変態の自宅でプチリラックス
引き戸が特徴的な女性の家は古民家といった雰囲気で、築年数の長い一軒家に住む金森にはかなり親しみ深く感じる。
金森は幻想世界にやって来てからの短い時間で三キロ近く走り、やたらと長い階段を上り下りし、おまけに女性と小競り合いを繰り返したのだ。
体力を激しく消耗していたし、一人の人間の成仏を見届けたことで精神的にもかなり疲弊していた。
先程までは緊張感に脳と体を支配され、妙な高揚感を覚えていたから疲労をあまり感じずにいられたが、茶の間へ通されて用意された座布団に座ると一気に緊張が緩んで脱力してしまった。
意識の内側に疲れが入り込んできて眠たくなる。
本当は尻では無く頭の下に座布団を敷いて、そのままスヤスヤと眠ってしまいたいくらいだ。
『悔しいけど、ちょっと落ち着くわね』
変態性も二重丸だが気遣いも二重丸な女性に用意してもらった茶を啜り、グーッと背を伸ばすと欠伸を噛み殺す。
それからモフッとお饅頭を齧った。
優しいようで意外と糖度の強いこしあんが噛めば噛むほどに甘さを増して脳を直撃する。
普段ならば甘い!! と驚愕してしまいそうなあんこも、今では疲労にダイレクトで効く栄養剤だ。
フカフカな生地の旨味も相まって、「おぉ……!」と感動する金森だが、彼女は「よもつへぐい」とかは気にならないのだろうか。
まあ、饅頭と茶を交互に楽しみ、満足そうに目を細める彼女は「よもつへぐい」が何であるかすら知らないだろうが。
『何だかんだと助けてもらったし、変態って部分を差し引けば良い人なのかもしれないわね。美人で可愛いし。優しくて巨乳だし。まあ、ちっぱいって言われるとムカつくけど! 私だって多少はおっぱいあるけど! でも、それはそれとして、おっぱいが大きいお姉さんは割と好きよ、私』
見慣れぬ危険物には睨んで威嚇する気の強い金森だが、その態度とは裏腹に彼女は大変チョロい性格をしている。
雨の中猫に傘をさすヤンキーを見て、「あの人、実はいい人なのでは?」と思ってしまうタイプだ。
ある意味では清川とどっこいなカモられやすさを保持している金森は、第三者に守ってもらうのではなく、自身に眠っている第六感的な力を駆使して大抵の厄介ごとを回避してきたのだ。
おまけに金森は、初見で変だぞ? と思う人間には一切近寄らないし懐かないが、関わってみて「変だけど悪くないぞ?」と、感じる存在にはちょっと惹かれてしまう。
実は変なもの好きなのだ。
そのため、金森は自分自身で自覚している以上に女性に気を許し始めていた。
実家と見紛うほどガッツリと寛いでいると女性の方から生温かい視線を感じ、
「なに?」
と、首を傾げる。
「いや~、気が強い女の子が警戒心を解いてリラックスした瞬間ってイイなぁって思ってさ~。ところで、若干透けてるブラウスの中身は……黒かなぁ? えへへ、響ちゃん、だいた~ん!」
レースたっぷりの黒である。
女性はモジモジッと体を捻って金森の胸元を凝視した。
荒い鼻息と固まる視線が彼女の興奮ぐあいを物語っている。
「うるさいわよ、この変態!」
伸びてきた手を問答無用で叩き落す。
金森は嫌そうに眉をひそめてリュックサックからジャージを取り出し、身に着けた。
『あんな奴の前で少しでも油断したのが間違いだったわ。無駄に打たれ強い変態って脅威ね』
再び警戒心を露わにしてガルルと睨みつければ、女性はえへへと笑みを返す。
無敵だ。
「いや~、ごめんごめん、JKと会うのは久しぶりだし、生きてるJKに会ったのは初めてだからね、舞い上がっちゃって。まずは自己紹介をするね。私は鈴木律。カクリツと人間のハーフで、いつか現実世界に行ってみたいなぁって思ってる女の子だよ。あ、年齢は秘密ね! やっぱ、カクリツの血が入ってるからさ、年齢と見た目が一致しないのよ。ビックリさせちゃうし。第一、乙女に年齢はNGでしょ! あ、好きなものは漫画とJKだよ! 彼女募集中! おっぱい大募集中! よろしくね!」
怒涛の自己紹介の締めは両手で作ったピースとウィンクだ。
発言内容には色々とツッコミ所があったのだが軽い雰囲気に脱力してしまい、全て吹き飛んでしまった。
「あれ? 何か質問とかないの? 自己紹介し返すとかさぁ。いや~、無視に蔑んだ目! 効くね~。でも、あたしはMっ娘さんじゃないからさ、優し~くしてほしいなぁ。むしろ癒し系を苛めた~いな~。いっぱいキスして、押し倒して、もみもみ~ってね! えへへっ」
空中を揉みまわす鈴木の目はトロンとしていて、口の端からは涎が垂れている。
「ボタンの弾けたブラウスの隙間から見える下着のエッチさよ。脱げかけが一番エッチだよね~。リボンも靴下もつけっぱで~、スカートは履いているのに、中は……えへへへ~」
ブーストがかかった鈴木は止まらない。
モジモジ、ソワソワと体をくねらせては熱い吐息と共に妄想を垂れ流す。
一人性癖発表会が勝手に始まる。
これによって鈴木は、実は胸派ではなくお尻派であり匂いフェチ、そして胸や尻のサイズは巨大か極小かの二択が好ましいのだと判明した。
良い趣味だ。
ちなみに、金森の趣味は食事とお洒落と自堕落に時を過ごすことである。
そして、友人たちと下ネタで心を通わせた記憶というものが特に存在しない。
また、異性や同性に対して性的な意味合いでの強い興味を覚えておらず、何となくイケメンが好きなだけのフェチも未発達な状態である。
そのため、金森は初めて他者の具体的な性癖に直面し、ドン引きしていた。
『ロクでもなっ! コイツ、絶対に藍には近づけたくないわ。そして、私もあんまり近寄りたくないわ』
金森は無言で鈴木から距離をとった。
「気が強い娘もエチエチな感じで泣かせたいなぁ。日中は彼女の可愛いお尻に敷かれまくって、夜間は彼女を組み敷いたりしちゃって! えへへへ」
ずっと斜め上の方を向き、鼻息を荒くしながら謎の空間に性癖を語っていた鈴木だが、現在は露骨に金森を、特に彼女の胸と尻を交互に凝視して瞳を素早く移動させている。
金森は無言で立ち上がると鈴木ににじり寄り、拳を構えた。
彼女のモットーは「やられたらやり返す」そして「やられる前にやる」である。
「ただの妄想に留めておくのなら放っておこうと思ったけど、性懲りもなくセクハラを繰り返すとはね。変態には鉄拳制裁よ! これしかないわ! ほら、歯を食いしばりなさい!」
「わぁ! 待って、待って! 顔に拳骨は酷いって! せめて平手打ち! 平手打ちで!!」
大慌てで慈悲を懇願する鈴木の頬に無慈悲な金森の平手がぶち当たる。
ペチンと間抜けな音が上がった。
「うう~、本当にぶたなくてもいいのに。あ、でも、思ったより痛くなかったよ。手加減してくれたの? ツンデレ響ちゃん、ありがと~! でも、あたし、どうせならもっとイイお仕置きが良かったな~、な~?」
キュルンキュルンと両頬に汲んだ手を当てる鈴木には、可愛い子ぶりっこという言葉がよく似合う。
無駄に美女なので、おねだりをする姿は非常に愛らしいが絆されてはいけない。
可愛いもの好きでお人好しな金森も、流石にこれ以上許してやる気にはなれなかった。
「そんなに拳が欲しいなら、捻りも加えてプレゼントしましょうか? 言っておくけど私、無礼なセクハラ野郎には厳しいからね? 二度目の恩情はないわよ」
「野郎って、あたし、女の子だよ~。酷いなぁ、もう!」
プクッと頬を膨らませた鈴木はブーブーと文句を言っている。
だが、ハイテンションに喋りまくったおかげで気分が落ち着いたのか、一度茶を啜ると鈴木は割と真面目で落ち着いた雰囲気になり、少女の成仏に関する種明かしを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます