第6話 初討伐の帰路
「──申し訳ありません。私のせいでお二人を危険な目に」
まだ夜も更けきらない一本道を、三人を乗せた魔動車が走る。行きと同じくディネトが運転、ユリエッティとムーナが後部座席。流石に少しばかり疲労の見える表情で、けれども責める意思はなく、ユリエッティはディネトの言葉に首を振った。
「ディネトさんのせいというわけではありませんわ。情報が誤っていたか、あるいは短期間で変異したのか……」
「どちらにせよ、それを察知できなかった
「アタシは報酬上乗せしてもらえれば何でもいいや」
「勿論、B級相当モンスターの討伐分及び依頼内容不備に基く補償分を上乗せさせていただきます」
「っしゃぁっ」
「わたくしたちの実力も示せたことですし、結果オーライというやつですわね」
相場を完全に把握しているわけではないが、折半しても相応の報酬額にはなるだろう。この成果を踏まえて決定される冒険者ランクにも期待ができる。それに何より……と、ユリエッティは隣に座るムーナへと微笑を向けた。戦闘中に見せた獰猛なそれとは違う、鷹揚で優美ないつもの笑みを。
「わたくしたち、けっこう相性が良いと思いませんこと?」
「たまたま噛み合っただけだろ。しかもよく分かんないうちに」
すっかり冷静になったムーナにしてみれば、無茶に振り回されたという感覚が強い。ただまあ、悪い気はしなかった。それだけ。
「今後ともぜひ、よろしくお願いいたしますわ」
「……ま、気が向いたらね」
それっきり、あっさりと会話は途切れた。頃合いと見てか
ディネトの淡々とした声音をぼんやり聞きながら、少しだけ寝てしまおうと、ゆっくりとまぶたを閉じる。すぐにもやってきたまどろみの中に垣間見えたのは、こうなる前、彼女が貴族として過ごした最後の一週間の景色だった。
◆ ◆ ◆
「──
「ええ、できませんわね。お父様」
「どうしても、か」
「ええ」
「そうか……」
「ええ、ええ」
「……分かった。では一週間後、お前を貴族社会及びシマスーノ公爵家から追放する。それまでに身辺整理をしておけ」
「かしこまりましたわ、お父様」
朝早くから父の書斎に呼び出されたかと思えば、告げられたのはそんな言葉。薄々と勘付いていた自身の処遇に、ユリエッティは異議を唱えることもなく頷いた。
「愚かな娘だ……」
退室の間際に聞こえた低い呟きには、父親としての苦しみが堪えきれず滲み出ていて。それでもユリエッティには、
このヒルマニア王国でも、出生率低下が顕在化する以前の時代では同性同士の恋愛など珍しくもなかったという。元より古臭い喋り方をする変わり者のユリエッティ、まずは男と結ばれ子を成すという貴族の責務を果たしてから、かつてあった
父はその道を提示し、娘はそれを蹴った。ゆえに二人が父娘でいられる時間は、あと僅かばかり。元々ユリエッティを疎んでいた兄などは、もはや声をかけることすらしない。
「……さてと」
好き勝手やってきた報い。貴族たらしく在れなかった令嬢の末路。だがこれ以外の道を歩めば、きっと取り返しのつかない後悔をしていただろう。罪悪感を抱えつつも、しかしユリエッティは顔を上げ、前を向いていた。
「支度をせねばなりませんわね。ライセンスの名義修正申請に、最低限の荷物一式。ああ折角ですし、食事も今日から市井のものに合わせてみましょうか。それからそれから──」
──そうやってややも慌ただしく準備をしているうちに、気づけば追放処分履行の前夜。
一番最後にやり残したことをこなすべく、ユリエッティは
「──こんばんわ、ですわ。わたくしのヴィヴィア」
「こんな時間に、窓からやってくるだなんて。エティはいけない方ですね」
そう、ヒルマニア王国第二王女、ヴィヴィアラエラ・ヒルマ・ダインミルドの寝所へと。
くすりと笑う齢14の少女は、天蓋付きの大きなベッドの上で上体を起こしてユリエッティを出迎えた。幼さの残る顔つきと大人びた表情。小柄でほっそりとした体躯。丸く庇護欲をそそる、色素の薄い茶色の瞳。白く美しくも、薄明かりを浴びてその輪郭を何色にも煌めかせる不可思議な長髪。絶世の美少女というほかない王国の第二王女は、三つ年上の恋人の夜這いに可愛らしく頬を色めかせていた。今日が最後の逢瀬と知っていてもなお。
「まあっ。わたくしが来ると分かっていて、それとなく警護を薄くしていたヴィヴィアには言われたくありませんわ」
「さて、なんのことでしょう?」
示し合わせていたわけではない。けれどもユリエッティの追放処分決定を耳に入れたときから、必ずもう一度自分に会いに来る、そしてそれは今日この瞬間だろうという確信が、ヴィヴィアにはあった。ユリエッティもまた、そうするのが当然だというように寝所に忍び込み、そしてゆっくりとベッドに腰掛ける。
「…………」
「…………」
最後に言うべきことは何かとずっと考え、そして何も思い浮かばなかった。だから勢いのままに訪れ、こうして唇を重ねている。追放処分ということはすなわち、王侯貴族との関わりを一切断つということ。会うことも、連絡をとることもできなくなる。
「ん……」
「っ……ん、ふ……」
社交の場で出会い、意気投合し──勿論その時分にもユリエッティは誰彼と女に手を出してはいたが──、そうして気がつけば恋仲に。なるべく努力はしてみたが、隠し通せるものでもなく。さんざ好き勝手やっていた女が、ついに現王の娘をも非生産的な情交の道に誑かしたと。
柔らかく火照った唇を啄みながら、こんな素敵な子と睦んでおきながら追放で済んだのはむしろツイているのではないかと、馬鹿なことを考えるユリエッティ。ゆっくりとヴィヴィアを押し倒し、上下する彼女の心臓を胸に感じながら、一度唇を離す。
「ヴィヴィア」
「エティ、っ」
ねだるように首に手を回すヴィヴィアへと、ユリエッティは笑みを向けた。優美で泰然とした、いつもの微笑みを。
「最後ですもの。忘れられない夜にしましょう。今日のことを思い出すたびに、体が火照って、恋しくなって、そして満たされるような、そんな夜に」
体を触れ合わせてしまえば、そんな言葉が自然と口をついて出る。ことここに及んでも情交に溺れる、まさしく色狂いと呼ぶほかない有り様だが……それでこそとでも言わんばかりに、ヴィヴィアはとろんと蕩けた瞳で頷いた。
「はい、エティっ……ちゃんと、忘れられなくしてくださいね……?」
「ふふっ、本当にヴィヴィアは、わたくしを誘うのがお上手ですわね……っ」
煽られたユリエッティの顔がぐにゃりと歪む。その表情は獲物に食いつく直前の、それでいて魔性の色香を漂わせる凄絶な笑みへと変わっていた。
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