《主人公と友人、おまけの悪役令嬢》
魔物を殺し終えた厄災は何事も無かったかのように消え去った。
同時に、周りの景色も剥がれ出す。
異界の核が壊れ、維持できなくなったのだろう。
閉じられた世界が剥がれ落ちれば、騒音が耳に入り出した。
俺達を取り囲む数十人の生徒たち。
誰も彼もが、俺たちを見つめている。
これ、本当に最初から異界に入ってたのか?
小動物のように縮まりこむリリィを背に隠して、一先ず辺りにいるであろう教師や委員を探す。
「もしかして君たちが遭難者かい?」
眼鏡を掛けた、理知的だが草臥れた様相の男が話しかけてくる。
身に着けている白衣からすると、教師のうちの一人なのだろう。
「はい、私たち二人だと思います」
「ふむ、通報と該当しているな。えーと……」
「ローズ・ブルーム=ブロッサムです。
こちらはリリィです」
「ああ、ブロッサムの……そっちの子、大丈夫そうかい?」
「色々あって動揺しているようです。
落ち着けそうな場所があれば、そちらに移動したいのですがありますか?」
「案内しよう。委員全体に通達、事後処理は任せた」
腕章を付けた生徒たちが一斉に動き始める。
この場は大丈夫そうだ。
震えるリリーの肩を抱いて、教師の後を追う。
初めての異界遭遇なら無理はない。
誰だって初めはそんなものだ。
数分歩いて、保健室と書かれたプレートが掲げられた部屋に入る。
中は無人で、いくつかのベッドとソファ、テーブルが寂しく置かれているだけだ。
リリィをソファへ誘導し座らせる。
よっぽど怖かったようで、座った瞬間に崩れ落ちた。
「怪我は?」
「ありません」
「なら少し休んでから教室に来なさい。
入学式の整列時間には間に合うように。
……質問攻めにされるのは、今の彼女には厳しいだろう」
耳打ちするように呟く教師は、融通が効くタイプのようだった。
俺が了承したことを確認すると、彼は去っていく。
俺はリリーの隣に腰を下ろした。
「リリィさん、暫く休みましょうか。
整列時間までに教室に向かえば良いらしいので」
「……うん」
それ以上語ろうとしない少女の隣で静かに過ごす。
妹が疲れていたり、辛かったりした時はいつもこうやって隣にいてあげた。
もう会えない妹が、偶に恋しくなる。
「……なんだかお兄ちゃんみたいです」
「……そう、ですか。
リリィさんにはお兄様がいらしたのですね」
「……もう、会えないんですけど」
やべ、地雷踏んだな。
リリィの空気が更に落ち込んだ気がする。
気の利いたことを話せればいいのだが、更に地雷を踏みそうで尻込みしてしまう。
「……ごめんなさい、ローズさん。
無茶なお願いしてもいいですか?」
「私にできることなら、何でもどうぞ」
「数分でいいです、抱き締めてくれませんか」
それは、俺が叶えていい願いなのだろうか。
しかし、それを叶えるだけで彼女が癒やされるならば、俺は実行するしかない。
きつくならないように優しく抱き締める。
リリィも俺の胸に体重を預け、脇の下から背に腕を回した。
出来れば誰も来ませんように。
「原作のローズ様も優しかったけど、ローズさんも優しいです」
「……ローズとは、『悪役令嬢』ではないのですか?」
「ある意味、ゲーム本編だけなら主人公と攻略対象の恋路を邪魔する悪役です。
だけど、ノベライズやコミカライズを見ればがらっと印象が変わるキャラクターなんです」
彼女の抱き締める力が少し、強くなった。
「プロテア様に見合うように研鑽して、誰よりも気高くあろうとして。
でもとても優しくて、悪役なんて柄じゃなくて……どうしてあんなことになっちゃうんだろう」
「あんなこと……? 具体的には」
「……それ、は」
廊下をどたばたと走る音が聞こえる。
誰かがここへ向かってやってくる。
足音から分かるのは、恐らく男性であることだけだ。
リリィをドアから隠すように立つ。
足音は段々と近付いて来て、遂に勢い良くドアが開かれた。
「リリィ、大丈夫か?!」
「マリー……?」
目に入ったのは如何にも主人公と喩えられそうな少年。
太陽色の髪と真っ直ぐな瞳、少年誌によくいるタイプだ。
リリィの知り合いだろうか。
「無事で良かった。そいつに酷いことされたりとか……」
「されてないもん!
っていうかローズ様に向かって『そいつ』って言わないで!」
「ああ、そいつがいつも言ってる『ローズ様』?」
「だからあ!」
「お二人とも落ち着いてください」
徐々にヒートアップしていく彼らを宥めて、机に備え付けられた椅子に座り直す。
ただ、問題なのはリリィが俺から離れようとしないことだ。
「リリィさん、そろそろ……」
「もうちょっとだけお願いします」
マリーさんに滅茶苦茶睨まれてるんですけど俺。
修羅場過ぎて胃が痛い。
「で、ローズさん? リリィと何してたんですか?」
「特に何も。異界化に巻き込まれただけなので」
「……本当ですか?
たったの数十分でこんなに仲良くなるもんですか?
人見知りのこいつが?」
「ローズ様優しいもん! 悪い人じゃないもん!」
「おれはお前を思って言ってるんだぞ馬鹿リリィ!」
「そっちこそわたしの話全然聴いてくれないじゃんバカマリー!」
「だから落ち着いてくださいって!」
身を乗り出して争い始める二人を再び宥めて席に付かせる。
俺は保育士か?
咳払いをして、両方の主張を整理する。
「先ずマリーさん、私たちは異界化に巻き込まれただけです。
仲良くなったのもそこからで、特に怪しいことはしていません。
次にリリィさん、貴方はもう少し自分を思い遣ってくれているマリーさんに感謝するべきです。
話を聴いていただけないことは置いておくとしても、純粋に心配してくださっているのですよ」
「……ごめんなさいローズさん。ごめんマリー」
「おれも熱くなり過ぎました。すみません」
漸く二人は仲直りしたようだった。
どっと疲れた。
水面下での腹の探り合いも疲れるが、こういうザ・喧嘩も疲れる。
久し振りに相見えたから尚更だ。
時計を見ればあと十分ほど。
ゆっくり歩いていけば丁度に着くだろう。
「そろそろここを出ましょう。
お二人のクラスはどこですか?」
「おれもリリィも一年一組。あんたは?」
「私も一組です。一緒に行きましょうか」
動かした椅子片付け、電気を消し、俺達は教室へ向かうことにした。
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