第8話 ユリエッティという女 2


 購入から少し経ち、ムーナも遠話器イヤーカフの扱いに慣れてきたある日のこと。

 単独で採取依頼に赴いていたユリエッティがギルドへ戻ってくるその瞬間を、ムーナはディネトと話しながら感知した。柔らかい耳当て帽に覆われたままの三角耳がピンと伸び、戸が開くその前に、ユリエッティ特有の鷹揚な足取りを捉える。


「ただいま戻りましたわ〜」


 うるさすぎない程度に張り上げられたその声がある種のパフォーマンスであることを、ムーナとディネトは薄っすらと理解しつつあり。そして、自覚もできぬままその網に引っかかる女がいることにも、すぐに気づいた。


「おーうおう、新進気鋭のユリエッティ様のお帰りかぁ?」


「ふふ。お陰様で、ですわっ」


 今回ユリエッティが受けた依頼は、今や王国内で貴賤を問わず広く使われている精力剤の材料となる植物の調達。そしてその群生地や上手い採取方法を──今夜一杯奢るという約束で──教えてやったのは、今まさに彼女にヤジを飛ばしている冒険者の女に他ならない。依頼達成の報告をするよりも先に、ユリエッティはその短髪の女性が座るテーブルへと向かう。“もうあれで何人目か……”というムーナたちの視線など、まるで意にも介さずに。


「助言、感謝いたしますわ」


「どうも。準B級相当スタートのユリエッティ様には、必要なかったかもしれないけどねぇ」


 セリフに反して嫌味のない快活な声音に合わせて、周囲にいた数人の冒険者たちからも笑い声が飛び交っていた。


「あらまあ、わたくし確かに腕っぷしには自信がありますけれども……冒険者としてのノウハウは、皆様に遠く及びませんことよ?」


「嬉しいこと言ってくれるねぇ」


「今後ともこの家名無きユリエッティに、ご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いいたしますわ」


 あえて慇懃に振る舞うユリエッティに、またヤジとも歓声ともつかない声が上がる。彼女が来てからギルドが賑やかになっていることは職員に──ディネトにとっても認めざるを得ない事実であった。ユリエッティにのされた“剛腕”のバスがすっかり大人しくなっていることも、彼女が好意的に受け入れられている理由の一つであろう。

 

「まっ、精力剤の原材料調達は大手商会からの依頼だからねぇ。今後もなくなるってこたぁないはずだし、コツを覚えておいて損はないさね」


「常に需要があるという話ですのね……まあ、わたくしはあれ使ったことないのですが」


「そうなのかい?」


「ええ。わたくしは己の身と心だけで女性を愛する主義ですわ」


「アッハハ!ウワサはマジなんだねぇ」


「マジですわよ〜」


 わざとらしく手をワキワキとさせるユリエッティ。女冒険者は豪快に笑っている。彼女が女性を愛する女性であるというのは、主に冒険者やギルドに出入りするの人々のあいだですでに広まりつつある話だった。この通り当の本人が開けっぴろげな言動をしているのだから、当然のことなのだが。

 体格も気風も良い女冒険者がカラカラと笑いながらも、しかし少しずつユリエッティのペースに呑まれていっているさまを見ながら、ムーナとディネトはカウンター越しに小声を交わす。

 

「……一昨日、たまたま会ったらしい旅の女? とやらと二人で歩いてるの見かけたわ」


「……その三日前には、モンスターの討伐中に偶然助けたという王都民の少女と連れ立ってギルドを訪れていましたね」


 女を抱きまくったせいで家を追い出された。

 そんな彼女の言葉に嘘偽りはなく、そしてその性根は家名を剥奪された程度で変わるものでもないのだということは、その普段からの言動を見ているだけで察せられる。比較的近い距離感で接している獣人少女とギルド事務受付統括にとっては、なおのこと。


「正直アタシにはまだ、女同士ってのがよく分かってないんだけど」


「ええ。ですが──」


 裏を返せばそれは目新しさでもある。産めよ殖やせよが国を上げての気運となっている現ヒルマニア王国にも、そんな圧力にどこか辟易している女というのは確かに存在しており。その中の幾人かが、ユリエッティの“女と女”という有りように惹き寄せられているのも、また事実。

 そもユリエッティ自身が、同性ですら嫉妬も湧かないほどの美貌と、妙な喋り口というフックと、それでいて話してみれば善良でノリも良いという魅力を備えているのだから。さらにさらに腕っぷしも強いとなれば、注目を集めてしまうのもまあ、致し方のないことなのだろう。

 それこそ、貴族時代に令嬢や侍女を落としまくったのと同じように。


「──あれで中々、女性からの人気も高いようですよ」


「……アイツ、国難を助長してるんじゃないの?」


 言いながらも、まさしくそれが追放された理由であるということは実感できぬまま、どこか他人事のように振る舞うムーナ。一度外観だけ見たことのあるアイツの宿泊先に、この一ヶ月余りで一体何人の女が連れ込まれたのか……女とか男とか以前に、そもそも性交というものをよく分かっていないムーナにしてみれば、なにがユリエッティをそこまで駆り立てるのか、今一つ理解が及ばない。

 そんなことより依頼をこなして、金を貯めて、実績を積んで。目的を達するための道筋は、けれども最短を目指せば目指すほど、実力は確かな女好き女の手を借りた方が良いという考えが頭を過ぎる。例えば今日、話を詰めようと思っていた討伐依頼であるとか。


「ディネト」


「はい」

 

「この依頼の話は……明日、改めてするわ」


「かしこまりました」


 すっかり盛り上がり、今にも繁華街へ消えていきそうなユリエッティと女冒険者を眺めながら、ムーナはそう告げる。カウンターに置かれた依頼書を、ディネトは静かに手元へ引き寄せた。


「急を要するものではないので……キープということで、明日中までは私の方でお預かりしておきましょう」


「助かる」


「いえ。ムーナ様もユリエッティ様も、我が王都支部注目の人材ですので」


「嬉しいコト言ってくれるわねぇ」


 準B級相当の討伐依頼──ユリエッティと連名で受けようと考えていたそれをディネトに預け、ムーナは溜め息を漏らしながら受付から離れていった。そのままテーブルスペースにも立ち寄らず、静かにギルドを後にする。すれ違いざま、さり気なくウィンクを飛ばしてきたユリエッティに“抜け目ねぇなこの女……”などと呆れながら。

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