第14話 遠征依頼 3


 ユリエッティが爬獣人の女を下すのと前後して、ムーナもまた一団の中でも実力者、リーダー格と思しき男と相対していた。ここまでの僅かな時間で人数差は逆転しており、周囲では地元冒険者たちが慎重に立ち回りつつ残りの野盗共を一人ずつ無力化している。

 ムーナは男──狼顔の獣人を睨めつけ、潰れた剣の切っ先を向けながら耳を忙しなく動かす。


「クソっ……! 獣人が俺達の邪魔をするのか!」


「人種は関係ないねっ、冒険者として依頼をこなしてる、だけっ……!」


 両手に装備した鉤爪を振り回してくる男に対し、ムーナはなるべく小さな動きでそれを回避し、時に剣で受け流す。実力は自分の方が上だが、恐らく冒険者崩れであろうその男も決して弱い相手ではなかった。対人戦の経験が浅く、いつもの剣とは微妙に取り回しの違う得物というのもあって、少しばかり慎重に立ち回るムーナ。その褐色の肌を捉えそこねた鉤爪の先を剣でへし折ろうとすれば、リーダー格の男も俊敏に身を引きそれを回避する。


「生き辛さに抵抗して何が悪いっ!」


「それがっ、罪を犯して良い理由になるってっ!? アンタたぶん、元冒険者だろっ? 金稼いで合法的に逃げようとは思わなかったのかよっ!!」


「隣国に移り住むだけで、クっ……! なんで大金払わなきゃならないんだ……!!」


「それはァ……正直言えてるよっ!!」


 刃と言葉を交互に交え、しかし少なくとも前者に関しては、やはりムーナの方へと趨勢が傾きつつある。突き出した瞬間にカウンターを受け、男の右手の鉤爪が粉々に打ち砕かれた。勢いそのまま、ムーナは攻勢を強めていく。


「でもしょーがねぇだろっ。そういう時代に生まれちまったんだから!」


「それは諦観だっ……屈服だっ! 良いのかそれで!?」


「アタシはそれで良いっ!」


 ばっさりと切り捨て、言葉と同じく剣を振りかぶって幕を引こうとするムーナ。その上段の構えに、男が体勢を崩したままニヤリと笑う。


「馬鹿がっ!」


「誰がァっ!!」


 突如として後方から飛来した魔法矢を、ムーナは叫び返しながら、見もせずに頭を傾けただけで回避した。狙いを外した一撃は、その先にあった男の肩を貫く。


「グガっ!?」


「ユリっ! アタシの右斜めけっこう後ろの木の影!!」


「あいさー、ですわっ!!」


 かなり曖昧な指示だがユリエッティはその意図を正確に汲み取り、一団から少し離れた位置に潜んでいた森人種──自身らをエルフと名乗る種族の少女へと肉薄した。慌てふためく長耳の少女へと、逃走も反撃も許さないまま拳を顎に掠めさせ、脳を揺らして昏倒させる。


「……その歳で、自分の意思ではなかったなどとは言わせませんわよ」


 崩れ落ちる少女へ言い捨てられた言葉は、ムーナの耳にも届いていた。同時、苦しげにこちらを睨みつけてくる男の声も。


「くそっ……どうやって感知してっ……!」


「アタシ、耳が良いもんでな」


「ふざけるなっ!そんなものでエルフの魔法が──」


 ゴンッと乱暴に剣の腹で頭部を殴打され、リーダー格の男も意識を失う。この時点で残った野盗は数名。それを冒険者らが無力化し、二人ほど逃走を図るもムーナとユリエッティに即座に追いつかれ……結局、交戦から僅か十五分足らずで野盗の一団は残らず捕縛された。



  

 ◆ ◆ ◆



 

「……正直さ、アイツらの気持ちも分かるんだよ。たまに不便というか、ここってヒト種のための国だなぁって感じるときあるし……で、だからって国を出ようとしたら審査は厳しいし大金持ってかれるしでさ」


 帰りがけの山中、ムーナはユリエッティにだけ聞こえるように小さく呟いた。


 ──ヒルマニア王国は、その人口の八割以上がヒト種で構成されている。

 それ以外の種族への差別意識などはとうの昔に消え去ったが、しかしどうしたってこの現代でも、あらゆる仕組みがヒト種を基準として作られていく。それは例えば、右利きを前提とした社会において、折に触れ左利きの者が不便を感じるように。順応できる者もいれば、耐え難い者もいる。あるいは時に、不運にもその影響が命や人生にまで及んでしまう者すらも。野盗の一団は、順応できなかった者たちだった。


「俗に言う出国税。人口減少抑制のためとはいえ、歪な方策であると思ってしまうのも致し方ありませんわね……」

 

 隣国──ヒルマニア王国と大陸を二分するヨルド共和国は、他種族・多民族の入り混じった国家であり、長命種たる現首長の優れた施策によってあらゆる種族が互いを尊重しあって暮らしているという。ヒルマニアに生まれたヒト種以外の種族がそれに憧れるのは何らおかしな話ではなく、けれども移住制限が、彼ら彼女らを縛り付ける。

 生まれた国が悪かった。生まれた時代が悪かった。たったそれだけのことで、どこか息苦しさを感じながら生きていかなければならない。ほんのすぐ隣の国では、自分たちと同じ種族の者たちが不自由なく暮らしているというのに。


「しかも年々増額してくし」


「この調子で行けば、どんどん国から出るのが難しくなっていきますわねぇ」


「ん。ま、アタシはラッキーな方だったよ。金稼げる能力もあったし、良い相方もいるしさ」


 なにか間違ってれば、アイツらみたいになってたかもだけど。連行される野盗たちを見ながらそうこぼすムーナは、感傷に浸っているがゆえにか、自分の口が随分と素直になっていることにも気づかない。今や家名無きユリエッティには精々、その言葉をとっかかりに空気を変えることくらいしかできなかった。


「ふふ、今回の依頼の最大の収穫は、ムーナさんのデレを摂取できたことですわね」


「は? 意味分かんないんだけど。なにコワ」


 そうして話すうちに少しは気も晴れ、また木々も開けて山の麓近くまで戻ってきた一同。野盗に睨みを利かせつつもアルカを口説き夕食に誘っているユリエッティに、ムーナは登りの際と同じような呆れ顔を向けていた。




 ◆ ◆ ◆


 

 

 下山後に一晩を過ごしてから、ユリエッティとムーナは麓の街を出立した。


 ユリエッティとしても、遠征先で年上の女を相手に目隠し緊縛放置と慰め甘やかし全身愛撫を交互に三セット施すというのは初めての試みではあったが……朝の別れ際、頬を染めたアルカが「すっごい整いました……」などと言ってくれたのだから、なんの不満もあろうはずがなく。「案外、同性の方がアルカさんの趣味を理解してくれるかもしれませんわよ?」「はい、その……なんと言いますか……盲点でしたっ……」とかなんとか不純なやりとりをしたのち、ユリエッティは魔動車の運転手席に乗り込み。ムーナはそれを助手席からジト目で眺めていた。


 行きと同じく帰りも三日。

 各日道中の街で夜を過ごし、特になんの問題もなく王都に帰り着く──はずだったのだが。


 ムーナにとっての悲劇は二日目の夜、週の終わりの七の日の夜に起こった。

 王都で住まうあの宿ほどではないが、それなりに防音もしっかりしている宿の、隣りあった部屋をそれぞれ取り。一緒に夕食も済ませて、あとはもう寝るだけという頃合い。

 ああそういえば今夜だなぁなどと、変な好奇心と、遠征依頼を達成した気の緩みと、あとなんやらかんやらからついうっかり、ムーナは耳をそばだててしまった。ほんの出来心。壁の板材に施された防音魔法処理の継ぎ目を正確に見極め、そこに三角耳をピタリと当ててみた。


「──ヴィ……アっ……わたくしの、……っ!んっ……ぁっ、ぁあっ……!」


「っ」


 僅かに聞こえた艶めかしい声に、すぐさま身を引くムーナ。何かとてもマズいことをしてしまったような気になり、ベッドへ潜り込んでタオルケットをかぶる。聞いた感じからして、ユリエッティ自身も外に漏れないよう声を抑えているのだろう。聞こう聞こうと思いさえしなければ、彼女の夜泣きが壁を貫いてくることはない。


「っ、……〜〜っ……!」

 

 けれどもまるで、頭の中にまでこびりついたかのように。あの一瞬だけの嬌声が、ムーナのピンと立った耳から消えることはなかった。

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