第23話 ことが終わって
ことが終わってからの撤収は速やかだった。
付近で控えていたディネト含むギルド職員を呼び、テトラディの遺体の確認と回収。他の冒険者たちが邸外で保護していたイングルト子爵一家及び従者たちへ連絡。ユリエッティは彼らを救ったが、しかし貴族との接触を原則禁止されている身であることには変わりない。クレーナの元主人という点も話をややこしくしかねず、それになにより、ムーナの怪我の処置をしなければならなかった。そのため二人はあとのことをディネトに任せ、すぐさま街の大きな医療機関へ駆け込んだ。
そして翌日。
昨夜のうちに眼球の再生に必要な危急かつ初段階の処置を切り抜けたムーナは今、病室でぐっすりと眠っている。戦闘中こそ極度の興奮・集中状態によって動けていたが、そもそもが大怪我も大怪我である。一歩間違えれば即死、そうでなくともあと少し刃が深く入っていれば傷が脳まで達し、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
ユリエッティは改めて背筋を冷やし、しかしムーナがいたからこそテトラディを打倒できたのだということを深く噛みしめる。あの驚異的な魔法の探知能力、その根因と見られるエルフのような耳が獣人のそれと共存している事情を聞かないわけにはいかないが……まあ、それはもう少しあとで良い。今はゆっくりと休んでもらおう。
と、そう考えムーナの荷物を取りに一度宿へ戻ったユリエッティを、クレーナが待ち構えていた。
「──ユリエッティ様」
「昨日の今日ですわよ? クレーナ、様?」
「父が慌ただしくしているうちでないと、会えないかと思いましたので」
朝から建物の前に佇んでいたクレーナをひとまず部屋にあげ、昨夜ぶりに、あるいはもう一年近くぶりに、二人は相対する。
“様”は結構です、などと言うクレーナ自身も昨日の服にそのまま外套を羽織っただけの姿で、顔つきも随分とくたびれていた。危機は去ったとはいえイングルト家は大変なことになっているだろうし、寝ずにあれやらと駆け回っていたことは想像に難くない。それでもこうして時間を作り礼を述べに来たのは、元従者としての彼女個人の意思でもあり、また同時に、此度の功労者の詳細を知らされていないイングルト子爵に代わって、という意味合いも含まれていた。
「我々を救っていただき、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げれば良いか……」
「わたくし一人の力ではありませんわ。それに、全ての方を助けられたわけでもない」
「それはっ、ユリエッティ様が気に病むことではありません」
「ええ、ありがとう……」
悔やんでも仕方がないとはいえ、あんな身勝手な輩のせいで命を落とした者たちがいること、それ自体への憤りが収まることはない。どうしても部屋の空気は、重く沈んだものになってしまう。それを変えようとするかのように、クレーナは少しおどけた様子で笑ってみせた。
「……短剣を持った女が家に上がり込んできたときには、遂に痴情のもつれで刺されるのかと思ってしまいましたが」
それだけでクレーナが、別れ際の言葉通り地元で好き勝手ヤっていることを察するユリエッティ。こんなことを言う辺り、刺されかねないような手の出し方をしている自覚があるのだろう。一見するとユリエッティの方も似たようなものではあるが、二人の決定的な違いは修羅場にならないように上手く立ち回れているかどうか、である。
「抱き方は身につけても、諌め方はまだまだなようですわね」
「いやはや、面目次第もありません」
「……というかクレーナ、貴女いま何をしているんですの? 家督はお父上が持っていらっしゃるのですわよね?」
「父の補佐、という名目で家に置いてもらってはいますが……定職に就いているわけではありませんね」
それでいて街の女や、自分のところの侍女たちにも手を出し(昨日の様子を見れば察せられる)、好き勝手過ごしている、と。……こいつ今年でいくつだったっけか? などと、流石のユリエッティも思わずにはいられない。
「貴女は非常に優秀でしたが……どうやら、仕事がないとダメ人間になってしまうタイプのようですわね」
「どうもそのようです。まあ家督を継ぐことも含めて、そろそろ真面目にやっていこうかなとも思っていますよ」
現在、父とのあいだに生じている軋轢については語ることもなく、ただクレーナはそう返すに留める。久しぶりに会ったユリエッティは冒険者として上手くやっているようで、それでいて性根は仕えていた頃と全く変わっていない。それを見てしまえばクレーナも、多少なり襟が正されるというもの。
何人もの従者を失ってしまった悲しみがそう簡単に癒えることはないが、しかしせめて、もう会うこともできないと思っていたかつての主人とこうして再会できたことくらい、素直に喜んでもいいだろう。
家に戻って、やることがまだまだたくさんある。だからクレーナはほんの僅かな時間だけユリエッティと言葉を交わし、そして静かに宿を去っていった。
◆ ◆ ◆
「──と、いうわけで。わたくし実は、元貴族なのですわ」
「そうでしたか」
テトラディ討伐から約二週間後、王都へ戻る道すがら、ユリエッティはディネトとムーナに己の身の上を語っていた。天気も良好。帰りは急ぎでもないため、三人を乗せた
「冷静だな」
「そういうムーナ様も」
「まぁ、うん」
ユリエッティの隣に座るムーナの両目はまだ包帯に覆われてはいるが、負傷直後の応急手当が適切だったこともあり再生処置は順調に進んでいた。あとは王都のより大きな医療機関へ引き継いで、という話になり、本人の逞しさもあってこうして帰路についている次第。
そんなムーナはテトラディが戦闘中にさんざ貴族様貴族様と叫んでいたものだから、ああもうなんかそんな感じなんだろうなと受け入れており。また、今カミングアウトされたディネトの方も、まあそういうこともあるだろうと、いつも通りの表情でハンドルを握っていた。伊達眼鏡の代わりにサングラスをかけながら。
もっとも、二人が冷静なのはユリエッティ自身が家名や位までは明かさなかったから、というのもあるのだが。元公爵令嬢──それも筆頭たるシマスーノ家の者であると知れば、流石にもう少し驚きはしたかもしれない。
「でもアレだな、女抱きまくって追放されたってのも」
「貴族だから尚の事、というわけでしたか」
「ええ、そんな感じですわ」
世継ぎを残し家を存続させることもまた、貴族の責務のうちの一つ。それを放棄し、まして他の貴族にまで“女同士”を広めていたのであれば、それはまあ、何かしら罰を受けるのも致し方ないことなのかもしれない。納得を深めるムーナとディネトへ、第二王女に手を出したことも大きな要因の一つだと思いますわ〜……などとは言わないユリエッティであった。
「何にせよ、今はもうただの家名無きユリエッティ。今後とも変わらずよろしくお願いいたしますわ」
「ん」
「ええ」
今さらかしこまれと言われても無理だし、ユリエッティがそんなことを言う女ではないことも、二人はよく知っている。だから行きと変わらず帰りも、三人仲良く硬いシートに座っているのだ。
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