第7話 ユリエッティという女


 『怨怨爆暴四岐霊鮫』の討伐から一ヶ月ほどが過ぎた。連携によりB級モンスターを討伐した功績をもってユリエッティとムーナはどちらも冒険者ランク準B級への特例昇格が認められ、冒険者ギルド王都支部でも一躍有名人に。ランクの確定は今後の活躍次第ではあるが……このひと月のうちにこなした依頼の結果からも、少なくとも戦闘技量に関しては準B級はおろかB級候補とまで噂されている現状。

 全ての依頼に連名で挑むというわけではないが、それでも受けられる依頼の幅は大きく、また難易度の高いものは二人で受けては実績と連携を磨き……と言った塩梅で、端的に言って二人はいまウハウハだった。


「──と、いうわけでっ。遠話器イヤーカフを買いに行きますわよ!」

 

 そんな春と夏のあいだの時節、過ごしやすい晴れの昼下がりに、ユリエッティはムーナを連れ立って商業区を訪れていた。


「んー……」


 楽しげなユリエッティに対し、ムーナはどこか逡巡するように眉間にしわを寄せている。実用的な魔道具を扱う区画はもう少し先で、ユリエッティにとってはこの道中自体がちょっとしたデート気分であった。


「まーだ悩んでいらっしゃいますの?」


「いやだって、出費……」


 未だその事由こそ語られていないものの、ムーナが何かしらの目的を持って資金を集めていることはもはや、ユリエッティやディネト以外の外様にも知られつつある彼女の行動原理の支柱である。少なくとも庶民にはまだ手の出しづらい価格帯である遠話器イヤーカフの購入を渋るのも、無理からぬことではあった。


「以前にも言いましたけれども……万が一のときにはぐれても連絡が取れるというのは、それだけで生存率を飛躍的に上昇させるのですわよ?」


「まあそりゃ、そうだけどさ……」

 

 最近、庶民レベルの中ではそれなり以上に快適な(その分代金もかさむ)宿の一室を月極で契約したユリエッティと、とにかくコストカットを優先し安宿に泊まり続けているムーナでは、そもそもの金銭感覚が違う。それを理解したうえでなおユリエッティは、遠話器イヤーカフの購入を強く勧めていた。その用途は名の示す通りで、収入に余裕のある中堅以上の冒険者はほとんど皆が持っている商売道具のようなものであるし……それになにより、貴族社会では当たり前に普及していたそれの利便性を、ユリエッティは肌身に沁みて理解していた。それがないことの不便さも。


「高難度の依頼をばんばん受けて稼ぎたい、というのであればなおのこと、先行投資は重要ですわよ?」


 ユリエッティという女の言葉は──なんか変なことを言うこともあるが──、基本的にはきちんと利がある。ここ一ヶ月ほどの付き合いでそれを理解しつつあるからこそ、ムーナも彼女の勧めを無下にはできないわけで。


「分かってるって…………でも、アタシは一番安いやつでいいから」


「そこはムーナさんの自由ですわっ。わたくしはお洒落なやつが良いですわね! ……でも獣人用のデザインも気になりますわねぇ」


「どうでもいいわ見た目なんて」


 結局押し負けるように、今日こうして共に商業区を歩いている次第であった。




  ◆ ◆ ◆




「──と、いうわけでっ。ディネトさん、波形交換いたしましょう!」


 かくして念話器イヤーカフを手に入れたユリエッティは、その足で冒険者ギルドを訪れ。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


 そしてディネトにすげなく振られていた。

 ユリエッティの右耳、耳介から耳たぶの上辺りまでにかかる薄細工の魔導鉄が、白く、それでいて淡く虹色がかってきらりと光る。


「ふふ、今日もいけずですわねぇ」


「ユリエッティ様の節操がなさ過ぎるだけかと」


 受付に来るたびに──つまり依頼を受けに来るたびに──自身を口説こうとするユリエッティの振る舞いにも、もうすっかりと慣れてしまった様子のディネト。例によって淡々と、こういうとき用に用意されている文言を返す。


「なにかご用がありましたら、ギルド王都支部共用の設置型遠話器の方まで」


 ナンパ目的の輩などはここからしつこく、そして多くの場合高圧的に言葉を重ねてくるもの。しかしユリエッティは引き際というものをよく弁えていて、だからこそ実のところ不快感などはあまりなく、むしろ最近ではこのお決まりの流れに心地よさを感じ始めている始末。

 それに、市井ですら人口減少が嘆かれる現ヒルマニア王国においては、男も女もこれと見込んだ異性へのアピールは過剰なくらいが当たり前とされているが……王国ではなくギルドに帰属意識を持っているディネトにとっては、その風潮は正直少し煩わしく感じるときもあった。そこに来てユリエッティの態度はなんというか、こう──同性同士というのも手伝って──、新鮮でちょうど良い。

 おそらくその絶妙な距離感こそが、彼女のもっとも警戒すべき点なのかもしれないが……そう思いながらも完全には拒絶できない辺り、ディネトも少しずつ絆されつつあるのかもしれなかった。 

 

「身持ちが硬いんですのねぇ。好感が持てますわ」


「それはどうも。で、そろそろ日も傾き始めておりますが、本日は依頼の方は?」


「今日は……品定めと情報収集だけにしておきますわ」


 ちらりと屋内の一角、依頼の掲示板へ目を向けるユリエッティ。それに、と言葉を続けながら、右手の人差し指で自身の念話器イヤーカフを指す。ぴんと伸ばした長い指先の爪は、短く綺麗に切り揃えられていた。


「これの試運転として、ムーナさんからそろそろ連絡が来るはずなのですわ」


 先んじて準C級上位相当の討伐依頼を受けたムーナは今頃、王都近郊の小規模林に突入していることだろう。そう考えた矢先に遠話器イヤーカフが小さく振動し、ユリエッティは会釈とともにディネトの受付を後にした。


「──はーいはいこちら家名無きユリエッティですわ。ユリでもエティでも可ですわ〜」


「おぁ、こんな感じなのか……あーえっと、ムーナだけど」


「うふふ、遂にムーナさんも遠話器イヤーカフデビューですわね」


「んー…………まあこれは確かに、結構便利かもしれん」


「そうでしょうそうでしょう」


 周囲の迷惑にならない程度に──と言っても人はそこまで多くないが──声を抑え、遠話器イヤーカフの利便性を肌身に実感し始めたムーナと言葉を交わすユリエッティ。そうしながら掲示板の前に立ち、いくつも張り出された依頼の内容を確認していく。


「今後は何かありましたらいつでも連絡を寄越してくださいな。このユリエッティ、ムーナさんの為とあらばどんな時でも必ず応答いたしますわっ」


「アンタのその、女相手のときだけの調子の良さほんと何とかなんないの?」


「性分ですわ」


 モンスター討伐、素材の採取に、お尋ね者の捕縛からデッド・オア・アライブまで。種々様々な依頼たちを眺めながら、ユリエッティは小さく呟いた。

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