《迷子二人、夢心地》

 数分後。

 俺は広い学園の中を独りでうろうろ歩いていた。

 求めるものは案内図。

 一学年の教室が示されているもの。


 はい、迷いました。

 だってこの学園広くて迷路みたいなんだもん。


 自分の方向音痴さを考慮していなかった。

 まあいっか着くでしょ、と楽観していた過去の自分を殴りたい。


 一年生の教室が一番遠い場所にあるってどういうことだよ。

 何で人っ子一人いないんだよ。


 手元のパンフレットをどう見ても、ここの場所の検討がつかない。

 教室のプレートから推定しようにも何も書かれていない。

 こんな空き部屋ばかりの場所は、どこにも載っていなかった。


 どうするべきだろうか。

 どこの部屋も空間に固定されているように扉を開けることが出来ず、角度的に時計は見えなかった。

 腕時計を着けているわけでもないし、これはもう詰んでいるのでは?


 いくら歩いても見つからない、と講義室を探して彷徨い続ける。

 代わり映えしない景色の中、何度目か分からない曲がり角を曲がった瞬間、何かと打つかった。


 どさりと倒れ込む何か、それは俺が探し求めていた人だった。



「すみません、大丈夫ですか?」



 手を差し出して、自分と同じく新入生であろう少女を起こそうとする。


 しかし、少女は口をあんぐり開けて俺を見つめるばかりで、手を取ろうとはしなかった。



「……あの、大丈夫ですか」

「……ローズ、様?」

「へ?」



 少女はばねのように立ち上がり、俺を勢いのままに押し倒す。

 意表を突かれたことで、抵抗することもできずに今度は俺が倒れ込んだ。



「ローズ様?! ローズ様だ! 男になっても麗しい!

 はあ〜髪サラサラ、お目々キラキラ、睫毛バシバシ最高かよ。

 わたしの推しが美しすぎる件」



 俺の上で少女が限界オタクになっている。

 この少女、『男になっても』と言ったはずだ。


 つまり────



「……貴方は、『フラワリング・エンゲージ』という世界ゲームをご存知ですか?」

「勿論ですとも! わたしが人生掛けて愛する世界です!

って、あれ?」


 

 少女はとても驚いた顔で俺に聞き返す。



「フラエン?! きみはフラエンを知っているの?!

 つまり、転生者ってこと?!」

「聞き齧った程度ですが……まさか同じ境遇の方がいるとは思っていませんでした」

「ほへ〜……しかも、ローズ様が転生先なんですね。

 因みに出身はどちらで?」

「日本です。後、できれば退いていただけると助かります」

「あ、すいません」



 慌てた様子で少女は俺の上から退く。

 苦ではなかったが、男の上に女性が乗るなんてあまり良く思わない。



「そうだ、名前……」

「ご存知だと思いますが、私はローズ・ブルーム=ブロッサムと申します。

 以後お見知りおきを」

「わたし、リリィって言います。

 平民なので家名はありません。

 えっと……わたしも日本出身です。

 フラエン、海外版もあるので、そっちの方だったらどうしようかと」



 俺もリリィも立ち上がって、周りを見渡した。



「実は迷っちゃってるんですけど、もしかして……」

「そのもしかして、ですね」

「うわあ、どうしよお!

 このままじゃ入学式遅刻しちゃいますよね?!」

「……いえ、もしかしたらその心配はないかもしれません」



 俺の仮説が正しければ、俺達が迷い始めてから時間は経過していない。

 もしくは、経過していてもたった数分だろう。

 その仮説を結論付けるために、情報の磨り合わせを行った。



「リリィさん、今まで通ってきた道で誰かと会ったり、名称の付いた部屋があったりしましたか?」

「いえ、誰とも会いませんでしたし、ありませんでした。

 ローズ様の方もなんですか?」

「ええ、不気味なほどに。

 あと、『様』なんていりませんよ。

 ローズとお呼びください

 同学年ですし、この学校は身分差は重要視されませんので」

「ちょっとそれはこころのじゅんびがたりないのでろーずさんでよろしくおねがいします」



 ガッチガチに緊張してるなあ彼女、と苦笑しながら周囲を警戒する。

 予想通り、ここはどこかおかしい。


 誰もいないこと。

 どの教室もネームプレートに何も書かれていないこと。

 扉が空間に固定されたように動かないこと。

 あとは時計の時刻さえ分かれば、ここがどこかは分かるはずだ。



「時計、またはそれに準じる時間を示すもの。

 何か持っていますか?」

「時計……持ってはいるんですけど、壊れちゃったみたいで」

「見せていただいても?」



 リリィから受け取った腕時計の秒針はぐるぐる動き回っていて、時刻を示すことはない。


 時間も、恐らく空間も狂っている。

 ならば、ここは────《異界》、なのだろう。



「リリィさん、魔法はどこまで使えますか?」

「ええっと、初級ぐらいなら大体。

 中級以上は殆どできません」

「それなら、私の側から離れないでください。

 多分、そろそろ来ます」

「来るって何が……?」



 リリーが疑問を呈したその刹那、彼女の隣にどす黒い霧のようなものが発生した。

 咄嗟に抱き寄せて、霧から距離を取る。


 霧から出できたのは、動物を継ぎ接ぎにしたような怪物。

 全身黒で染め上げられ、目のような器官をぎょろりと回した。


 リリィは珍妙な叫び声を上げながら、俺に更に疑問を打つける。



「あれ、何なんですかあ?!」

「あれは《魔物》です。

 動物型、危険度四級くらいでしょうか」

「なんでそんなに冷静なんですかぁ!」

「慣れてるからですかね」



 魔法の詠唱に十分な距離を取り、リリィを抱えたまま腰に付けていたホルダーから杖を抜き取った。



「“風よ、Wind 切りdurchges裂け。chnitten”」



 こちらに向かって一直線に駆けてくる魔物。

 そういう動きは狙い易くて助かる。


 魔力を言葉に乗せ、魔法を放つ。

 空中に描かれた魔法陣から不可視の刃が飛び出し、魔物を襲った。

 皮膚らしきものを切り裂かれて、体中から黒い液体が漏れ出している。



「……効いている、普通に殺しても問題無さそうですね。

 “風よ、Winddurchdけ。ringen.”」



 また、不可視の攻撃が魔物の脳天を貫く。

 衝撃で怪物の身体は吹き飛び、何度か床にバウンドして動かなくなった。


 数秒もしないうちに、黒い霧へと変化し消失する。

 後に遺ったのは透明な石のようなもの、《魔石》だ。



「……やった?」

「それ、フラグですよね」



 あの魔物の息の根はしっかりと止めた。

 その証拠に、魔物の核である魔石はあそこに落ちているし、肉体も霧散した。


 ただ、彼らがやって来る門は開いたままだ。

 一匹、二匹。同じ魔物が門から飛び出してくる。



「ご、ごめんなーい!」

「口閉じないと舌噛みますよ」



 再び俺達は走り出す。

 ずっとあの場で戦っていたとしても埒が明かない。

 門が増える可能性だってあるし、魔力だって無限じゃない。

 今の俺達がしなければいけないことは、出口を見つけることだ。


 廊下の一番端、反対側の角を曲がる。

 先に見えた景色は先程と全く変わらなかった。

 ただ俺達が向かっていた方向が逆転しただけ。



「このように無限循環型の突発的異界の場合、目に見える出口はありません。

 異界を形成している核を壊さなければ、私たちは一生閉じ込められたままです」

「それじゃあどうするんですかあ?!」

「決まっているでしょう。壊すんですよ、核を!」



 より魔力を込めて詠唱する。

 初級よりずっと上、この空間全てを壊すような魔法。


 両手で数え切れないほどに増えた魔物が一直線に向かってくる。

 ノータリンの怪物共は学びもせず殺されに来てくれるらしい。



「“焔よFlamme 、暴randaliereれ。掻き乱せScramble

 赴くwie es ままeinemgefällt殺戮しろTöten

 それDas istes誰もがAlle haben恐れるAngst大厄災Kalamität

 全てをAlles燃やせVerbrennen

 全てAlleskaputt壊せmachen.

 nichts一つunversucht遺さずlassend焼き尽くせausbrennen!”」


 

 焔が広がる。

 火の粉一つが花びらのように舞い散り、触れた魔物を燃やす。

 殺しあぶれないように、骨の髄まで灼いていく。

 業火の中には塵一つ遺らず、全て消失する。


 轟音の中で、何が割れた音がした。

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