第18話 指名手配犯
ムーナが感じていたギルド職員たちの慌ただしさは一時のものではなく、そしてその理由は数日のうちに冒険者たち、のみならず王都市井の者たちにまで広まっていった。
「…………テトラディ、だそうですわね」
「流石にご存知でしたか」
「ええ、それはもう」
ひとまず受付にまた姿を現すようになったディネトが、同時並行でいくつもの書類を捌きながらユリエッティと言葉を交わす。口にした名と人相書きが記された手配書それ自体は、ずっと前からギルドの指名手配犯一覧のボードに貼り付けられていたものであった。
「ここ数年は鳴りを潜めていましたが……どうやら活動を再開した様子。半月で二名が犠牲になっています」
捻れたツノがよく見える鈍色の短髪に、青い肌。サディスティックな鋭い眼光は白目と黒目が逆転したような様相で、見るも明らかな魔人種の女テトラディ。何年にも渡って凶行を犯し続けている連続殺人犯であり、しかしそれだけではなく、王都の冒険者ギルドまでもがここまでの厳戒態勢を敷いている理由は、彼女がその手にかける“相手”にあった。
「クーベル男爵にメドラ子爵、ですか」
「ええ。以前と同じく、明確に貴族を狙っています」
王都から北北西の位置にそれぞれの領地を持ち、そこに居を構えていた二人の現役貴族が襲撃を受け、相次いで殺害されている。領民や僅かに生き残った使用人たちの証言から、件の魔人種テトラディの犯行であることは間違いなく、そしてさらに悪いことに。
「……王都へ近づいてきている、と」
「はい。その後の目撃証言から、こちらもほぼ間違いないかと」
ヒルマニア王国貴族、特に王都に住む貴族たちの脳裏には、テトラディの名は忌むべき恐怖として刻まれている。彼女が犯した最初の貴族殺し──商業区へ視察にきていた伯爵令嬢を白昼堂々殺害したという記憶でもって。
「王都貴族諸侯は四年前のあの事件の再来を恐れています。テトラディがどんな思惑で再び動き出したのかは不明ですが……」
言いながらディネトは、均した書類たちの上に地図を広げた。先にあげたメドラ子爵領からここ王都までの道筋が、いくつかの赤線で結ばれている。ユリエッティはテトラディの予測経路を描くそれらを順になぞっていったが……ある一つのルートを辿る途中で、その指先の動きをぴたりと止めた。
「……イングルト、子爵領」
経路途中にある街を中心にその近辺を治めている貴族の名前。それを目にした瞬間に脳裏に浮かんだのは、かつて公爵令嬢であった頃の自分に仕えていた侍女の顔だった。門前でした最後のやり取り。実家に帰ると言っていた。家督は彼女の父のもの。だが彼女が──クレーナが今現在、イングルト家の邸宅に身を置いている可能性はある。そしてテトラディは前二件の貴族殺害において、屋敷に忍び込み家族や使用人たちも容赦なく手にかけていた。
目まぐるしく様々なことが頭の中をめぐり、無意識のうちに、地図に触れる指先に力が籠もる。
「ユリエッティ様、どうかなさいましたか?」
「…………いえ」
ディネトの声で現実に引き戻されたユリエッティは小さく頭を振り……しかしそれでも、いつものような鷹揚な微笑みを取り戻すには至らなかった。硬い表情のまま顔を上げ、ディネトと目を合わせる。
「して、これをわざわざわたくしに見せたということは、依頼が出ておりますのね?」
「ええ、お察しの通りです。王国騎士団は、万が一の侵入に備えた王都内及びその近隣の防衛を選択しました。ゆえに王都貴族は連名で、能動的な“討伐”を我々冒険者ギルドに委託してきた」
捕縛でもデッドオアアライブでもなく、モンスターと同じくくりの“討伐”。容赦なく殺せという依頼。犯罪者の労働力利用が当たり前となった現ヒルマニア王国において、処刑の手続きすら踏まず殺害することが認められている、つまりテトラディの罪状と危険度はそれほどであるという証左。
「それは各地のギルドにも?」
「はい。予想されるこれらのルートを、対応可能な冒険者であたって欲しいと。貴族諸侯としても我々としても、人員は多い方が良いですから」
「では決まりですわね。わたくしはこのルートを辿りますわ」
「こちらとしては構いませんが……ムーナ様と相談しなくてもよろしいのですか?」
「ええ、問題ありませんわ。今回の依頼はわたくし一人で受けますもの」
ユリエッティが当たり前のようにそう言うものだから、ディネトは一瞬、目をパチクリと瞬かせてしまった。厳格な彼女の貴重な表情、しかしそれを堪能する余裕は今のユリエッティにはなく、またディネトのほうもすぐに、目付きをいつも以上に鋭くさせた。
「駄目です、それは許可できません。あくまで私は、お二人連名での受領を前提にお声かけさせて頂いています」
「テトラディは危険な相手ですわ。もちろんムーナさんは頼りになりますが──」
「ええそうです、危険な相手です。彼女は魔人種であり元準A級冒険者、ユリエッティ様といえども一人では荷が重い」
「他の冒険者の方も依頼を受けるのでしょう? その方々と協力すれば──」
「現着や遭遇のタイミング、どのルートにどれだけの人員が集まるか等は私でも把握しきれません。たらればではなく確実に、共闘し慣れている相手を頼るべきで──」
「そろそろなのですわ」
「──はい?」
「そろそろ、ムーナさんの貯蓄は目標額に到達しますわ。今さらこんな危険な依頼を受ける必要なんてない」
「……でしたら、ユリエッティ様もお止めになって下さい。貴女一人では、この依頼を受けさせるわけにはいきません」
「…………」
「…………」
僅かなあいだ二人の視線がぶつかりあい……そして、ユリエッティのほうから目を逸らす。
「……そうですか。では、致し方ありませんわね」
肩をすくめるその本心は納得ではなく、むしろその逆だった。依頼を受けられなくとも、ただ自分自身の意思で向かうのみ。そんな様子がありありと見て取れるとなれば、ディネトとしてはなおのこと強く止めなければならない。明らかにいつもとは雰囲気の違うユリエッティを制すべく、さらにさらに眼力を強め、伊達眼鏡越しにほとんど睨みつけるような格好で口を開こうとする。
「ユリエッ──」
「おーい? さっきから全部聞こえてるんだがー?」
そして、入口の方から投げかけられた声に二人揃って顔を向けた。
「ム、ムーナさん、お早いお帰りでしたわね?」
朝イチで受けた依頼を今、昼前には終わらせて帰ってきたムーナに、ユリエッティは珍しく気まずそうに返す。ずんずんと受付へと歩いてくるムーナの耳は後ろ向きに尖り、機嫌が悪いことをこれでもかと示していた。
「まぁ? なにせ? こちとらB級冒険者サマなもんでね? ……デュクシッ」
「いってぇですわっ!?」
横に来ると同時に脇腹を小突かれ、ユリエッティがぴょいと跳ねる。言うほど痛くはないが、けっこうびっくりはした。
「ムーナさん、暴力系ヒロインは嫌われますわよっ?」
「あ? なにアンタ、アタシのこと嫌いなわけ?」
「いえ断じてそんなことはないですが」
「あっそ」
「すげーどうでも良さそうですわね……」
デレと捉えるべきかイヤミと見るべきか……などとおめでたい葛藤が湧いてくる程度には、この一瞬でユリエッティの気勢は削がれてしまっていた。ディネトも少し目付きを緩め、そしてその隙に、鋭敏な聴覚で全てを聞いていたムーナが主導権を握る。
「ってわけでその、てと……テトラディ?とかいうやつの討伐依頼、アタシら二人で受けるから」
「そんな、駄目ですわムーナさんっ。テトラディは非常に危険な輩で……」
「じゃあアタシが“危険だから行かないで♡”つったらアンタ行くのやめんの?」
「そ、それは……」
「即答できないんなら、アタシのこと止める筋合いはないよな?」
「うぐ……」
珍しくムーナがユリエッティに勝っている。
二人の力関係をよく知るディネトには、目の前の光景が非常に貴重で面白おかしいものに見えていた。そして同時に、放っておけば一人で勝手に動いてしまいそうなユリエッティをどうにかするにはこの流れに乗るしかないと瞬時に理解する。
「はいかしこまりましたムーナ様ユリエッティ様連名での本依頼受領を許可しますああそれから今回は久しぶりに私も同行いたしますので」
淡々と途切れのない早口に、ユリエッティは口を挟むことすらできなかった。二対一で、しかも普通に考えれば相手のほうに分がある。さしものユリエッティも、もはや覆せる状況にないと認めざるを得ず。ムーナのデュクシで気勢を削がれたのもあってか、諦めたようにため息をつくしかない。せめてもの抵抗にと、抜け目のない事務受付統括へと問いかけた。
「……なんでディネトさんもご一緒しますの?」
「諸々総合的に判断して、です」
かくして『爆霊鮫』討伐以来の、ユリエッティ、ムーナ、ディネト三人パーティーが結成される運びとなるのだった。
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