第2話 冒険者ギルド
家名も持たないということは、すなわち“厄介事を起こして家を追い出されました”と喧伝するようなものである。そのような者を雇ってくれるモノ好きはそう多くなく、しかしほとんど身一つで放逐されたユリエッティは、すぐにも身銭を稼ぐ手段を見つけなければならず。ゆえに、シマスーノ公爵邸を後にしたその足ですぐさま向かったのは。
「ここが冒険者ギルドですわね」
ヒルマニア王国王都は商業区画の一角に位置する、割合に小綺麗な建物であった。
貴賤も家名の有無も問わずただ腕っぷしでもって、モンスター討伐、種々の物品調達、未踏領域調査、時には指名手配犯の相手なども……とにかくなんでもやって生計を立てる冒険者家業は危険を伴うが、ちょっとばかし腕に覚えのあるユリエッティにとってはぴったりの職でもある。
気負いもなく建物に入り、昼時だからか閑散とした屋内を見渡す。そのまま、正面奥のカウンターにいた二人の受付係のうち、いかにも堅物といった風貌のスーツ姿の女性への元と向かっていった。
「失礼、少しよろしいかしら?」
「いかがなさいましたか?」
ダークブラウンの髪をかっちりとまとめたシニョンに、縁の薄い眼鏡。外見通り硬質な声音。ネームプレートに書かれたディネトという名前を記憶しつつ、ユリエッティはその女性に微笑みかけた。
「冒険者登録をしたいのですが……その前に、ギルドの規約やマニュアルなどは閲覧できませんかしら?」
珍しい問いかけだ。そう思いながらも受付係ディネトはすぐに背後の棚から冊子を取り出し、目の前の変な喋りの女へと手渡す。事前準備は冒険者が生き残るうえで最も重要なものであり、最初からそれを理解している相手を、ギルド職員として無下にする理由はないのだから。
「こちらになります。閲覧後は必ず返却を、何か質問があれば私のほうまで」
「ありがとうございますわ」
やはりどこか妙なお礼を述べてから、ユリエッティはカウンターから離れたところにあるテーブルスペースの一角へ腰掛けた。そうして一人、ぱらぱらと手早く、けれどもしっかりと冊子を読み進めていく。
「──オ?オイオイなんだァ?見ねぇ別嬪さんがいるじゃねェか」
(……助成制度が思いのほか多いですわね)
意外と手厚くサポートして貰えるらしい。そう感心するのと同時に、マニュアルを求めた際に少し驚いた様子だった受付からして、冒険者の誰もがそれを把握しているわけでもないようだとも考えるユリエッティ。
「オイ嬢ちゃん!冒険者になりていってんなら本なんか読んでねェで実戦が一番だぜ?」
(状況に応じた各ギルド支部判断での特例措置もあり……事例がいくつか載っているのも助かりますわ)
「折角だ、この俺が手取り足取り直接指導してやってもいいぜェ?準B級への昇格も近い、この“剛腕”のバスがなァ」
(冒険者と言えども、命が軽んじられているわけではないのは助かりますわね)
「まーァもちろん、それなりの礼はしてもらわなきゃだがなァグヘヘ……こんなご時世だ、テメェも満更じゃねぇだろ?」
(人口減少の進む我が国としてもありがたい話ですわ……などと、わたくしが言えた義理ではないのですが。てへ)
「…………オイ」
(ともあれ、問題は受けられる依頼の程度にも関わってくる冒険者としてのランク。順当に最下層から始めていては干上がってしまうかもしれませんし……ここはどうにか特例措置を利用したいところですが)
「──ねえお願い!そこをなんとか!」
「と、申されましても」
「……おや?」
耳に入ってきた声に、ユリエッティははたと顔を上げた。なにか直感的なものが、そちらへと視線を向けさせる。先ほど自身も声をかけた受付係ディネトが、一人の少女と何やら問答しているようだった。
「頼むよぉっ。アタシ腕には自信あるから!」
「現在のムーナ様のランクでは、こちらの依頼は危険度の観点から斡旋することができません」
「
「でしたらこれから上げていけばよろしいかと」
「そんなちんたらしてらんないっての。アタシには金と実績が必要なんだよぉっ……!」
「と、申されましても」
ギルドではよくあることなのか、ディネトの対応は淡々としたものだった。一見して、ランク不相応な依頼を受けたがっている少女のほうが分が悪そうではある。
「……オイ聞いてんのかテメ──」
ユリエッティは立ち上がると、なんだか知らないが目の前に立っていた大男の脇をするりと通り抜けて二人の元へ向かった。手に持つマニュアルにあった条項、金が必要という境遇への共感、その佇まいから読み取れる、腕に自信があるという言葉の信憑性──それらを踏まえて一枚噛めそうだという算段があり、そしてなによりも、その少女の見た目が思いっきり好みだったからである。
「たーのーむよーっ……!」
「いえ、ですから……」
軽量な革製装備を纏った、中肉中背ながら引き締まった体躯。浅黒い肌と淡い金色のショートボブのコントラストが美しい。それ用の耳当て帽子に覆われていて後ろからでは輪郭しか分からないが、頭部には三角形の耳が二つ。獣人種。背負った剣の柄が、髪の毛と一緒にふりふりと揺れている。
「失礼、少しよろしいかしら?」
「んぁ?」
声をかけられ振り返った少女の目付きは、キレているというほどではないものの少しばかり気が立った様子だった。瞳孔が縦に伸びた金色の瞳が、ユリエッティを鋭く見据える。猫系か?と内心ますます笑みを深めつつ、ひとまずゆったりとした微笑みで少女の視線を受け止めた。
「お話が聞こえたものでして、ああわたくし──」
「オイ、舐めてんじゃねェぞテメェゴラァッ!」
そこで突然、まさしく何の前触れもなく、ユリエッティの肩に背後から手がかけられた。全く見知らぬ大男、しかも声と力の入りようからしてなぜだか大いに怒っているのが窺える。ぐいと乱暴に引っ張られる──予兆を感じ取った瞬間に、ユリエッティは埃でも払うかのようにその手を除けた。
「あの、誰だか存じませんが人違いではありませんの?にしても乱暴に過ぎますけれども」
振り返って見てもやはり覚えがない。眉をひそめて言い放つユリエッティに、ますます怒り心頭といった様子の男は何やら喚きながら再び手を伸ばし、そして。
「おっと」
「ゴフッ……!」
躱して放ったユリエッティの拳を腹に受け、あっさりと昏倒した。
「……なんだかよく分かりませんが、これは正当防衛ということでよろしいんですのよね?」
「ええ、問題ないかと」
変わらず淡々と答えるディネトの指示を受け、数名の職員が気絶した男を屋外へと放りだす。昼時の閑散としたギルド内でこの騒動を見ている者はそう多くなかったが、しかしこれをもって確かに今、ユリエッティはその場の中心となっていた。
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