第3話 冒険者ギルド 2
「──さて、話を戻したいのですが、よろしいかしら?」
血気盛んな冒険者どうしの小競り合いはままある話で、大怪我だの設備損壊だのがない限りは、のされた方がつまみ出されてそれで終わりというのもいつもの流れである。それを知ってか知らずか微笑を浮かべる黒髪の少女に、ディネトは頷いて返した。“剛腕”のバス──性格は最悪だが実力はC級の中でも上位に匹敵する男だった──を一蹴した時点で、彼女への注目は否応なしに高まっている。
「こちらの方──ムーナさん、でしたかしら?」
「……そういうアンタは?」
「ああ、申し遅れました。わたくし、ユリエッティと申します。家名なき、ただのユリエッティですわ」
「……その喋りはどこの訛り?」
「お気になさらず。ちょっとばかし古い言い回し、というだけですわ」
「ふーん」
ややも挑発的な獣人ムーナの言葉にも、ユリエッティと名乗る少女の微笑みは崩れない。カウンター越しにやり取りを窺うディネトの目には、すでに二人のパワーバランスが見え始めていた。
「えーでは、今度こそ話を戻しまして……ムーナさんはランクが足りずに希望する依頼を受けられない、ということなんですのよね?」
「ええ。ご希望の“『爆霊鮫』の群れ及び『双頭爆怨霊鮫』の討伐”は推定でC級以上の技量を要しますが、ムーナ様はそのランクに達しておりませんので」
「C級くらいなら全然イケるってばっ」
先と同じく強気な発言。
しかし今のディネトには、その自信に全く根拠がないわけではないことが理解できていた。今しがた“剛腕”のバスが沈んだ一幕、彼が殴りかかってきた瞬間に、ムーナがそれとなく構えを取る様子を目の当たりにしたからである。ディネトはギルド職員として多くの冒険者を見てきた。体捌きの良し悪しはそれなりに判別できるという自負がある。とはいえ、だからといってそれだけで
あちこちでの人手不足という形で、人口減少が市井にもはっきりと可視化されているこのご時世。有望な新人であればなおのことしっかりと育てたい、というのがギルド側としての判断であった。目の前のユリエッティなる女はそんなディネトの考えなど当然理解しているようだが、しかしその上で、一つの提案を投げかけてくる。
「一人では駄目なら、わたくしと二人で……というのは、いかがかしら?」
「はぁ?」
黒髪に彩られた、その微笑みに自信が滲みだす。
パーティーを組むことで個人では難しい依頼も受けられるようになるというのは、それこそユリエッティが抱えるマニュアルを見るまでもなく、みなが知っている当たり前の話であり。ムーナが胡乱な眼差しを向けているのは、それを知らん女が急に持ちかけてきたからに他ならない。
「実はわたくしも早急に、食と住を賄うためのお金が必要なのですわ」
追放されたてほやほやですので。などと笑う彼女の全財産は、どうやら宿代数泊分程度しかないらしい。ギリギリの状況だが、そのわりには言動に余裕がありすぎる。ディネトはユリエッティという人間をまだ測りかねていた。
「報酬は折半になってしまいますが、それでも安い依頼を受けるよりは実入りも良いですし」
「……なんで見ず知らずの女と相乗りしなきゃいけないワケ?」
「そうでもしないとこの依頼受けられませんわよ?ムーナさん一人で受けられる依頼の報酬と、折半したこの依頼の報酬、果たしてどちらが高額でしょうね?」
「そ、それはっ……」
「そんなに警戒なさらないで。わたくしも貴女もお金が欲しい、だから一時的に手を組む。それだけの話ですわ」
「う。む、むむぅ……」
ディネトが少し黙っているうちに、ユリエッティという女は獣人の少女をあっという間に口説きかけていた。ここまでディネトが頑なに要求を突っぱねていたことも大きいだろう。望み薄だった状況に解決策を提示してきて、理由は利害関係の一致からだと強調する語り口。下手に善意を振りかざしてくる輩よりかは信用できる……ように思えてしまうのだろう。どうにも急いている様子のムーナにとっては。
まあ二人のパーティー結成云々には関与しないとして。ディネトには言わねばならないことがある。
「そちらで話が進んでいるところ申し訳ありませんが。そもそもユリエッティ様は冒険者登録もまだという事で……通常、最低ランクの暫定E級からスタートとなりますので、お二人がパーティを結成したとしてもこの依頼は──」
「そうっ。“通常”は、ですのよね?」
ディネトの言葉を遮って、ピっと一枚のカードが差し出される。
「実はわたくし、拳術の奥伝位を持っておりまして」
ユリエッティの提示したそれ──ライセンスカードには確かに『傲握流拳術 奥伝』の文字が記されていた。
「これは……」
傲握流といえばかなり新興の拳術ではあるが、グランドマスターの功績と人格者ぶりは広く知られている。その流派の奥伝位ともなれば、なるほど実力は確かなのだろう。各人の資格・技能を取りまとめたライセンスカードは冒険者ギルドと同じく国を跨いで運用されるシステムの一種であり、その偽装はまず無いと見て良い。戦闘技能で言えばB級冒険者に近い領域か、あるいはそれ以上か。“剛腕”のバスを一撃で沈めたのも頷ける。
「その奥伝?ってのはどんくらいスゴイわけ?」
「皆伝の一つ下ですわね」
「……それってどんくらい?」
「結構凄いってことですわ」
身のない会話を繰り広げる二人を尻目に、ディネトは今一度考えを巡らせる。
実力はある程度示された。武術を修めた者が通常よりも高いランクから冒険者を始めることは、特例措置の中では比較的よくある事例でもある。おそらくユリエッティ自身も、マニュアルからそれを知ったうえでライセンスを提示したのだろう。
一方で、彼女が自ら明かした通り、カードには家名の剥奪された『ユリエッティ』という名のみが記されていた。冒険者の中では家名無しもそこまで珍しくはないが、しかしなにかしら“やらかした”らしい人物をいきなり全面的に信頼するのもまた危険ではある。
「ふむ……」
いやとはいえやはり、この実力は魅力的だ。期待の新人。即戦力。見極めは必要だが、当たりであれば見返りは大きい。冒険者も人手不足なのだ。性格最悪の“剛腕”がデカい顔をしていたくらいには。ディネト──冒険者ギルド ヒルマニア王都支部 事務受付統括ディネト・マグニカは脳みそをフル回転させてリスク・リターンを鑑みる。厳格な雰囲気を強めるためにかけている伊達眼鏡の奥、髪と同色のダークブラウンの瞳がユリエッティの抱えるマニュアルを捉えたのは、僅か数秒後のことだった。
「……良いでしょう。事務受付統括の権限において、ムーナ様・ユリエッティ様連名での本依頼受諾を許可します」
「あー、まぁ……許可もらえるってんなら、うん。あり、か……?」
「ありがとうございますわ!」
「ただし、条件として」
「「??」」
「特例条項“ギルド職員同行による依頼遂行能力の直接視察”を適応します」
淡々と告げるディネトに、ムーナは疑問符を、ユリエッティはやはり悠々とした微笑みを返した。
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