ファインド・ワールド

生來 哲学

少女達の戦いはこれからだ!

「私には三分以内に終わらせなければならないことがある、てね。分かる?」

 少女の問いかけに傍らにいた中年男性は眉をひそめた。

「別に、そんな縛りは設けていないはずだが?」

 ちっちっちっ、と少女は得意げに指を振る。

「分かってないね。私は飽き性でだらしがないの。だから、何事もさっさと終わらせて切り上げる癖をつけているのよ」

「なるほど。それが君の強さの秘密か」

 ふむ、と中年男性は感心する。

「だが、今度の敵はすべてを破壊して突き進むバッファローの群れだ。

 いかな君とて荷が重いのでは?」

「まさか。軽く遊んであげるわよ。三分間だけね。――次元転身フェイズチェンジ!」




「んもぅ……ぼやけた世界で生きたい」

 私はたまらず声を上げていた。

 生まれつき、神経質なのだろう。どうでもいいことまで気になるし、見えてしまう。今日も新居の内見に行ったらどこもかしこも前の住人の痕跡が残ってて、やれ壁紙に細かい穴が幾つも空いてたり、床にシミがあったりを見つけてしまい、不動屋さんに「おめーの住む家ねーから!」と追い出されてしまった。

「うぅ……あんまり過ぎる。ていうか新築って言ってたのに全部明らかに古い家だったのにサギじゃん。若い女だからって下に見すぎだよぉ……とほほ」

 生まれてこの方、ずっと女のくせに細かすぎると言われてきた。注文の多い生意気女のレッテルを貼られて人生ボロボロである。

「どーしよ。せっかく大学受かったのに四月から住むところがない。もしくは大学の女子寮生活になってしまう」

 寮生活だけは嫌だった。

 ただでさえ細かい私が私生活を他人と共有してしまうと毎日のように衝突してしまう。別に喧嘩を売ってるつもりはないのに、ちょっとしたことを指摘しただけで顔を真っ赤にして怒られてしまう。

 見えすぎるのは罪。

 もっと鈍感で、ぼやけた視界で生きてきたかった。

ズシン

 不意に、振動音らしきものが聞こえてきた。

 きょとんとして周囲を見渡す。

 駅前広場で多くの人が行き交うが、立ち止まってきょろきょろしているのは私だけだ。

 気のせいかな、と思ったが今度はぶもぉぉぉ、と牛の鳴き声らしきものが聞こえてきた。

「……へ?」

 神経質が行きすぎて幻聴まで聞こえ始めたか、とも思ったがそんな気配もない。

「うーん、これは幽霊パターン? 東京にも出るんだね」

 見えすぎるのが災いして、時々そういうのが半透明で見えたり聞こえたりすることもある。そういうのを指摘したら、また他の人に変なこと言ってると怒られたりして衝突した経験も多いので幽霊にも嫌な思い出しかない。

「……はあ、他の皆はなんでこんなに気にせずに生きていられるんだろう」

 先ほどからひたすら牛の鳴き声と激突音が東京の空に響き渡っているが、駅前広場でそんなことを気にしている人は誰一人としていない。

 見えないもの、聞こえないもの、知覚できないものは存在しないも同然なのだ。

 けれども、私には聞こえてしまう。

 ばしぃん、ばしぃん、どごぉ、という衝撃音、そして雄牛達の悲鳴。

 思わず耳を塞いだが、それでも聞こえてくる。

「どうして私ばっかり――」

 思わず息を飲んだ。

 ついに、視界の隅で半透明のバッファローが走ってきたのが見えた。車を透過し、車道をすさまじい勢いで走り、恐ろしいスピードで自分に向かって突撃してくる。

「…………っ!!」

 とっさのことに悲鳴も出ない。

 バッファローは多くの車と人々の間を突進するが、誰も傷つけなかった。けれども、見えてる自分にはどうなるのか。

 その答えが出ようとした直前――。

「ファンクション1起動!」

『OK――GigantAttack!』

 私の目の前で半透明バッファローが巨大な斧で粉砕される。背後から飛び出してきた小柄な少女が自身の三倍はある巨大な斧を投げ飛ばしたのだ。

 少女は全身を朱いパワードスーツで身を包み、仮面をしており、その表情は伺えない。だが――。

「あ」

 ――目が合った。

 そんな気がした。

 と思うとパワードスーツの少女がつかつかと明らかに私に向かって歩いてきた。

「ひぃ」

「おねーさん、見えてるね?」

 パワードスーツの少女が巨大な斧を虚空にしまいながら私に話しかけてくる。

 周囲に視線をやるが、やはり誰も目の前で粉砕されたバッファローや、パワードスーツを着た少女のことを気にかけない。見えていないのだろう。

 彼女は私のことを見上げながら、仮面を外す動作をした。

 途端、パワードスーツがかき消え、後には茶髪のツインテールの中学生くらいの少女が現れる。垂れ目ではあるがつり眉なので結果的に「目つきの悪い垂れ目」みたいな子だ。その手には朱いメガネを持っている。彼女は慣れた手つきで腰のポーチからメガネケースを取り出してその朱いメガネをそっとしまった。

 その間に逃げようとしたががしり、と手を掴まれる。

「ちょ、お嬢ちゃん何かな。お姉さんは引っ越し先を探すので忙しいくて」

「見えすぎて困ってるでしょ?」

 茶髪の少女の言葉にどきりとする。

 短い言葉だが、言いたいことが私の中で幾つも幾つも溢れてくる。

 ――まずい、きっと関わるべきじゃない。

 脳内で警鐘がガンガンと鳴るが、私の身体は蛇に睨まれたように動かなかった。

「細かい話は苦手なの。三分以内に決めて」

 少女は器用に片手で腰のポーチから二つのメガネケースを取り出す。

「無料プレゼントキャンペーンよ。

 どっちかあげる」

「……なんで?」

「見えなくなるメガネとよりよく見えるメガネよ」

 私の質問を無視してメガネの説明をし始める少女。

「見えなくなるメガネ?」

「そう。嫌なものが、たぶんおねーさんの嫌いなものが見えなくなるメガネ。普通の、どこにでもいる一般人として、あるいはもしかしたら幸せに暮らせるかもしれないメガネ」

 少女の言葉に私は言葉を失った。

 もしかしなくてもそれは、私がずっと欲しかったはずのものだ。

「じゃあ、見える方って?」

 少女はにっこりと笑った。つり眉のせいできつめの印象があったが、こうして笑うと人形のようにかわいい。

「今まで中途半端に見えてたものがはっきりと見えるの。見えすぎてたものがもっとよく見える。

 もしかしたら――お姉さんは世界のシンジツとか言うのを知っちゃうかもねぇ」

 何故かやたらとしらじらしく少女は語る。

「知らない幸せと、知りすぎた不幸、好きな方を選んで良いよ。

 ただし、チャンスは一度だけ。一度選んだら、反対効果のメガネが使えなくなるから注意してね」

 ごくりと息をのんだ。

 悪魔の選択だ。

 いや、どう見ても見えないメガネをもらうべきだ。迷う余地もない。

 長年の悩みがこれで解決されるというのだ。これ以上の喜びはない。

 どう考えたって、答えは一つだ。

 一つしかないはず――なのに。

「見える方をちょうだい」

「へぇ」

 茶髪の少女は楽しげに笑う。人形みたいな作り物の笑顔ではなく、本当に楽しそうに彼女は顔を歪めた。歪だが、きっと彼女らしい本来の笑顔に見えた。

 彼女は私の腕から手を離し、メガネケースを一つ、私に握らせた。

「理由を聞いても?」

「鈍感になった自分が想像出来ないの」

 私はメガネケースを握りしめながら、答える。

「違和感が見つからなかったら、私はきっと違和感が見つかるまで探し続けてしまう。見えなくなることで、一度知ったものを知らない振りし続けることに私は耐えられない」

 無知であったり鈍感である方が幸せかもしれない。

「……もう後戻りは出来ないよ。

 このメガネをつけたら――色んなものが見えてしまうよ」

 見えると言うことは、知ってしまうということだ。

 より多くのことが気になり、多くのことに悩まされる。

 ぼやけた世界で生きたいといつも思って生きてきた。

 けど、それは半分本当で、半分嘘。

 私は見えてる私が好きなのだ。

「いい。自分でも意外なんだけど、もともと持ってるものを手放すのは意外と嫌だったみたい」

「そっか。私はおねーさんのジユーイシによるセンタクをソンチョーするよ」

 なにやら芝居がかったセリフ。

 おそらくこの子も似たようなことがあった時に、誰かに同じ事を言われたのだろう。

 自由意志による選択。

 そんなもの、どっちを選んでも後悔するに決まってる。

 ――それでも。

「このメガネ、ありがたく貰うよ」

「おねーさん、意外と思考が戦士だね! いいねいいね!」

 と話してるところでまたズシン……ズシン……と何か巨大なものが動く音が聞こえてきた。

 視線を巡らせると、東京のビル群の合間を縫って巨大な何かが動いているのがうっすらと見えた。

 茶髪の少女も同じ方向を見てなにやらため息をついていた。

 そして私に向き直る。

「最後にもう一回訊くけど、あげるメガネはそれで良いんだね?」

「うん。ありがとう、お嬢ちゃん」

 私の言葉に茶髪の少女は首を振る。

供柴ともしばリョーコ。それが私の名前。初めまして、お姉さん」

淡島あわしまカナタよ。リョーコちゃん。初めまして」

 そう言って私達は笑いあい、私は手元のメガネケースを開いた。

 元々視力は良い方だったのでメガネをつけるのは初めてだが、ケースを開いた途端不思議と人生の相棒に出会った気がした。

「リョーコちゃん、私メガネつけるよ」

「うん、見てる」

 このメガネをつけたらきっと私は普通の生活には戻れない。

 けれど。

「これが私の生き様よ!!」

 勢いのままに私はメガネをつけた。

 そして私は――。




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