第4話 『爆霊鮫』討伐


 かくして翌日。

 日も高い位置にある昼時、ユリエッティとムーナはディネトの運転する四輪型の魔動車に揺られていた。天気は良好。灰色の箱型軽量車両が、草原を貫く一本道を走る。


「夕暮れ時には目的地近辺に到着します。討伐は霊系統モンスターが姿を現す日没後に」


「ええ、分かっていますわ」


 此度の依頼は、王都から魔動車で数時間の場所にある小さな遺跡群に出没した『爆霊鮫』及び『双頭爆怨霊鮫』の討伐である。徒歩だと丸一日とは言わずともかかっていた可能性を考えると、この時点で十分、ギルドからの優遇措置が取られていると言えた。


「しっかし、王都近辺は道も整備されててありがたいね」


 後部座席、隣に座るムーナの言葉にユリエッティは無難な返事をする。王都貴族街の街道に比べれば未舗装と言っても差し支えない悪路に思えたが、庶民感覚ではこれでも上等な部類らしい。安いモンスター皮のシートから伝わってくる振動に、自身が貴族令嬢としていかに不自由ない暮らしをしていたか改めて思い知る。昨夜だって、ギルドからの紹介で値段の割には優良だという宿に泊まったが、やはりどうにも寝付きが悪かった。そんな場所ですら、今の有り金ではそう連泊もできないというのだから、改めて今日の依頼をこなし金と信用を得なければならない。


 ほとんど全てを失ったユリエッティの当座の目標は、食と住を安定させること。そこから徐々に、生活水準を自身が納得できるレベルにまで引き上げていく。そして女を抱く。欲求に素直すぎて貴族社会から放逐されたような身ではあるが、しかしそれで生き方を変えられるほど、彼女は器用な人物ではなかった。

 さしあたっては……と、ユリエッティは改めてムーナを見やる。耳と瞳以外、外見上はヒト種の要素が強い褐色の少女。顔立ちはよく整っている。ぜひともお近づきになりたいところ。


「ムーナさん。わたくし一つ、聞きたいことがあるのですわ」


「なにさ」


 一応、昨日の時点で討伐対象について情報の共有は行っている。ギルドが保有しているモンスターの情報は冒険者全般に公開されており、最低限の自己紹介を挟みつつ、二人でそれを確認していた。その時には深く触れなかった互いの共通点──どちらも家から追放され家名を失ったという部分をとっかかりにしてみようなどと、ユリエッティは優美な微笑を浮かべたまま問う。


「ムーナさんはなにをやらかして放逐されましたの?」


「失礼極まりないなアンタ」


「あ、わたくしはですねぇ」


「聞けや」


 昨日今日の短い時間で、ムーナにやや直情的な一面があることは掴めている。であればこちらも遠慮なく接したほうが、むしろ会話も弾むだろう。そんな算段で、ユリエッティは臆面もなくサラリと言ってのけた。


「多くの女性を愛し過ぎて、家から追い出されてしまったのですわ」


「……???」


「女女おセックスしまくってたってことですわ」


「……?????」


 なに言ってんだこいつ。

 ひん曲がった唇に代わって、ムーナの金色の瞳が雄弁にそう語っていた。運転手席の方からも、胡乱げに耳を傾ける気配が漂ってくる。ユリエッティはにこにこと笑んだまま。ある種異質な空気の漂う車内で、やがてムーナが歯切れ悪く口を開いた。


「……え、いや、おん……いやいや、セックスて男と女でヤるもんじゃないの?ほら、凸と凹でこう……」

 

 言いながら、右手で作った輪っかに左手の人差し指を抜き挿しする。お世辞にも上品とは言えないジェスチャーだが、それを気にするものは今この場にはおらず。


「あら、凹と凹でもおセックスはできましてよ?」


 それどころか、対するユリエッティも負けじと両手の合谷、親指と人差し指のあわいを擦り合わせ始めた。すりすりと蠢き、かと思えば組み変わり、指の一本一本すらも妖しく蠢く。

 実体験の伴わないムーナのジェスチャーに対して、ユリエッティの手つきは恐ろしく真に迫っており、ねちっこく、熱っぽい。なんだかよく分からないながらも、ムーナは気圧されたように視線をそらす。その顔に浮かんでいるのは嫌悪感というよりも、まったく未知のものへの戸惑いに近かった。それを見逃さなかったユリエッティは内心でほくそ笑みつつ、あっさりとその話題を手放す。


「ほら、わたくしのことは話しましたし次はムーナさんの番ですわよ」


「いやこの流れじゃなおさら言いたくねぇわ」


「え〜そんなことおっしゃらずに。ほら、ほらほら」


「ウザ絡みやめろ」


 とかなんとか言いつつも会話は続くあたり、波長は合うようだ。ユリエッティと、終始黙って聞いていたディネトはそれを感じ取り、ムーナだけが“変な女に絡まれちゃったなぁ”と無自覚に肩の力を抜いていた。




 ◆ ◆ ◆




 そうこうと雑談を繰り広げているうちに(結局ムーナは自らの身の上を語らなかったが)、夕刻、一行は目的地に到着。

 日没までの時間で改めて討伐対象の情報を確認し、そして、夜の帳も降りて少ししてから、ユリエッティとムーナは遺跡内部に足を踏み入れた……とはいっても、石造りの建造物はそのほとんどが崩壊しており、半ば草原と同化している。天井もなく残された石壁が野ざらしに並んでいるばかり。月明かりを遮る雲もない。離れた安全地帯に車を停め、望遠鏡で様子をうかがうディネトの目にも、モンスターたちと戦う二人の様子はよく見えていた。


(身のこなしは元より、エンチャントも不足はなし、と)


 艷やかな黒髪をポニーテールに結び、指ぬきのグローブを装着したユリエッティが、拳に浄化の力を付与させ『爆霊鮫』を次々に討伐している。一体一体が大の大人を軽々超える体長であり、空中を泳ぎ、群れで行動し、霊系統のご多分に漏れず浄化属性の伴わない物質を透過し、それでいて自身は爆発という物理的な攻撃も有する厄介なモンスター『爆霊鮫』。しかしユリエッティはその一群に危なげなく対処し、もう幾匹も殴り飛ばしては爆散させていた。消滅際の自爆もかのモンスターのイヤらしい性質だが、それらに巻き込まれることも、ムーナを巻き込むこともなく、黒髪の少女は軽やかに鮮やかに立ち回る。


(まだ余力を残しているようですし……奥伝の位に偽りなし、ですね)


 期待を裏切らない成果を見せるユリエッティに、ディネトは一つ頷く。そして他方、少し離れた場所で剣を振るうムーナへ視線を移し、また思案。


(彼女に関しては正直、ユリエッティ様ほどの期待はしていなかったのですが……こちらは認識を改めなければなりませんか)


 望遠鏡の先では、ユリエッティに負けじと淡い金色の髪が舞い踊っていた。

 ユリエッティの浄化付与が物理干渉を可能とする程度にとどまり、そのぶん拳術でモンスターを圧倒しているのに対し、ムーナが剣に宿す浄化のエンチャントはそれ自体が『爆霊鮫』に致命のダメージを与えるほどのものだった。

 獣人種の多くは魔法を不得手とし、使うとすればもっぱら頑強な肉体をベースにした身体強化系になるのがほとんどだが……彼女はそれに加えて、武器に対するエンチャントも高い精度で併用している。細かな体捌きはユリエッティに数歩譲るが──むしろヒト種の身で獣人に勝っている彼女の方がディネトの目にはおかしく映るが──、とにかく、魔法剣士としての能力はかなりのものだろう。


(これほどの逸材がうちの支部に転がり込んでくるとは。僥倖でしたね)


 この調子であれば、群れの頂点に位置する『双頭爆怨霊鮫』が出現しても対処できるだろう。そう判断し、ディネトは依頼終了後の二人のランクを概算し始める。それは決して、気を抜いているわけではない。なかった、のだが。


(……!? これは……!!)


 『爆霊鮫』の大半が討伐された時点で彼女がその目に捉えたのは、事前情報とはまるでレベルの違う──四つの頭を持つ巨大な鮫であった。

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