第24話 ムーナのこと


 王都へ帰り着いたユリエッティとムーナはディネトと別れ、その日の夜のうちにいつもの宿のムーナの部屋に集まっていた。

 基本的な間取りや家具の配置は自分の部屋と同じだが、じつのところしっかり中に入るのは初めてなユリエッティ。殺風景な部屋の中をさり気なく見渡しつつ、ベッドのふちに座ったムーナの左側へ自分も腰かける。どちらかが何かを言うよりも先に、ムーナがゆっくりと耳当て帽を脱いだ。


「んじゃ、コレの話をしないとな」


「ええまあ、さすがに見なかったことにするのは難しいですもの」


 露わになった側頭部の尖り耳は、獣の三角耳とは全く独立して、ぴくりと小さく震えた。やはり何度見ても、エルフの特徴としてあげられる耳の形に酷似している。強いて違いを言うなら、以前に見たエルフのそれよりは小さく短いような気がするくらいか。


 しかし不可思議だ。

 ユリエッティの知る限りでは、エルフと獣人のハーフなどという存在は、少なくともヒルマニア王国史においては前例がなかったはず。おそらく隣国のヨルド共和国においても。元よりエルフは同種間ですら子を成しづらく、他種との混血はヒトや魔人などの比較的近縁な相手であればごく稀に、といった程度。そも、ハーフだからといって同じ感覚器官を二対持って生まれてくるというのも普通ではない。ヒトと獣人の混血は時折いるが、彼ら彼女らが丸耳と獣耳の両方を持ち合わせているわけではないように。

 眼球の処置中ですら頑なに帽子を取ろうとしなかったことから、ムーナ自身もその異質さをよくよく理解している様子ではある。そのうえで、自分に対してはあの時も今も包み隠さず見せてくれることに、ユリエッティは知らず笑みを浮かべていた。いつもの鷹揚なそれよりもさらにゆったりと優しい微笑みを。見えずとも気配で察したのか、ムーナの肩からも少し力が抜ける。

 

「……っても、説明できることは多くないんだけど。まず最初に言っとくと、アタシ、ヒトとエルフのハーフなんだよね」


「へぇ…………へ? 獣人は?」


「な、不思議だよな」


 獣人とエルフのハーフ……ですらなかったことに、ユリエッティが目を丸くする。今までずっと猫の獣人の少女と思っていたわけだから、なおさら。もっとも、伝えたムーナ自身すら、その反応には同意せざるを得ないという表情をしているのだが。


「まあ一応、説明をつけるとしたら先祖返り? ってことになるんだと。父親──ヒト種のほうをずっと遡っていくと大昔に一回、獣人の血が混ざってるらしくて」


 ムーナが生まれ育ったのは、ヒトと少数のエルフが共同生活を送る片田舎の小さな集落。そこに住んでいたヒト種の男と、エルフの女の一人娘として。


「こんな時代だろ? だからエルフが同族以外と結婚するなんてー……とか、周りからけっこー反対されてたらしいんだけど。でも母親が妊娠したって分かった途端に手のひら返されて。んで、生まれてきたアタシに獣の耳が生えてたもんだから、さらにもう一回手のひら返し」


 まず母親の不貞が疑われ、方々確かめてどうにかそれは否定された。獣人とエルフのハーフは生まれ得ないという前提も合わさってのこと。しかしそうなると周囲の者たちは、生まれてきたムーナという存在は何なのかと気味悪がるようになり……先祖返りではないかという──これはこれで前例のない話ではあるが──結論がひとまず出たあとも、その態度が変わることはなかった。いやそれどころか、ムーナの両親すらも周りと同じように。


「アタシがちっさい頃から、ずーっとギクシャクしてたんだよね。アタシと両親の仲も、父親と母親の仲も。もう息苦しくてしょうがなかったよ」


 仮に先祖返りだったとして、なんの脈絡もなく、それも四つ耳という異質な外見でもって現れたそれは、家族にすら受け入れられなかった。獣耳が見ためにも目立ち、身体能力が獣人のそれであったことも、一因だったと言えるだろう。

 とにかく、家にいても集落にいても腫れ物を触るような扱いが当たり前。やがて幼少期のムーナは、多くの時間を誰にも見られない自然の中で過ごすようになる。家は帰って寝るだけの場所。時たまモンスターとも遭遇する環境下で、自身の能力を知り伸ばしていった。


「で、17になるのと同時に、アタシから言って絶縁してもらった。家名もなくして、金稼いで、隣の国に行こうと思ってさ。ほら、あっちっていろんな見た目のやつがいるって話だし」


 集落を出てからは、獣耳よりは隠しやすいエルフ耳を耳当て帽で覆って獣人に扮していたが、それはエルフの血という自分の出生の半分をまるごと隠す生き方。何も隠すことなく、忌み嫌われもせず、そのままの自分が大手を振って歩ける可能性を求めて、ムーナは隣国ヨルドへの移住を目指していた。そしてそれは、もう少しで叶う。


「ユリのお陰で金は貯まりそうだし、あとは両目コレ治して……いやまあ治療費は結構かかるけど、でもギルドの補助も受けられそうだし……とにかく、今はわりと、楽しくやらせてもらってるよ」


 徐々に曇っていくユリエッティの表情を見えないながらも感じ取り、ムーナは笑って出自の話を終えた。嘘偽りのない言葉である。まあ実を言うと移住に際し、最近ある問題が浮上しつつあるのだが……それは今は置いておいて。


「とまあ、結局なんで二対生えてるのかは分かんないんだけど。でもけっこう重宝してるんだな、これが」


「獣人の五感とエルフの魔力感覚、両方を兼ね備えているのは確かに凄いですわね……ちなみに、聴覚はどうなっていますの?」


獣耳こっちにある。エルフ耳こっちは音を聞く機能はなし」


「ほぁ〜」


 エルフの魔力探知能力はその耳に宿っていると考えられている。古いエルフが“魔力を聴く”などと言い表すように。ムーナも同じく、聴覚機能こそ獣耳のほうに集約されているが、それとは全く異なるエルフ特有の感覚でもって、魔力や魔法を精密に察知するすべを身に着けていた。

 しかしそうなるとますます、エルフの要素のほうが補助的な位置にあるようにも見えてしまう。先祖返りというのがそれだけイレギュラーなことなのだろうか、とひとまず納得し、ユリエッティはまだ少し見慣れない褐色の耳を眺める。


「だからほら、よく見ると穴開いてないんだよね」


 ムーナのほうからも頭を寄せて、そうすればなるほど確かに、耳孔が浅いところで塞がっているのがユリエッティにも見えた。同時に、横髪をかき分けて耳を差し出すという仕草そのものが新鮮で。意図的にか無意識にか、一度ぴくりと耳が震える。どうにも誘っているようにしか見えず、気づけばユリエッティはその横長のとんがりを甘噛みしていた。


「んひぃっ!?」


「おお、これはまた今までにない反応ですわね」


「なにっ、すんだよっ、バカっ……!」


「つい」


「ついじゃねんだわついじゃっ」


 途端に声を荒げだすムーナだが、さんざ彼女を抱いてきたユリエッティには分かる。これは押せばイケるほうの怒り方だと。


「ふむ……耳で魔力を感知しているのであれば……例えば指や舌に魔力を纏わせてそこに触れてみるというのは」


「オマ、やめろバカそういうのはエルフでも相当な変態くらいしか──」


「じゃあ問題ないですわね」


「ないわけねぇだろがよドアホがっぁんっ……! ちょ、ほんとにっ、んぃっ……! なんでそんな魔力操作上手いぃっ、ひ、ぁっ、あっ、ああぁぁぁあ〜〜ッ♡」


 口では反抗しつつも、その全く未知の感覚に──テトラディの一件で最近ご無沙汰だったこともあり──、ムーナはあっさりと流されてしまう。だって気持ち良いし。金よりも眼球の治療よりも何よりも、ユリエッティから与えられる快楽こそが、移住を成し遂げるうえでのもう一つの、そして目下最大の問題であると認めざるを得ない。

 自分はコイツから離れられるのか……? と、そんな疑念を抱きながら、ムーナは今日もしっかりじっくりねっとりぐずぐずに蕩かされた。

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