第13話 遠征依頼 2


 今回の依頼内容は、山中に居着いている野盗集団の捕縛である。


「──じょ、状況次第では殺害もやむなしですが、えと、可能な限り生かして捕まえるように……とのことですっ……!」


 予定通り三日で麓の街に到着したユリエッティとムーナはその翌朝、さっそく山の中へと足を踏み入れていた。二人きり……というわけではなく、地元の冒険者六人と、同じく地元のギルドで普段は事務受付をしている女性──アルカの、計九人の大所帯である。整備された山道は使わず、地元冒険者たちの先導で木々を分け入って進んでいく。

 捕縛対象である野盗の頭数はこちらの倍以上と推測されるため、C級候補を集めた冒険者たちの表情は引き締まっており、受付嬢アルカなどはびくびくと怯えを露わにしていた。


「ええ、存じておりますわ。心配なさらないで、わたくしたちも全力を尽くさせていただきますもの」


 自分より五つも年上の──しかし自分よりも小柄で小動物めいた──女性の隣を歩くユリエッティは、わざわざ唇を寄せてその耳元に優しく囁きかける。半歩分詰められた距離は、すでに肩が触れそうなほどに近い。


 アレ絶対あとでつもりだろ。

 反対隣を歩くムーナは平常運転なユリエッティにやや呆れながらも、脳内で改めて依頼内容を反芻していた。


 野盗集団の捕縛。

 この山そのものにはそれほど価値はない。しかし車両も通れるほどに整備した山道が野盗共によって実質的に封鎖されてしまっている現状、山向こうへの移動に大きなロスが生じてしまっているのが問題だった。 

 国視点で見れば騎士団(例によって絶賛人手不足である)を派遣するほどの案件ではなく、しかし土地の領主にしてみれば、なんとかしなければ損害は膨らむばかりで、領民からの信用にも関わってくる。野盗共は冒険者崩れも混じった多種族混成の一団ゆえ、存外に手強いというのも厄介なところ。そこで領主が街の冒険者ギルドに掛け合って他の支部へと応援を要請し、地元の有力な冒険者たちも招集して実行に移されたのが、今回の依頼であった。


「……っても、捕縛は正直めんどいんだが」


 誰にも聞こえないように小さく呟く程度には、ムーナにも気遣いというものがある。背負っているのは、街のギルドから貸与された刃の潰れた長剣。いつものやつだとうっかり斬り殺しかねないと、ムーナ自身が要求したものであった。

 大昔であればこのレベルの犯罪者は領主の判断で首を刎ねるのも珍しくはなかったらしいが、現代では人道的配慮から極力極刑には処さない……というのは表向きの名目で、実際には犯罪奴隷として限界まで使うのが当たり前となっている。言わずもがな労働力確保のために。これまでにも何度か犯罪者の捕縛を請け負ったことのあるムーナだったが、正直モンスターを狩るほうが幾分か楽に思っていた。


「──アルカさんほどの美人であれば、恋人なり配偶者なりはいらっしゃるのでしょうけれども」


「──いえいえそんなっ……!……あのその、恥ずかしながら……今まで誰とも長続きしなくって、ですね……」


「まあ……失礼ながら、何かえげつない趣味をお持ちですとか?」


「そっ、そそそそんなわけないじゃ、な、ないですかっ……!」


「ふふ、気になる反応ですわねぇ」


「いやいや、いやいやいやいや──」


「おーい、そろそろ静かにしてた方がいんじゃねぇの?」


 いつのまにやらクソしょーもない雑談に移行し、アルカの恐怖をそれとなく和らげていたユリエッティを、ジト目で睨むムーナ。彼女の鋭敏な三角耳は今のところ野盗の気配を感じ取ってはいないが、事前に共有していた彼らの頻出ポイントが近いのも確かだった。


「おっと失礼、わたくしとしたことが。ふふ、続きは依頼を達成してからゆっくりと、ですわね」


「ぅぅ、すみません……」


 最後に安心させるような笑みを向け──アルカが嬉しそうにはにかんだのをムーナは見逃さなかった──それきり静かになったユリエッティに、(ほんとコイツ、女相手だとうまく立ち回るよなぁ)などと改めて思う獣人少女であった。


 


 ◆ ◆ ◆




 野盗の頻出ポイント到達からしばらく。

 そこから僅かな人の痕跡を辿り調査を進めていた一同は、遂にその一団と遭遇した。周りを囲まれ、奇襲を受ける形で。そして、ムーナの優れた五感でそれを事前に察知し、迎え撃つという形で。

 

「──来るよッ!!」


 声と同時に、ムーナが突風の魔法を周囲全方へ放つ。襲いかかってきた二十人ほどの人影の大半が足を止め、さらにその中でも転倒してしまうものが幾人か。冒険者たちが魔法や物理攻撃でそれらを無力化し、突風を耐えた実力のある者らにユリエッティとムーナがいち早く挑みかかる。


「皆さんは弱そうなやつから順にっ!」


 師匠──傲握流グランドマスターのお陰で対人戦にはそれなり以上の心得があるユリエッティは、そう叫んだときにはすでに手近にいた二人を拳で昏倒させていた。ムーナよりも獣の割合が大きい獣人種(何系かは判別できなかった)たち。その後ろから飛びかかってきた小人種の女を容赦なくアッパーで沈め、また別の有角種の男の一太刀を身を翻して躱し、その勢いのまま近くにいた粘人種(拳の感触で分かった)を裏拳でぶちのめす。表皮をスライムのように波立たせるそいつが倒れていくのを視界の端で一瞬だけ確認したのち、ユリエッティは止まらず地を蹴って、剣を振るってきた有角種へと肉薄し腹部へ一撃。


「す、すごいですっ……さすがは準B級……!」


 僅か数秒のうちに五人を倒した黒髪の女に、場の中心で小さくなり身を守るアルカは思わず感嘆の声を漏らす。バッチリ聞こえていたユリエッティはにんまり笑いながら周囲を一瞥し──より実力のありそうな敵二人のうちの片方へと飛びかかっていった。


「ムーナさんっ!!」


「あいよォ!!」


 もう片方を、自身と同じく早々に複数人を沈めていた相方に任せつつ。


「さあさあ、観念することですわねっ!」


「チクショウっ……あたしらが何したってんだよ……!」


「犯罪行為ですわっ!」


 罪状の確定がどうのという段階はとっくに過ぎている。憎々しげにこちらを睨む爬獣人種の女が、この野盗の一団が、多くの罪を犯してきたのは間違いない。だからユリエッティはなんの容赦もなく暴力を振るう。全身を鱗で覆われたトカゲと人間の中間のような体に、グローブで覆われた拳を叩きつけていく。

 見立て通りその女は、野盗共の中でも一、二を争う力を有していたのだろう。ユリエッティの攻撃を幾度か凌ぎ、防ぎきれずとも頑強な肉体で少しのあいだ耐え。けれども圧倒的な実力差の前に、やがてあえなく膝をつく。


「クソッ、クソックソッ……!こっちの国に、生まれたってだけで……!」


「……ごめんあそばせっ」


 悔しげな声を漏らすその顎に強烈な右ブローを食らい、爬獣人の女は意識を失った。

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