《独りぼっちじゃない》

「リリィ、流石に教室入る時は離れろよ。

 ローズさんに迷惑掛かるんだから」

「分かってるよ!」



 三十分以上引っ付いたままのリリィとマリーと共に、遠い場所に位置する教室へ歩いていく。

 一年生の教室は四階と、日本特有の年功序列を感じさせる。

 

 教室と言っても、ものを入れるロッカーや朝の出席確認でしか使わないのだが。

 専ら授業は講義室で行われるし、基本教室は使わない。

 それを理由として空き教室で悪事を働く生徒もいるようだが、今日はまだ見かけない。

 一年生の一番始めにやるような愚行は冒さないようだ。


 廊下の突き当たり、最奥にある教室の扉を開く。

 一斉に視線が集まるが無視して席に座る。

 偶然にも俺達の席は固まっていて、俺の左にマリー、前にリリィが座るようになっていた。


 教壇に立っているのは先程の草臥れた男教師で、時計をちらちらと確認している。



「整列を開始する。確実学籍番号順に並べ」



 彼の声に合わせて、皆動き出す。

 それぞれのポケットから端末を取り出して、学生証を閲覧しているようだ。

 俺は学籍番号を覚えているから、取り出す必要はない。


 教師が見ている中で話し掛けるような者はいないようで、何事もなく大講堂へと向かう。


 そこから先は、特に何も起きなかった。

 学園長が話して、生徒会長とプロテアが代表挨拶をして、来賓から祝辞があった。

 その中には父上からの言葉もあった。


 意外だったのは、姉上とネモフィラさんが生徒会として壇上に立っていたことだ。

 ネモフィラさんはともかく、姉上はそういうことをあまり自分から進んでやろうとする人ではない。

 何か心変わりでもあったのだろうか。


 教室へ戻り、教師が話し終えた瞬間を狙ってリリィを連れ出す。

 朝は時間稼ぎが出来たが、今はそうとは行かない。

 彼女が群衆に潰される前に連れ出す必要があったのだ。


 マリーは別に大丈夫だろう。

 あの場にいたわけではないし、詰め寄られても自分で出ていける。


 本棟から渡り廊下を通って特別実習棟へ逃げる。

 人気のないここまでくれば彼女が怯えることはない。

 足を止めて、牽いていた彼女の手を放す。



「強引に連れて来てしまって申し訳ありません。

 あのままではリリィさんは困ってしまうと思いまして。

 身勝手な行動をお許しください」

「いえいえいえ!

 ありがとうございます、あのままじゃわたし動けなかったから」



 真っ赤に染まった顔でリリィはそう答える。

 そして直ぐに俯いてしまって、上げようとしない。



「……リリィさん?」

「……あの、今日は本当にありがとうございました。

 ずっと、生まれたときから不安だったんです。

 この世界にはお兄ちゃんはいないし、ゲームの世界だって知っているのはわたしだけで、信じてくれるひとはいないし。

 友だちだってマリーくらいしかいなくて、マリーも幼馴染だから、あの子は『主人公』だから優しくしてくれるだけで。

 わたし、どうしようもない人間で────」

「それは違いますよ」



 震える声で話す少女の声を遮る。

 それ以上は話しちゃ駄目だ。

 自分を否定するのは駄目だ。

 自分を自分が信じられなくなってしまったら、誰が自分を信じてくれる?



「貴方は、どうしようもない人間なんかじゃない。

 出会って一日目の私がそう言うのです。

 周りの人だってそう思っているはずですよ。

 マリーさんだって、フラエンの主人公である《マリー》だったとしても、今ここにいるマリーさんは貴方と過ごしてきたマリーさんです。

 彼の性格なら、嫌な人とは付き合わないでしょう?」



 俯いたままの顔を覗き込む。

 涙で濡れた瞳が潤んでいた。

 今にも溢れ落ちそうな涙を必死に堪えている。



「今まで、よく頑張りましたね。

 貴方を信じてくれる人はいます。

 頼ってもいいんです。

 もう、独りぼっちで頑張らなくていいんですよ」



 出会った時のように、少女は俺に勢い良く抱き着く。

 二人以外誰もいない空間で、ずっと蓋をした気持ちが決壊したダムのように溢れ出している。

 ここには声を遮る者も、涙を止めるものもいない。

 いるのは孤独に耐え続けてきた少女と、それを救った一人の男だけだった。

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