ちょっとした意趣返しとおんぶ

 村を出た二人は例の階段付近を目指してポテポテと歩き始めた。

 幸い目的に到着するのに、あまり時間はかかっていない。

「あそこだよ」

 鈴木が指差すのは金森と少女が上った階段から百メートルほど離れた場所で、そこには地下へと続く階段があった。

「なんか、暗いわね」

 身を乗り出して中を覗き込んだ金森がポツリと溢した。

 数段下がった辺りから光が朧げになり、奥の方は一切光が届かない真っ黒な空間になっている。

 石の階段はヒンヤリとしていて異様な雰囲気を持っていた。

 不穏な雰囲気を含め、冷たく暗い階段には妙な既視感を覚える。

『何か見たことがある気が……あ! 博士の階段か!』

 博士の自宅には幻想世界へと続く階段が一本あるのだが、その階段と眼前の階段がほとんど完全に一致した。

「ここを通ると現実世界に帰れるの?」

「ううん、違うよ。正確には、階段を下った先にある一層目に導き手が住んでるの。私は導き手じゃないから、基本的に迷子はその子の所に連れてって、家に帰すのを手伝ってもらってるんだ。私はロリショタに興味がないから守備範囲外なんだけど、なかなかに可愛い子だよ」

 微妙に話を飲み込めていない金森が、なるほど? と曖昧に頷いて階段を眺めていると、その隣で鈴木がスッと屈んで背中を見せてきた。

 訝し気な視線を小さな背中に送っていると鈴木が悪戯っぽく微笑む。

「ほら、中は暗い上に急でしょ? あの子みたいに浮いたり灯りを出せたりしない限り、階段を使うのはかなり危険なんだよ。あたしは夜目が物凄く利くからさ、おんぶして連れて行ってあげるよ」

 スマートフォンのライトを使うという手もありえなくはないが、如何せん光が弱く照らすことができる範囲も狭いため、慣れぬ上に急な階段を下るのには使い難い。

 しかし、だからといっておんぶをするのはいかがなものだろうか。

 金森が渋い表情になった。

「でも、危なくない? それに私、結構重いわよ?」

「大丈夫、大丈夫。あたしは体感が凄まじく良いからね! 実は、ヘタに慣れてない子を無理やり歩かせるよりも、こっちの方が危なくないんだ! それに、もう何人もこうやって運んでるし、ヒビちゃん痩せてるから! だから、大丈夫だよ!」

 鈴木はドヤ顔で親指を立てている。

 無理に歩いて階段を転がり落ちても大変だろう。

 ここは鈴木を信じることにした。

「それじゃあ、お言葉に甘えるわ。あ! どさくさに紛れてお尻とか触ったりセクハラしたりしたら、問答無用で暴れるからね。その可愛い巻き角をへし折ってやるわ!」

「ちょっと! この角は意外と繊細なんだよ! 止めてよね! でも、お尻かぁ。背中に密着するちっぱいに気を取られて忘れかけてたよ」

 フン! と怒る金森だが、どうやら彼女は変態に要らぬ情報を与えてしまったらしい。

 チラチラと腰やお尻を見つめる鈴木の興奮した鼻息が荒い。

 変態に脅しをくわえるべく金森はガシッと角を掴んだのだが、聞こえてきたのは「わぁ! やめてよ~」という情けない悲鳴ではなく、

「やんっ!」

 という、甘い嬌声だった。

 艶めかしい声は、まあ、そういう時の甘え声だ。

 これは非常にまずい。

 流石の金森も大慌てで角から手を放すと真っ赤になって、

「うわぁぁぁ! そういう器官だったの!? そういう器官だったの!? ごめん!! 本当にごめん!!」

 と、ひたすらに謝り始めた。

 頬を真っ赤にした金森の小さな心臓がバックバクと飛び跳ねている。

 しかし、全身に冷や汗をかいて狼狽した彼女に鈴木はクスクスと悪戯な笑みを溢した。

「冗談だよ、冗談。これはただの角。まあ神経が通っているから、へし折られたりすると痛いけどね。ちなみに、私はお耳と首筋が弱いよ~。ヒビちゃんならイタズラ大歓迎! なんてね」

 パチンと閉じられたウィンクが非常に小悪魔だ。

 金森は気が抜けてため息を吐いた。

「しないわよ。ほんと、勘弁してほしいわ」

 意趣返しが成功して嬉しかったのか、背中をポコッと殴る金森に鈴木は悪い笑みを浮かべていた。

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