第19話 急ぎ足
明朝、早くからギルド前に集合したユリエッティとムーナを待っていたのは、いつものスーツ姿に伊達眼鏡……ではなく、真っ黒なサングラスをかけたディネトの姿だった。乗っているのは、ドゥッドゥッドゥッドゥッドゥッ……と動力機関から重低音を響かせる鉄の塊。
「おはようございます。さあ出発しますよ、乗って下さい」
「……え、なにそのメガネ? てかアタシらこれ乗ってくの?」
「ええ」
「イカしてますわねぇ」
ムーナがジト目で、ユリエッティは興味深げに眺める今回の
「……いや、なんコレ?」
「私物です。現在、ギルド所有の車両は全て利用予定が埋まっていますので」
「それもテトラディ案件で?」
「ええ、多くは」
「マジか。ほんとに大がかりだな」
「貴族諸侯皆々様の払いが良かったものですから」
各地のギルド支部はもちろんのこと、王都支部からもムーナとユリエッティ以外にも、ギルド側が認可したいくつかのパーティーがテトラディの捜索・討伐依頼を請け負っている。今回はそれに可能な限りギルド職員が同行し、当該人物を発見次第、ギルドを介してリアルタイムで情報を共有する手はずになっていた。……可能な限り、という辺りに人手不足の影響が感じられるが。
とにかく、他の冒険者たちに貸与車両を優先的に回し、こちらは自分がプライベートで乗っている車を使うというのは、ディネト自身の判断であった。
「なあ、このシート……
「快適さよりも頑丈さと走破性を優先したモデルですので」
「変速機の脚式手動操作型、流石のわたくしもこれの運転許可は持っておりませんわねぇ」
「いやよく分かんないけど、なんでそんなもんを?」
「趣味です」
いつもと同じ声音で答えながら、ディネトはバックミラーを一瞥した。昨日より落ち着き、薄くではあるが笑みを見せたユリエッティに、自分もまたほんの少しだけ口角を上げてみせる。
「最高ですわね」
「ありがとうございます。それに……今回に限っては、実益を兼ねているとも言えるかと」
そのまま慣れた仕草でレバーやらペダルやらを何やら操作し、滑らかに車を発進させるディネトであった。
◆ ◆ ◆
「──実益も兼ねてるって、こういうことね……っ!」
王都を抜けて早々に、三人の乗る車は(一応は)整備されている道を外れ、岩肌混じりの草原を突っ走っていた。地面の凸凹で時折、車体が揺れたり跳ねたりしている。
「目撃情報から概算される移動速度を鑑みれば……仮にテトラディがこのルートを選んでいた場合、次のターゲットになる可能性のある貴族領──イングルト子爵領に到達するまでにあと五日ほどはかかると考えられます。であれば我々は、それより先に子爵邸のある街に入り捜索と迎撃を兼ねるのが効率的かと」
テトラディが別の道筋で王都に近づいていた場合でも、子爵領からであれば他ルートへの合流もしやすい。何にせよ、ひとまずの目的地へより早くたどり着く。そのためにディネトはアクセルペダルを踏みしめ、可能な限りルートを短縮しながら走っていた。普段は中々出すことのできない愛車の全力を堪能しながら。
「ディネトさん……助かりますわっ……!」
もしかしたら、前日の言動から何かしらを察したのかもしれない。あるいは言葉通り、犠牲を出さないための手堅い作戦指針で動いているだけか。どちらにせよユリエッティにとってはありがたい話だった。
「にしたって……うぉっ、これ車傷だらけになるんじゃないっ?」
背の低い枝葉がすれ違いざまに車体側面を引っかき、一瞬甲高い音がする。もしこれが貸与車だったらと考え顔を引つらせるムーナに対し、しかし持ち主であるディネトはさして気にした様子もなく返した。
「元より悪路走破のための車両。多少の傷や汚れはむしろ“箔”というものです」
「かっこいいですわ〜っ」
「仕事熱心だな……ま、貴族殺し相手ったらそうもなる、のか?」
まあなんのかんのと言いつつ荒っぽい車体の揺れにも慣れてきたわけで、車の話はこれくらいにと、ムーナは今回のターゲットの情報を思い起こす。王都民や王国貴族のあいだでは有名な人物なようだが、彼女にとっては言われてみれば手配書でみたことあるかも、くらいの相手。
「ええ。その上で元準A級の実力者となれば、これだけの依頼規模もさもありなん、ですわ」
「かつてはヒルマニア国内でも有力な冒険者でした。それがある時から無辜の民を襲い、殺人を繰り返すようになり、そして四年前、遂に」
「貴族様を殺っちまったと」
「はい。以降は逃亡中も行く先々で数人の貴族を殺害し、その後しばらくは姿を消していたのですが……」
「うーん、しかし魔人種かぁ……」
「現在52歳と若い魔人種ではありますが、何か鬱積したものを抱えている可能性は高いでしょう」
王国内では少数であるヒト種以外の種族の、その中でもさらに数が少ない長命の種の一角。ディネトの言葉通り、テトラディは執政者たる貴族になんらかの恨みを持っているという見方が主流であった。
「まあ?アタシの隣にはそのヤバそうなヤツの討伐に一人で行こうとしてた女がいるわけだが」
「うぐぅ……そ、それはもう言わなくても良いではありませんの」
「うっせ。大体、なんでアンタ個人までそんな熱心なわけ? 人助けったって限度があるでしょうに」
「それは、まあ、色々ですわ……」
「色々ねぇ……」
色々である。
例えば、万が一イングルト子爵家が狙われた場合、長年世話になった元側仕えの身が危険に晒されるからであるとか。例えば、四年前にテトラディに殺された伯爵令嬢──フィール・コントレクトが、ユリエッティと面識のある人物だったからであるとか。
「…………」
静かになってしまったユリエッティに、ムーナもディネトもこれ以上言葉をかけることはない。それをありがたく思いながら、ユリエッティは目を閉じ物思いにふけっていく。
──出会ったのは、確か五年ほど前だった。
当時12歳のユリエッティ・シマスーノはすでに女食いの
「…………」
何としても仇討ちを成す、というほどの間柄ではなかったが。しかし悲しみや憤りは当時も今も胸の内にあり。そしてその元凶たる殺人者が今、自分の元側仕えに危害を加えるかもしれない。そんな状況下で全くいつも通りに振る舞うというのは、さしものユリエッティでも難しいことであった。
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