ハムスターとグリズリー

 階段の下では巻き角を生やした女性がオロオロと心配そうにしながら金森の帰りを待っている。

 女性は上り始めてから数十分後に一人で戻ってきた金森を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

「お疲れ、どうだった? その様子なら、多分、上手くいったんだと思うんだけれど」

「ん、まあ、多分ね」

 成仏を見送って感傷的になっている金森の返事は曖昧だ。

 少女の死を悼み、掴まれたスカートを撫でていると、女性が反対側の裾を掴んでヒラヒラと揺らした。

「どうしたの? スカートが気になるの? ちなみに、あたしは響ちゃんのスカートの中が気になっちゃったりして! 白かな? 黒かな? もしかして、スケスケ仕様!? キャー! エッチ!!」

 両頬に手を当て、バルンバルンと胸を揺らしながら体をくねらせている。

 紛うこと無き馬鹿野郎だ。

 真っ赤な頬に荒い鼻息、ガンぎまった瞳がスカートの揺れる裾を捉えているのが大変に気色悪い。

 そしてとうとう「王道純粋な白が希望です!」と、勢いよくスカートを捲り上げようとしてきたので、金森は無言で頭をぶん殴った。

 うずくまる女性に対して金森は仁王立ちし、フン! と見下ろしている。

「変態は黙ってなさい! あの子がギュッとスカートの裾を握っていたのよ。だから……」

 その後の言葉が出てこなかった。

 ただ、言い表しようのない寂しさだけが胸の内に広がって金森は知らず知らずのうちに目線を落とした。

 切なさが女性にも広がり、彼女も眉を下げて、

「そっか。でも、今の話を聞いて安心した。ゆうちゃんは、ちゃんと成仏できたんだね」

 と、優しく微笑む。

 欲に忠実で無礼な変態だが、一応は真面目なところもあるらしい。

 階段の上の方を見つめてからゆっくりと目を瞑り、祈りを捧げた。

 それからゆっくりと目を開くと、今度はニマニマと金森の尻付近を見つめ始めた。

「小尻、桃尻。果実と一緒でさ~、丸くてちっちゃい方がパツンと張りがあるんだよね~。ちっちゃいプラムをシャキッといくか、大きいやわやわな桃をムチムチといくか、迷っちゃうよね! 響ちゃんのはプラムちゃんでしょ~。か~わいいなぁ! ちっぱいだけじゃなくて、お尻も生意気かなぁ?」

 ワキワキと手を動かしながら涎を垂らしている。

 これは危険だ。

 上げた株を誰に言われずともセルフで暴落させていく。

 彼女はどうしようもない変態の鏡だ。

「ねえ、あの階段は何だったの? 上り切った先には天国なんてなかったわよ。あれは、都会の町?」

 嫌そうに舌打ちをしてペシンと女性の手を叩くと、彼女はイヤらしかった目つきをギョッと丸くして視線をお尻から金森の顔面へと移動させた。

 成仏を見送るか、あるいは最上部まで到達してしまったら速やかに階段を下りてくるよう女性に注意されていたのだ。

「上りきっちゃったの!? 駄目だよって言ったのに! 上を散策したりはしてないよね!? 一応、無事そうだけれど」

 ギュムッと金森の両手を包む女性の手のひらとキリッとした瞳が熱い。

 あまりにも真剣な姿に金森はグッと身を引いて女性から距離をとった。

「え、ええ。あの子が逝った時にほとんど頂上だったから、気になって、つい。そんなに駄目だったの?」

 女性はコクリと頷いた。

「駄目だよ。一人では、絶対に駄目。上は幻想世界のルールが強い場所だから、人間には危ないかもしれないからね」

 女性の言葉を聞くに、やはり上りきった先に天国など存在しないのだろう。

 それならば何故、女性は階段を上るように指示したのか。

 上に行ってしまうと何が起こるのか。

 金森の脳内では疑問が渦巻いてグルグルとしていた。

 困惑が表情にも出ていたのだろう。

 金森の微妙な表情を見た女性がパンと手を叩いた。

「そうだ、うちにおいでよ! 疲れた体を休ませてあげられるし、知りたいことも教えてあげる。お茶もお菓子もあげられるし、お家にも帰してあげるよ~」

 満面の笑みで並べられる提案はかなり魅力的だ。

 全力疾走の後に長い階段を上らされたおかげで金森の身体は激しく疲労しているし、子供の死を見送ったことで精神的にもかなり消耗している。

 多くの刺激で脳が興奮しており、現在は眠気も激しい疲れもハッキリとは自覚していない状態だが、実は限界が近い。

 正直な話、女性の提案は非常に有り難かったのだが、金森は両腕を組むと訝しげな表情になり、プイッとそっぽを向いた。

「あ、あれ? あの、おいでよ?」

 おいで、おいでと女性が差し伸べた手を揺らすが、金森は手のひらを腕の中に隠して無視をする。

「私、お母さんに見知らぬ変態の甘言にはのるなって教えられてるから」

 防犯ブザーを持っていれば鳴らし散らかしていたことだろう。

 鋭く睨む瞳には蔑みが浮かんでいる。

「ええ!? そんなぁ! あたしは、JKと可愛い女の子が大好きなだけの善良な市民だよ! それに、おっぱいはお友達。包容力抜群な大きいおっぱいも可愛いちっぱいもお友達! 怖くないよぉ。響ちゃんの尖った心を、お姉さんの大きなおっぱいで溶かしてあげる。ほ~ら、おいで、おいでぇ。痛たたたっ!」

 自らを巨乳と称するだけあって女性の胸はかなりデカい。

 その大きさはセーラー服の胸元をバツバツに押し上げて赤いリボンを横乳の方に流し、服の裾を浮かせるほどだ。

 生地の硬いセーラー服がおっぱいに負けて変形している非常に珍しい図であり、そんな彼女が「抱っこしてあげる~」と両腕を広げて巨乳をバウンバウンと揺らしているのだから、もうどうしようもない。

 ここまでいくと視覚的な暴力だ。

 人間、良く動くものは見てしまうわけだし、こうなると男女関係なく視線を巨乳へと移してしまう。

 金森は規格外の胸を茫然と鑑賞した後にチラッと自分の胸を確認すると、忌々しそうに女性の頬を抓った。

 女性の柔らかいほっぺたがムニンムニンと良く伸びる。

「いひゃい! もう! 今のは怒るところないでしょ~! 酷いよ、響ちゃん!」

「うるさいわよ! まったく、何を食べて育ったらそんなことになるの!? 羨ま……じゃなかった。私はちっぱいじゃない! 訂正しないと、もう片方のほっぺも抓るわよ!」

 赤くなった頬を抑えて涙目になる女性に対し、金森は両腰に手を当てると、強調するようにフン! と胸を張る。

 しかし、可哀そうだが無いものは無いのだ。

 無い袖は振れないし、無い胸は揺れないのだ。

 金森の貧乳ではプリンのような大揺れは起こらない。

 寒天ゼリーをスプーンの裏でペチン、ペチンと叩いた時のような硬い微振動が生じるだけだ。

 月とスッポン。

 あるいはハムスターとグリズリーのような差がある女性にケンカを売るとは、正気とは思えない。

 圧倒的強者の余裕というものだろうか。

 女性は負けん気の強い瞳で自分を見つめる金森にデレッと表情を崩すと、

「AからBカップくらいのアルかナイかで問われれば一応はアルけれど、どう考えてもちっぱい、小さなパイパイ。されど否定し虚勢を張る。そんなところが愛おしいよね~。百点満点のちっぱいだ! だ~いすき! 響ちゃん可愛すぎ~! 愛でてあげるから、おいでおいで~」

 と、両腕を広げ、その場でピョンピョンとジャンプし出す。

 おまけに、

「ねえねえ、響ちゃんのチッパイパイは素晴らしいと思うけど、響ちゃんさえよければ大きくしてあげようか? 良いマッサージ知ってるよ~」

 と、自分自身の胸を掴んでモインモインと回し始める始末だ。

 富豪が貧民の前で札束をひらひらとさせた挙句に、

「ほぉら、明かりだよ」

 と、燃やし始めるような暴挙であり挑発なのだが意外にも金森はブチ切れる事なく、魅入られたかのようにモチモチの巨乳を凝視し始めた。

『え!? あ、あれで大きくしたの!? 揉むとおっぱいが大きくなるって都市伝説じゃなかったんだ!? 私もおっぱい大きくしたい!』

 いくら虚勢を張ろうと欲しいものは欲しい。

 爆乳になりたい。

 金と寿命と胸のカップ数はいくらあっても困ることは無い。

 これこそが、大は小を兼ねる理論で生きる金森の答えだ。

 それ故に脳内にマッサージを刻みつけ、今夜から風呂で実践する所存である。

 真剣な眼差しでマッサージを見つめていた金森だが、

「な~に? どうしたの? 羨ましいの? 響ちゃん、かわい~」

 と、クスクス笑う女性の声でハッと現実に戻された。

「う、うるさいわよ! 私だってあるけど、あるけど増やしたいの!」

 あくまでも無いことは認めないつもりらしい。

 そして、ケンカを売る金森だが女性の家にお邪魔するつもりもあるらしい。

 耳まで真っ赤にした彼女は、フンとそっぽを向くと女性の家があった方角へと歩き始めた。

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