第5話 『爆霊鮫』討伐 2


「……頭、いくつに見える?」


「四つですわね」


 虚空から浮かび上がるようにして現れた巨大な鮫に、ムーナとユリエッティの表情が少しばかり引き締まる。変異したのか何なのか、事前に聞いていた『双頭爆怨鮫』よりも遥かに凶悪な気配を漂わせるそのモンスター──『怨怨爆暴四岐霊鮫』は、横並びに生えた四つの頭一つ一つが『爆霊鮫』などひと呑みにしてしまいそうなほどの巨体。半透明でありながら赤黒く煮えたぎる鮫肌が、内包する魔力や爆発の力の強大さを物語っている。


「……わたくし思うに、あれを倒すには連携が必要なのではないかしら?」


「まあ、一人でやるのはキツそうだけど……でも連携ったってねぇ」


 なにぶん即席のパーティーである。互いの実力も性格も、まだ表面的な部分しか知り得ていない。だが同時に、ここまでのような相互不干渉でどうこうできる相手ではないことも確かで。


「ひとまず最低限、お互いの邪魔にならないように心がける。これでどうでしょう?」


「まあ、その辺が限界か……っとぉ!」


 作戦とも呼べない方針を共有した次の瞬間には、『怨怨爆暴四岐霊鮫』の内側の頭二つが、それぞれ二人めがけて火球めいた魔力塊を放った。ユリエッティが右、ムーナが左に跳んで躱したそれは、地面に当たるや強烈な爆発を引き起こし、遺跡の石壁もろとも大地を抉り飛ばす。さらに直後、巨体に見合わぬ俊敏さで、四つ頭の霊鮫はより高く跳んだ無防備な方──ムーナへと突撃した。


「くっそこっち来んのかよっ……!」


 勝負勘の差から狙われることになってしまったムーナは、しかし臆することなく剣を構え迎え撃つ。接触の直前、瞬間的な空中機動の魔法を用いて体を捻り、大口を開ける左から二番目の顎をすんでで躱す。そのまま巨体の下に潜り込み、浄化を付与した剣でその腹をかっ捌いてやろう……とするも、怨念に赤熱するその鮫肌には、表面が一瞬揺らぐ程度のダメージしか与えられなかった。刃は全く通っていない。


「クソッ……!」


(浄化は通ってるけど……武器がそれに追いついてないっ……!!)


 ムーナが握るのは特にこれといった銘もない市販の両刃剣で、どうやらこのレベルの霊系統モンスターに対しては、たとえエンチャントがあろうともまともに通用しないようだった。歯噛みしながら着地する彼女に『怨怨爆暴四岐霊鮫』は身を翻し再び狙いを定める。すぐさま振り返り、避けるかもう一度切りかかってみるかと逡巡する金色の瞳。

 その先に、翻る影がもう一つ。


「──どっっせいヤァッ!!」


 豪気な叫びとともに、浮遊する『怨怨爆暴四岐霊鮫』の直下に滑り込んだユリエッティがアッパーを放つ。狙いはムーナと同じく鮫の腹、淡い浄化の光を宿した右拳が鋭く突き刺さ……らずに、粘液にでも突っ込んだかのようにどぷりと鮫肌を透過した。


「チィッ、わたくしのエンチャ弱すぎですわっ……!」


 すぐさま腕を引き抜き、そのまま地面に着地するユリエッティ。攻撃を受けたという認識はあったのか、鮫は左側の首二つを捻ってユリエッティを見やり、二頭続けざまに爆破球を発射した。アレの威力は先に見ている。ムーナは思わず避けろと叫びかけ──


「ふんッ! ふんッ!」


 ──拳で火球を左右に弾き飛ばすユリエッティの姿に、あんぐりと口を開けた。


「魔法はなんとでもなりますが……やはり浄化ヂカラ、浄化ヂカラが足りませんわね……!!」


 普通、なんとかなるものではない。

 後方で着弾しドカンバコンと派手に弾ける爆破球の末路に、ムーナは初めて拳術奥伝という言葉の恐ろしさを感じ取った。そして同時に、視界の先で慄いている──なんならちょっと引いているようにも見える──『怨怨爆暴四岐霊鮫』攻略の可能性も。


 完全に身を翻し、脅威とみなしたユリエッティへと、四つの頭全てで爆破球を連射しだす巨大鮫。月の下を駆け回りながら躱し、弾き、けれども有効打を返すことのできないユリエッティに、ムーナが大声で呼びかける。

 

「なぁアンタ!」


「家名無きユリエッティですわ! ユリでもエティでも可ですわ!!」


「あーっ、じゃあユリ!」


「なんですの!!」


「ユリの拳にアタシの浄化エンチャしたらイケると思う!?」


「ムーナさんはどう思いますの!?」


「ワンチャンある!!」


「もう一声欲しいですわ!!」


 鮫の意識は完全にユリエッティに向いている。膠着状態に持ち込んでみせた、出会って二日の相方の言葉に、ムーナは頭を捻った。ここで役に立たなきゃ格好がつかない。だが、いやしかし……


「もう一声ったって……あとはもう『浄化光弾ピュリファイア』くらいしかないけど!」


 エンチャントではなく浄化の攻撃魔法……の、初歩の技。高位の魔法使いならともかく、自分のそれでは威力が足りないことくらいムーナにもよく分かっていて。けれどもユリエッティの顔に笑みが浮かぶのを、彼女の金色の瞳はしっかりと捉えていた。今までに幾度か見た微笑みではない、獰猛さを湛えた下弦の月が、爆炎に照らされ煌々と。


「それこそまさしく、もう一声ですわぁっ!!」


 言うが早いか方向転換し、鮫の腹下をくぐり抜けてムーナの元へと迫るユリエッティ。その速度は瞬間的に『怨怨爆暴四岐霊鮫』をも上回るほどのものだったが、当然ながら彼女を狙う件の四つの頭もまた身を翻し、追い縋りつつ爆破球を乱射してくる。


「ちょぉおおッ!?」


 先ほど“お互いの邪魔にならないように”などと言っていた気がする女が鮫と爆撃を引き連れて近づいてくる様子は、さしものムーナも恐怖に顔を引つらせるほどの圧があり。けれどもそれがエンチャントをもらうためだと理解してはいるため、なんとかその場にとどまる。自分に尻尾が生えていたらピンッと逆立っていたことだろう、などと心の片隅で思いながら。


「はい到着っ! さあムーナさん、このグローブにありったけお願いしますわ!!」


「ああもうっ! なんとかなるんだろうなッ!!」


「多分イケますわ!!」


 そうして目の前にたどり着いたユリエッティの両手のグローブへと、半ばヤケクソ気味に浄化の力を付与するムーナ。自身にできる精一杯の出力、宿る拳の光は、ユリエッティが自分でかけたそれとは比べものにならないほど清浄に輝いていた。


「で!? 『浄化光弾ピュリファイア』はどう使うの! バラまいてりゃ良いわけ!?」


「わたくしに向かって撃ってくださいまし! 二発!!」


「ハァ!?」


「ほらほら早くっ! そろそろ来ますわよ!!」


 爆破球がすぐ近くに着弾し、地面を穿つ。それを放つ四つ頭の鮫も迫り来る。問答する猶予はなく、もはや勢いに任せるまま、ムーナは的のようにかざされたユリエッティの両手のひらへと、それぞれ『浄化光弾ピュリファイア』を撃ち込んだ。


「いい感じですわぁ!」


「……だよなァ! あの攻撃弾けるんならアタシの魔法ぐらい掴めちゃうよなァ!!」


 光り輝く両手に光り輝く球を握りしめ、二乗に光り輝く女と化したユリエッティが、くるりと振り返り『怨怨爆暴四岐霊鮫』を見据えた。浄化の力を付与した強力な拳で浄化の攻撃魔法を握り、相乗効果を直接叩きつけようという算段。目の前の女のあまりの奇天烈ぶりに、ムーナの口角も変なふうに上向いていた。


「そして仕上げにぃ! わたくしを思いっきりぶん投げるのですわぁああああ!!!」


「あぁもうなんだってやったらァアアア!!!」


 剣を放り捨てたムーナが、ユリエッティを抱え『怨怨爆暴四岐霊鮫』へと思いっきり投げつける。眩しく輝く両拳を突き出した姿勢で射出されたユリエッティは、迫る爆破球の悉くを弾き飛ばし、そしてその勢いのまま、鮫の内側二つの頭のあいだへと突っ込んでいった。


「「っしゃぁあおらァァアアアア!!!!」」


 透過ではなく、圧倒的な威力による貫通。

 赤黒い巨体を頭から尾まで一気に貫き、月をバックに空を飛ぶ黒髪の少女。やがて推力を失い停止したユリエッティと、投げつけた体勢のまま空を睨んでいたムーナの間で、『怨怨爆暴四岐霊鮫』は断末魔もなくド派手に爆散した。


「──しゅたっ」


 優雅に着地するユリエッティと、未だ息を荒げながら彼女へ近寄っていくムーナ、二人の佇むその場所にもはや遺跡の痕跡などはほとんどなく。

 抉れ捲り返った大地にディネトの運転する魔動車が到着したのは、それから数分後のことだった。

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