第21話 vsテトラディ


「おぉおアァっ!」


 雄叫びとともに飛び込んできたユリエッティは、そのままテトラディの背中へと肉薄し拳を振るう。連続して放った鋭いジャブは全て躱され、背後から殴りかかったはずが逆に背後を取られてしまうが……むしろこれでテトラディとクレーナらのあいだに入れたと、ユリエッティは少しだけ安堵した。そのまま肘鉄、ターンしつつの裏拳と攻勢を緩めず、三人を背中に守る形でテトラディと対峙する。


「ほぉー、中々のやり手とお見受けするが──!」


 笑みを崩さない殺人者に、ユリエッティは容赦なく攻撃を続ける。ムーナのエンチャントをかけられたその拳は、短剣による反撃を真っ向から受け止められるほどに頑強で、その一撃一撃がむしろ刃よ砕けよと言わんばかりに速く重い。

 

「シっ──!」


「ぐぉっ……!?」


 やがて、幾合目かの打ち合いの末にユリエッティの右ストレートがガードを突破し、テトラディの腹部へと突き刺さった。直撃を確信した瞬間、存分に威力を乗せて殴り抜く。痩身の体が破壊された玄関を抜け庭園のほうまでぶっ飛んでいくのを睨みつつ、ここでようやくユリエッティは、背中越しにクレーナへと声をかけた。 

 

「クレーナ!家の者たちと共に逃げなさいっ!!」


「……ゆ、ユリエッティ様……」


「早くっ!!!」


「っ、はい……!」


 はっと気を取り直したクレーナに、今度こそ逡巡はなく。困惑する侍女たちを連れ、再び遠話器イヤーカフで連絡を入れながら、屋敷の奥へと駆けていく。ユリエッティがここにいる理由も何も分からないが、もう大丈夫だという確信が、クレーナの足取りを確かなものにしていた。


「よし……」


 守りおおせた三人が逃げていく、その最初の数歩を感じ取った段階でユリエッティは息を吐き、自身もまた彼女らとは反対方向へ──テトラディを殴り飛ばした屋敷の外へと飛び出していく。日も沈みかけた薄暗い庭園ではすでに、青肌の女と褐色の少女が刃を交えていた。


「ユリっ!」


「ええっ!!」


 やや押され気味な様子のムーナが、テトラディの右の短剣を剣で受け止めながら叫ぶ。そんな相方へと迫るもう一方の刃を滑り込ませた手の甲で受け、そのままスイッチするユリエッティ。合わせてムーナも屈みながら身を翻し、敵の背後に回って斬りかかろうとするが……しかし、しっかりと見ていたテトラディに後ろ蹴りを合わせられ、あえなく後方へと吹き飛ばされてしまった。その隙を狙ったユリエッティの左拳も今度はバックステップで躱され、正面から相対したまま一瞬の膠着が生じる。


「お前、良いな! 技もそうだがそれだけじゃないっ、その瞳! あの方と──フィール・コントレクト様と同じだ!」


「あァっ……?」


 自身が殺した者の名を嬉しそうに叫ぶテトラディに、ますますユリエッティの目つきが鋭くなる。それを受けた魔人種の女は、慄くどころかますます笑みを深めるばかり。


「知ってるぞその眼差し! “民草のために”、そうだろう! 格好は冒険者のようだが俺には分かるっ。お前はとびきり上等な貴族様だっなあそうだろう!?」


「……なんなんですの、こいつ……!」


 正確には“元”ではあるが、こちらの出自を一瞬で探り当ててきた魔人種に、さしものユリエッティも少しばかり困惑してしまう。

 

 この街に到着してから二日と経たない内に近辺でテトラディの目撃情報があり、他の冒険者パーティー数組と交代で捜索にあたっていたここ数日。ギルドを介しイングルト子爵とも(匿名で)協力して警戒網を敷き、それでも今こうして襲撃を許してしまったときには肝を冷やしたものだが……間一髪でクレーナを助けられたという安心と、それでも犠牲者を出してしまったことへの悔恨をまるで逆なでするかのように、目の前の女ははしゃいでいる。

 奇妙なことにテトラディの声音には、確かな貴族への敬意が籠もっていた。事前情報との相違と、なによりそれが殺意と同居していることの言い知れぬ気持ち悪さが、ユリエッティの警戒心を強めていく。


「なあお前なんていうんだ!? どこの家の貴族様なんだ!? 教えてくれよ!!」


「……わたくしは貴族などではありません。ただの根無し草、家名無きユリエッティですわ」


「嘘つけ! 俺の目は誤魔化せない、お前は良い貴族様だ絶対そうだ!!」


 勝手な物言いに辟易する。

 貴族としてのあらゆる責務を果たせずに、己のサガのままにしか生きられなかった自分が、良い貴族などであるものか。拳を構えて警戒しつつ、ユリエッティはつい問うてしまう。


「そも、貴女は貴族を嫌っているのではありませんの? だから──」


「いいや違うね! 俺は貴族様を心の底から尊敬してる! 民草のためなら命すら投げ出せる、そんな良い貴族様を!!」


「意味が分かりませんわ……それならなぜ、こんな真似をっ!」


 憤りを拳に乗せ、こちらから仕掛けるユリエッティ。先よりもさらに鋭く速く、無数の拳撃を繰り出していく。その技量と膂力は、個体数の少なさと引き換えに魔力・身体能力両面で他の種族を上回る魔人種とすら互角に打ち合えるほどであり、当のテトラディも間違いなく驚愕している。しかしそれは焦りには繋がらない、“良いものを見つけた”とでも言いたげな驚きようで。いなし躱し短剣で反撃し、時に魔力弾を放ち──拳で弾かれたことにまた驚き──ながらも、よく回る口は止まらない。


「切っ掛けはフィール様だったんだよ! 街中でさ、ぼちぼち派手にっちまおうかなって考えてた時に、偶々お見かけしてさぁ! 折角だし貴族からって襲いかかってみたら、あの方どうしたと思う!? お前なら分かるよな!?」


 声音はひどく熱っぽく、まるで憧れの人について語る少女のようですらある。だからこそその内容との乖離に、ユリエッティの背筋が怖気立つ。

 

「“皆を逃がしなさい”“守りなさい”“民草の誰一人として、傷つけさせてはなりません”だよ! 俺はもう、心底感動したね!」

 

「っ……!」


 事実だった。四年前の事件においてフィール伯爵令嬢とその側仕え二人、護衛の者たちは皆殺しにされたが、彼らの献身によりその場にいた市民たちは誰一人として命を落とさずに済んだ。


「それまでは、貴族なんて偉そうにふんぞり返ってるだけだと思ってた、ああそうさっ! だがどうだっ? 世の中には良い貴族様がいる! 我が身を賭して民草を守る、良い貴族様が!! その方の為に命を投げ捨てられる従者達だって!!」


「ッッ……!!」


「同じ人を殺すんなら、そういう相手をった方が良いだろっ? ほら、高位の冒険者はそれなりに格のあるモンスターを狩らないと箔がつかない、ってのと同じでさ!!」


 ……なるほど確かに、当時のフィール・コントレクト伯爵令嬢の行動は、市井からは英雄的と称賛された。しかし貴族たちの中では、その死を悼みはすれども、我が身を犠牲にすることの是非を問う声があったのも確かだった。貴族とは執政によってより多くの民を守る者。とみにフィール伯爵令嬢は、若くしてその才覚を露わにし始めていた。命を投げ出すことは、果たして本当に市井のためになったのか? 逃げるべきではなかったのか?

 

 王都貴族の誰もが、奥歯を噛み締めながらそう葛藤していたのだ。

 それをこの女はこんなにも軽々と、感動しただと? だから貴族を、その従者たちを狙って殺すようになっただと?

 

「ッ、貴様ァ……!!」


 ユリエッティの中の怒り、義憤が激しく燃え上がり、握る拳により一層の力が籠もる。その反応にますます気を良くしたのか、テトラディは一度歯を剥いて笑い……そして一転、全身を脱力させた。

 

「でさ。あの時も、それ以降も全部。俺は大抵、先にそばに控えてる方からるんだよ。こんな風に」


 同時、テトラディはユリエッティの目の前から突如として姿を消し。それでいて次の瞬間には、視界の内に再び現れる。ユリエッティの拳が届かない距離、戦線に復帰しようと駆けていたムーナの目と鼻の先に。


「──っ!?」

 

 高速移動などではない。明らかな気配の消失と、一瞬の後の再出現。

 それにユリエッティが何らの反応も示せないうちに、驚愕に染まるムーナの顔面へと、容赦なく短剣が振るわれた。

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