第17話 猥談
もうすっかりと冬の時期。王都では降雪はおろか気温も大きく下がりはしないが、それでもみな寒さから着込むようになる、そんな頃合い。
ムーナの体はもう、完全に落ちていた。
決定的だったのは、今からひと月ほど前に受けた、二人のB級昇格最終査定も兼ねた長期の遠征依頼だろう。片道で十日以上、現地での調査・討伐に一週間ほどと計一ヶ月近い時間をかけた、王国僻地の湿地林に生息する“蟒蛇”の討伐。それ自体は──危うく二人まとめて丸呑みにされかけるというちょっとしたピンチはあったものの──まあ無事に達成し、両者とも晴れてB級冒険者への昇格を果たしたのだが。
遠征なのだから当然、道中は行く先々の宿を利用する。そんな中で王都での拠点ほどのレベルの宿泊施設などそうはなく、すっかり喘ぎ声が大きくなってしまったムーナはその間、良い機会だからとおセックス断ちを敢行した。なんのかんのストイックさには多少なり自負があった猫耳の少女。ハマってるとは言ってもそんな中毒者じゃあるまいし、初めてのおセックスでちょーっと抑えが利かなかっただけで、その気になれば節度くらい身につけられるし、と。
そして“蟒蛇”の討伐を終えた日の夜、我慢できずに自分からユリエッティに声をかけた。
ムラつきを察したユリエッティから手を出していたそれまでの性欲処理とは一線を画する、耐えきれず漏れ出した雌臭をむんむんに纏ったムーナのほうからのお誘い。
敗北宣言にも等しい「いいから……シろよぉ……」にユリエッティが恐ろしいほど張り切ったのは至極当然のこと。それはもうぐっちょんぐっちょんの大変なことになり、ついでに流れで、あっちやらそっちやらくちゅくちゅ弄り回されながらそもそものきっかけ──盗み聞きの件まで洗いざらい吐く羽目にもなり。そのおしおきと称してさらにあれやらそれやら……
現地滞在が半日延びるほどの目に遭ってムーナは、少なくともその“性”の部分は、完全にユリエッティに掌握されていた。
「──それで、この前ユリエッティさんにシてもらったのをお姉ちゃんにヤってみたらドハマりしちゃいまして」
「あー、やっぱ姉妹だと性感とかも似てくるのかね?」
「うちはそうだったみたいです。交代でシたりシてもらったり……最高でした」
「良いねぇ」
「…………なんて会話してんだよ……」
だからこそ今ではもう、こうしてまだ日も暮れないうちから、ギルドで他のセフレ共のあけすけ過ぎる歓談に混じったりもしているわけで。ムーナは目をジトーっと細め、自分よりも少し年下らしい町娘と妙齢の女冒険者のやりとりにツッコミを入れていた。
「あーしもこの前さぁ、幼馴染と話の流れで“いっちょヤってみっか”みたいな感じになってさぁ」
「え、え、それってあそこの八百屋の?」
「あーうん、そう。どっちもユリエッティとヤったことあったから、女同士もありかなぁって感じで……そしたら体の相性めっちゃ良かったみたいで、それでそのー、そのまま
女冒険者が口にした“そういう仲”がただの幼馴染とも、セのつくお友達ともまた違う関係性であることは、その表情を見れば容易に察せられる。近くのテーブルで話を流し聞いていた別の冒険者の一団から、きゃーだかやーだかわーだか分からない歓声が上がった。それなりに騒がしくしてしまっているが……今日のギルドは職員たちがいつもより忙しそうにしており、そのせいもあってか、幸い自分たちがとくに悪目立ちしている様子もない。だもので女たちの猥談は止まらず、その矛先はシームレスにムーナのほうにも。
「んで、“お気にちゃん”は普段どんなことされてるわけ?」
「その呼び方やめろや。ってか普通、そういうのってべらべら喋るもんじゃなくない……?」
「い、言えないほど凄いことされちゃってるんですかっ?」
「そういうわけじゃねーよっ」
ないよな……? と、内心少しだけ不安になるムーナ。
形ばかりの憎まれ口を叩いては
「お気にちゃん顔、顔」
「……んはっ」
また、ディネトの言うところの恋する乙女のような顔をしてしまっていたらしい。女冒険者も町娘もにまにまと微笑ましいものでも見るような目を向けてきており、それがまたなんとも落ち着かない。苛立たしいような恥ずかしいような、でも本気でキレそうになるものでもなく、しかしやっぱりむず痒い。
ディネトが変なこと言うから……などと受付の方を睨みつけてみたが、あいにくと今日は彼女も忙しいのか、ムーナの目には事務受付統括たる堅物の姿は見えなかった。
「というかムーナさん、嫉妬とかはしないんですか?」
「え? 嫉妬? なんで?」
「だってユリエッティさん、ムーナさんが隣室にいるにもかかわらず、いろんな女性を連れ込んでるじゃないですか」
「……? アイツが女抱くのなんて飯食うのと同じくらい普通のことでしょ?」
最初から一貫してそういう女だと分かっている(なんなら本人が喧伝している)のだから、呆れはすれども嫉妬など。
……と思う一方でムーナにも、頭の片隅に引っかかっている女性は一人いた。
ユリエッティのかつての、いや、今も恋人同士なのだろう女。追放されもう会うことも叶わないが、それでも想い合っているらしい人物。ユリエッティは今でも、七の日の夜の自慰行為を欠かさず続けている。黙認されたうえでときたまそれを盗み聞いたりしているムーナにしても、それほどまでに想われる相手がどういう人物なのか、全く気にならないと言えば嘘になる。しかし同時に、それが嫉妬かと問われると……という塩梅。
「まー確かにそうだけどさぁ。お気にちゃんはその辺、寛容だねぇ」
「寛容ってのもよく分から──ちょっと待て、なんでアタシが嫉妬とかする前提なんだよ」
はたと冷静になる。それじゃまるでアタシがアイツのこと好きみたいじゃん。ユリエッティはあくまで相方 兼 セフレであって、そりゃあまあ信頼はしてるし、おセックス上手いし、ベッドの上では気絶寸前まで弄くりまわされるくらい身を任せちゃってるけど、でも断じてそういう好きではない。恋する乙女の顔なんてしていない。断じて。断じて。今も変わらず、ヤるときでも耳当て帽脱いでないし。
「だって……」
「ねぇ?」
だというのに目の前の女共ときたら、至極当然とでも言わんばかりの顔をしているのだ。
「……んだよぉ」
「最初にユリエッティさんと仲良くなって」
「あの女好きのユリエッティが唯一パーティー組んでて」
「明らかに一番気にかけてて」
「抱かれるまでじっくり攻略されてた人ってなると」
「「「「「……ねぇ?」」」」」
「うおっ増えんなビビるわ」
遠巻きに聞いていた連中まで寄ってきて、謎の圧力をかけてくる。何をそんな惚れただの腫れただのと……と思う一方で、そもそもこの、ギルドや冒険者近辺で女同士のアレコレが話されるようになった現状自体がユリエッティの影響でもあるわけで。王国の現状を鑑みれば圧倒的に少数派、ともすれば異端、国難を軽んじている不埒者たちなのかもしれないが……拡めた張本人でもないのに少しだけ嬉しくなってしまうのは、自分もまた、ベクトルは違えど少数者に属しているからなのだろうか。
呆れ顔の裏でそんなことを考えつつ(もちろんユリエッティに伝えるつもりは毛頭なく)、ムーナはもう少しだけ、ギルド内の騒がしさと猥談に混じっていた。恋する乙女云々は全否定しながら。
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