第12話 遠征依頼


 ユリエッティとムーナが受ける依頼のほとんどは日帰りか、長くとも二、三日ほどで帰ってこられるものばかりである。当人らがそういう依頼をピックしているというのもあるし、そもそも魔動車を使ってもなお日数のかかるような遠方の依頼などそう多くもない、というのもある。大昔ならいざ知らず、現代ではほぼ全ての街に冒険者ギルドとそこに住み着く冒険者たちがいるのだから。


「──ってもそれじゃ、“冒険者”じゃなくね? って話なんだけどな」


「まあ……街の外に出ればほとんどが野道獣道で魔動車なんてものも無かった大昔は、それこそ討伐依頼一つこなすだけでも大冒険だったらしいですもの」


 それをもっていつしか冒険者と総称されるようになり、そして今に至るまでそう呼ばれ続けている。というのは、ギルドのマニュアルからの受け売りなのだが。


 雨の気配は薄い、ほど良い曇り空の下。すっかりと手に馴染んだギルド所有魔動車のハンドルを握りながら──二人とも精力的に活動しており貸与物は丁寧に扱うため、もうスムーズにレンタルできるようになった──、ユリエッティは言葉を続ける。


「ですがそれなら、今回の依頼は多少なり“冒険”らしいと言えるのではないかしら?」


「結局ほとんど車移動だけど」


 二人がいま向かっているのは、王都からざっくり北東側に位置する山岳地帯であった。車でも片道三日ほどはかかる距離、途中途中で街に寄りながら山の麓を目指す、その一日目の昼下がり。

 

「麓の街からは歩いて登山。まさしく冒険ではありませんの」


「まー確かに。って、アタシは別に冒険したいとは言ってないし」


「あら失礼」


 ひん曲がったムーナの口元が必ずしも不機嫌を表すものではないことを、ユリエッティはもう知っている。正真正銘二人きりの道中、軽口の叩き合いは良い暇つぶしになるのだ。


「今回みたいな話でもなきゃ、一つの依頼にあんまり時間はかけたかないし」

 

「それはわたくしもですわねぇ」


 報酬額もさることながら(応援要請してきた街の支部から取れるだけぶん取ったとディネトが漏らしていた)、この依頼を達成できればB級昇格の可能性が高まるなどと言われれば、足取りも軽くなろうというもの。

 逆に言えば今回が例外であり、基本的に二人は王都近辺から離れたがらない。


「んー……アタシはほら、金稼ぎの回転率重視でやってるってのは、言わなくても分かってるだろうけど」


「ええ」


「アンタは別にそういうんじゃないでしょ?」 


「ええ、ええ。ですが不在のあいだ、待たせてしまう相手がおりますので」


「あー……セフレ共ね」


 言われて得心したと頷くムーナ。隣人として、ユリエッティがよく部屋に連れ込む女たちの顔もすっかり覚えてしまっている。今回でいえば一週間かそれ以上のあいだ、彼女らは放置されることになってしまう。きっと帰った頃には順番待ちができているのだろう。別に交流があるわけではないのだが、幾人かはときおりギルド近辺で見かけては(あ、一昨日来てたヤツじゃん)などと思ったり。もちろん中には、一度二度の夜遊び以降は隣室を訪れなくなる者もいるのだが。しかし不思議なことにその手合いの女たちも、そののちにユリエッティとの交流そのものが途絶えるかというと、どうもそうではないようで。


「その辺どうなってんの? 普通、気まずくなったりしそうなもんだけど」


 思い浮かんだままに聞いてみれば、ユリエッティは前を向いたまま小さく微笑んだ。

 

「ふふ。わたくしと夜を共にした女性のその後は、おおむね三パターンに分かれますわ」


「へぇ?」


「わたくしとのおセックスを好きになる方、わたくしを好きになる方、そして女性を好きになる方、ですわ」


 ……つまりあれか。抱かれてもセフレにならなかった女たちは、他の女とヤってるってことか。ムーナが金色の視線でそう問いかければ、助手席を見もせずにユリエッティは頷く。


「あー、なんて言うんだろ……目覚める、的なヤツ?」


「本人が元々持っていた気質を自覚する、という意味ではそうですわね」


 楽しげに語るユリエッティ曰く。

 彼女が惹かれる・彼女に惹かれる女性というのは、潜在的に同性への情愛を抱いている者が多く。ユリエッティに抱かれることでそれが表出し、先に挙げたいずれかのパターンに向かっていくことがほとんどなのだとか。


「なるほどねぇ……」

 

 そんなわけの分からないことが、と切って捨てることは今のムーナにはできなかった。相方として隣人としてさんざ見てきたのだし。それに、そのくらいの影響力があったからこそ、“女性を愛し過ぎて”などという理由で追放処分にまで至ってしまったのだろうから。きっとユリエッティは、多くの者の人生を変えてきたのだ。そしてそれは“子を成すこと”の価値が高まっている今のヒルマニア王国内で、悪い方向に転がってしまう可能性があることも、理解できてしまう。

 ムーナは一度黙り込み、けれども結局、いつものトーンで口を開いた。

 

「アンタ、いま楽しい?」


「ぼちぼちですわねぇ。自由はこれ以上ないくらいに感じておりますけれども」


 確かにムーナの目から見ても、ユリエッティは随分と自由を謳歌しているように思える。良い宿に住み着き、好きに飲み食いし、女を連れ込み。それでいて、明確な目標があるムーナ以上に種々様々な依頼を受けまくって金を稼ぎ。

 ……こうなるとむしろ、優良とはいえ未だ宿暮らしに甘んじているのが不思議に思えてくるくらいだ。収入の面で言えば、今の宿以上に快適な借家だって手が出せるだろうに。女を連れ込むにも、そっちのほうが諸々気を使わなくて良いようにも思える。

 などと、またも思い浮かんだそばから聞いてみるムーナ。脈絡があるようなないような、しかし片道三日の旅路の最中なのだから、暇つぶしの雑談なんてこんな程度で良いだろう、などと考えながら。

 

「……まあ、今のわたくしは根無し草ですから」


 返事はなんとも要領を得ないもので、けれどムーナもそんなものかと適当に納得する。すると一転、ユリエッティはにんまりと笑みを深めて。


「しかしアレですわね、ムーナさん」


「あん?」


「そんなにもわたくしに興味を抱いてくれているだなんて感激ですわっ。どうでしょう、この依頼が終わったらぜひ、ぜひぜひ、ベッドの上でお互いを隅から隅まで理解しあ──」


「せんわボケ」


 普段はムーナを直接的に口説くことは少ない彼女だが、流石に今回は獲物の方から隙を晒してしまったようで。ことさら辛辣に切って捨てつつ、しかし(セッ、クスねぇ……)などと、今まで無縁だったそれへと多少なり湧き上がりつつある関心は、表情に出さないようにする獣人少女であった。

  

 二人が出会ってから、もう半年ほどが経過していた。

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