなって」

「足、引っ張った」

「起きちまったもんはしょうがねえだろ。今は、生き延びることを考えようぜ」


 ゴソゴソと衣擦れの音がしたかと思えば、「ッ……!」と呻きが聞こえてきた。

「おい、まだ安静にしてろよ。動いたって何もしようがねえんだから」

 立ち上がった折谷は壁に手をついていた。当然だろ。溺れかけたうえに流され続けたんだからな。

 折谷はぎこちなく座り、視線を落とす。大人しくなった折谷に安心すると、腹の虫が鳴った。

「はぁ……腹減った」

「それより、水を確保しないと」

「え?」

 折谷は険しい表情で口にする。


「今は夜だからなんとかなってるけど、日が昇れば、厳しくなる」

「ここは日陰だ。どうにかなんだろ」

 折谷はさげすむ視線を突き刺してくる。ご不満らしい。

「なんだよ! 言いたいことがあるならはっきり言え!」

 折谷は仕方ないというテンションで口にする。

「日陰だろうが、暑さは空気を伝って体力を消耗させる。このままじゃあたしたち、熱中症で死んじゃう」


「ええ⁉ どど、どうしよう⁉」

「そんなこと言われても、あたしにわかるわけないでしょ」

「んな殺生なっ! お前、俺よりダイビング経験長いんだろ⁉」

「あたしが知ってるのはダイビングであって、サバイバルの知識はない」

 そうだった。普段から熱中症なんていちいち気にしていなかった。喉乾いたらいつでも飲み物はあったし、クーラーだってたいていの場所にある。それに熱中症なんて縁のない俺には、台風が来てるんだなくらいの風物詩のようなものでしかなかった。


「クソッ、何かねえのか? 手っ取り早く水分を取れるヤツ」

 辺りは石ばかり。コケが生えているけど、口にできるようなもんじゃない。

「こうなったら、海水を飲むしか……」

「塩分濃度が高すぎる。飲んでも体内の水分を余計に使うだけよ」


「や、やっぱダメか。そうだなぁ、んーーじゃあ…………あ!」

「なに?」

「いや、でもそんなこと言ってる場合じゃないし……」

 この案は最終手段として残しておくべきじゃないだろうか。だが、これを他人に提案するのはどうなんだ?

「いい方法でも思いついたの?」

「思いついたには思いついたんだが……」

 俺は苦々しく口を渋る。


「案があるなら話しなさいよ」

「怒るなよ?」

 折谷は困惑しながら注目する。

 俺は慎重に口にした。

「おしっ……」

「それ以上言ったら海に沈める」

「怒るなって言ったじゃん!」

「死ぬかもしれないのにくだらないこと考えないで」

「だから言いたくなかったんだよ~」

 俺は肩を落として釣り竿を引き寄せる。針には何もかかっていない。

 二重に落ち込み、背中を丸くするのだった。

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